第4話 尊厳
フランカをこの生に縛り付けるための呪いの言葉として〝国民への愛〟を持ち出し、ペトロネラはフランカを脅した。
フランカが死ねば、宝石龍も未熟なまま鉱山へと変わる。
本物の愛し子としては、ペトロネラの言う通り、この先も続く人の営みと無数の命をこの北の塔で独り守りながら生きていくのが正しいことなのだろう。
陛下やラウレンス殿下を味方につけ国民の支持を得るペトロネラに対して、フランカに真実を詳らかにする術はない。
もとより幼い頃からペトロネラが流した噂によって〝意地悪な義姉〟や〝悪女〟として評判を下げられていたフランカの言葉など、誰が信じるというのか。
名誉挽回にはフランカが死ぬしかない。
本当の愛し子であるフランカの死とともに、宝石龍は死ぬのだ。
宝石龍と運命共同体であるはずのペトロネラが生きていれば、王家も国民も、その意味を嫌でも知ることになる。
フランカはベランダから外を見下ろした。
脱走と侵入者防止のために、屋根から手すりにかけて鉄格子がはまっている。これでは身投げもできない。
……ため息が出た。
吐く息がすぐに白く凍って、視界を真っ白に染める。
視線を落とすと、王都の城壁に区切られた先に、雪と氷しかない大地がどこまでも伸びていた。
月明かりを受けて金色に光る宝石龍の影が、夜の大地に落ちている。
黄金の宝石龍は、ただ静かにそこにいた。
綺麗だわ。と、月と同じ黄金色の光を持つ黄金の宝石龍を見てフランカは感嘆した。
宝石龍が一瞬チカッと強い光を発したので笑ってしまった。
青ざめてひび割れた唇から、ふわりと白い息が漏れる。
「悲しい……以外の感情を共有したのは、初めてね」
空気全体が雪の反射で足元からぼわりと白く明るかった。
遠くでは黄金の月の下に、黄金の宝石龍。
足元の街には灯りが点り、宝石龍顕現の知らせにお祭り騒ぎだったざわめきがまだ後を引いていた。
いつもなら戸締りをして寝ている時間だというのに、きっとまだ近所の人たちと飲んで楽しく過ごしているのだろう。聞こえないはずの陽気な声が聞こえてくるようだった。
人の命そのもののような街の灯りを見ていたら、耳にまとわりついていたペトロネラの言葉が呪いのように繰り返されて……だから、
「私は……死ねないのね」
と、フランカは呟いた。
身投げ防止のための鉄格子と同じように、部屋の中には自害に使えるような刃物も紐もない。
物理的にも心情的にも、尊厳のための死を選べなかった。
――選ばせてももらえなかった。
フランカは胸に両手を当て、背を丸めて泣いた。
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