第8話 おそろい
「仕返しはいらない?」
ぽそっと問われて、フランカはうなずいた。
「それよりも、マーディンさんに最期の時まで一緒にいてほしいです」
さみしいのも悲しいのももうたくさんだった。
「たまにここにきて、私と少しだけおしゃべりしてくれるだけでいいのです。その日のお天気の話でも、飛んでいる鳥の話でも、なんでもかまいません」
今日は空気が澄んでいるとか、宝石龍の黄金の煌めきがとても美しかったとか、そういう他愛もないことを話せるだけできっとフランカは幸せになる。
宝石龍もたくさんの黄金を作るはずだ。
今日はたまたまマーディンに発見されたから一命をとりとめたけれど、このまま食事も火も制限されたらきっと近いうちに死ぬだろう。
マーディンの手を煩わせる時間もさほど長くはないはずだ。
だから死ぬまでの、ほんのわずかな時間でいい。
「お願いします」
太ももに手を重ねて頭を下げると、その手をそっと取られた。
指先の長い爪は真冬の昼の晴れた空色で、真珠のように光る白い塗料で雪の結晶が描かれている。とても繊細で綺麗だった。
爪で傷つけないようにとそっと持ち上げられた手につられ、自然と下げていた頭も上がってしまう。
「それってオレと友達になりたいってこと?」
悪魔にしては優しい笑顔でそう言われて、フランカは少しとまどった。
「……違うの?」
「わかりません」
愛し子の本命はペトロネラだと思われていたから、貴族たちは自分の子供をフランカよりもペトロネラと付き合わせたがった。
だからフランカは今まで友達がいなかったのだ。
「あ、いえ、マーディンさんとお友達になりたいかどうかがわからないのではなくて、お友達というものがどんなものなのかがわからなくて……」
しゅん、と肩を落としたマーディンさんに慌てて言った。
本心だったけれど、言い訳めいて聞こえなかったか心配になってしまう。
「じゃ、友達っつーのはフランカが言ったように、今日寒くない? みたいなおしゃべりしたりとか、買い物とか、おいしいご飯食べたりとかってのを一緒にする仲って定義したとして、よ?」
男性にしては少し長めの金髪をもじもじと指でもてあそびつつ、マーディンさんは上目づかいに続けた。
「そういうことを、オレとしたくない? 友達になりたい感じ、わいてきちゃったりしない? どかな?」
「なりたいです」
フランカの口から反射的に言葉が飛び出した。
マーディンさんが言ったことは、いつも一人でいたフランカにとって、いつか叶うなら……と夢見たことそのものだったから。
一緒に話しをするだけでも高望みをしすぎたと反省しかかっていたところだったのに。
さらに一緒に買い物をする? 一緒においしいご飯を食べる?
それをしかも、友達として……?
悪魔に対していったいどれほどの対価を払えば、そんな夢みたいなことを叶えてくれるというのか。
「じゃ、オレとフランカはこれから友達ね!」
「はい!」
マーディンさんの元気な言葉につられてフランカも威勢よく答えると、彼の瞳がルビーのようにキラキラと輝いた。
「んじゃさっそくご飯食べ行こ! この時間だと朝食かなー。フランカもお腹減ったっしょ? 街行こ!」
その前にあったかくしなきゃね! と言ったマーディンさんが立ち上がって、人差し指で空中に文字を書いた。空色に塗られた爪の先が金色に光って、フランカの知らない文字らしき記号が空中に浮かんだ。
「友達記念におそろで着よーね!」
そう言って空中に浮かぶ金の文字を爪先でつつくと、文字がパッと真っ黒な毛皮のコートに変わった。
フランカに手渡されたのは足首まであるロングコートで、見る角度によって毛先が炎のような赤にも見える。
フードと袖にはもこもこの黒い毛玉が付いていて、手を触れているだけでじんわりと温かい。
とまどってマーディンさんを見上げると、彼は同じデザインのコートに袖を通しながら上半身をひねって背中を見せてきた。
「羽出さなきゃだから、オレのは背中開いてんだー。自動でサイズ合わせる魔法がかかってるから、フランカにもピッタリだと思う」
黒いもこもこした毛玉に縁どられた細い穴から羽を出し、ふるふる小刻みに震わせて穴と羽を馴染ませると、マーディンさんは固まるフランカの手からコートをそっと持ち上げた。
「はい立って!」
「は、はい!」
「はい袖通して!」
「はい!」
「おっけーかわいい! 超似合う! 前とめられる?」
「はい……え、わ、このボタンすごいですね、黒ダリアですか?」
「そー! このボタンいいよねー! 見て見て、オレのは黒バラなんだけど、これもフランカのもカーバンクルがめちゃめちゃ気合い入れて作ったやつだから彫刻凝ってんだよねー」
「とても美しいです。見たことがないほど精巧な花の彫刻だわ……。カーバンクルという名の職人はとても腕がいいのですね」
「ねー。オレ力強いしぶきっちょだから壊さないか心配でこゆの大抵ボタン留めらんないけど、こーゆーデザイン好きなんだよねー!」
「なら、留めましょうか?」
そう言って、フランカはハッとした。マーディンさんの勢いに巻き込まれてコートに袖を通し、さらに図々しくも彼の身支度を手伝おうと提案してしまったことに気がついたのだ。
何も返せない身の上である。一目見て王族すら着ることがかなわないような素晴らしいコートに袖を通すなど、本来ならばまずはそこから遠慮しなくてはならなかった。
だけど。
「マジで? おねがーい」
両手を広げて胸を張り、コートのボタンを留めてもらうのを幼児のように待っている笑顔のマーディンさんを見たら、やっと肺の中が空気で満たされたような気がして、気後れを感じるよりも笑いたくなった。
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