第5話 静かな部屋

 国民のために頑張ることは悪いことではないのだし、とりあえず自分の寿命が自然と尽きるまでは耐えてみようと、フランカは思っていた。


 とはいえ。


 「……死んでしまうわ」


 ぼろぼろのマットレスに倒れ、フランカはかすれた声で呟いた。

 仰向けに寝たまま頭だけを横に向ける。夜の暗い視界の中に収まっているのは、古い木の丸椅子だけである。


 とにかくお腹が減っていた。

 そして喉も乾いている。

 おまけに寒い。


 暖炉はあるが、あるだけで、フランカが幽閉されてから誰もフランカのために火をくべようとはしなかったから、部屋は外と同じくらい冷え切っていた。


 手では引き裂けそうもない分厚くてゴワゴワの毛布は与えられたので、日があるうちはそれにくるまっていればなんとか寒さをしのげるが、夜は極寒。寒くて気が遠くなりそうだった。


 ペトロネラは自害できるような道具を取り上げたこの北の塔に閉じ込めて死なない程度にフランカをつもりだったはずだが、どうやら愛し子の演技がうますぎた彼女にすっかり騙された者たちが暴走しているらしい。


 陛下は義姉の更生を願う心優しいペトロネラが、またフランカに騙されて傷つけられるのを恐れていた。愛し子が不幸を感じれば、宝石龍の作る黄金が減ってしまうからだ。

 だからラウレンス殿下に指示を出し、生活必需品の取り扱いについて、フランカが、使用人たちにそれとなく伝えた。


 フランカの世話を言い使った使用人たちが聞こえよがしに話す内容から判断するに、政治の中枢にいる貴族たち、実の両親からも同じような指示があったようである。

 それぞれが少しずつフランカへの物資を減らした結果が、この現状だった。


 フランカの自然な死を望む彼らは、本来なら龍が鉱山になってから受け取るはずの恩恵をすでに受けている。


 将来宝石龍の顕現が約束された国に愛し子が生まれる。そして宝石龍とは神の祝福であり、いるだけで他国から尊重される。

 だからこの国は、お告げの星が降った夜から他国に頭を下げたことがない。


 ラウレンス殿下が王太子になれたのは、愛し子候補だったフランカとペトロネラと同い年だったからだ。将来のために何もしなくとも未来の財源が確保され、他国から尊重される現状に満足しきっている。


 そしてクラーセン子爵家は宝石龍の愛し子の実家であることで、国から特別な手当てが出ていた。

 さらにペトロネラが王太子殿下の婚約者になった。ただの子爵家が未来の王妃の外戚となったのだ。そのうち爵位も上がるという。


 彼らに共通するのは、愛し子ペトロネラの幸せをなんとしてでも守らねばならないということだ。


 宝石龍と愛し子のおかげで楽して順風満帆だというのに、もしも何かの拍子にフランカが愛し子ペトロネラを傷つけ、最悪の場合死んでしまったら、その光に満ちた人生はくるりと反転し真っ暗闇へと落とされるだろう。彼らはそれを何よりも恐れている。


 だからフランカが邪魔なのだ。

 当の愛し子本人がフランカの更生を願うから、殺さないでいるだけ。

 とはいえ体力が落ちて寒さに負け、自然と凍死するぶんには、愛し子はフランカの死を悼みはすれど不幸を感じはしないだろう。


 食事は毎日一食与えているのだし、中古品とはいえ毛布も差し入れた。

 最低限のものは与えていたのだから、〝死の原因に心当たりがない〟というのは嘘にはならない。……と、使用人たちの話を総合すると、各自がそれぞれ本気でそう思っているらしい。


 ゆえに今、フランカは飢えと乾きに追いつめられ、夜の寒さで死ぬ瀬戸際にいる。


 もちろんフランカを気にかけてこの部屋を訪ねる者はおらず、彼らの思惑以上の早さでフランカが死にかけていることに誰も気づいていなかった。

 本当の死因は孤独かもしれない。


 今までだって一人ではあった。

 けれど死を望まれるほどではなかった。


 「……」


 視線をそらし、見飽きた丸椅子を視界から外す。


 あの美しい龍をもう一度見たかった。


 そう思いながらフランカは目を閉じた。


 部屋の中は静かだった。

 とてもとても、静かだった。

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