第9話 激辛大食い大会・練習(ミウ)

 今日はククル村のティナの屋敷まで来ています。


 村長の屋敷とあって立派です。

 石造りの二階建ての屋敷。私の家、四つ分。そして東屋や池、生垣、松の木のある庭園があり、それらを白の塀が囲んでいます。


 私達は門をくぐり、カエデがノッカーでドアを叩きます。


 すぐに内から返事があり、ドアが開きました。

 現れたのは女性のお手伝いさんです。


「カエデ様にミウ様、セイラ様、ネネカ様……ええと」

「チノはこれないそうで」

「そうですか。お入りください」

『お邪魔しまーす』


 私達は細長いダイニングへと案内されました。

 中には白のテーブルクロスが掛けられた長テーブル。そして椅子が何脚も並んでいます。


「お嬢様をお呼びいたしますので、どうぞこちらにお座りになってお待ちくださいませ」

『はい』


 上座から見て右にカエデが座り、その隣に私が。

 カエデに対面する形でセイラが座ろうとします。


「そこに座っていいの?」

 ふと私は疑問を投げます。


「駄目?」

 座ろうとしたセイラの動きが止まります。


「こういうのって客が座る位置とかあったような?」

「大丈夫よ。今日はだし。たぶん上座に座らなければ問題ないと思うよ」

 とカエデが答えます。


「そっか」

 と言ってセイラは椅子に座り、その隣にネネカが座ります。


「ねえ、本当にやるの?」

 私は皆に聞きます。実のところ激辛大食い大会の練習なんてしたくありません。というか大会に参加すらしたくありません。


「そりゃあ、やらなきゃあ」


 セイラが強く頷き、ネネカも隣で頷きます。

 私は否定が欲しくてカエデを伺いますが、

「頑張ろう」

 とサムズアップされました。


「私は大食いは出来ないんだけど。それに皆だって……そうでしょ?」

「大丈夫よ。激辛なんだから。大食いである必要はないわ。食べればいいのよ」

 とカエデが言うと、ドアが開き、


「そうよ。量ではないの。食べれるかよ!」

 ダイニングにティナが勢いよく入ってきました。


「ずいぶんな意気込みね。激辛だけど平気なの?」

「いいえ。……でも、ミウ! だからこそよ! ここで練習して激辛大食い大会に勝つのよ!」


 と言ってティナは上座に座ります。


「それにしてもククル村が手伝って問題ないの?」


 激辛大食い大会はユーリヤの森の私がカンナ村の子に挑戦状を叩きつけられたことを端に発する。それをククル村が手伝って問題ないのだろうか。


「大丈夫よ。激辛大食い大会には村とか森とかは関係ないわ。これは個人の戦いなんだから」

「ならいいけど。ちなみにティナも参加するの?」

「ええ。皆さんが参加するのでしたらこの私も参加しないわけにはいかないでしょう。……あれ? チノは?」

「チノは無理だって。あの子、辛いの超苦手だしね」

「意外ですわね」


 そしてお手伝いさんがキッチンワゴンを押してダイニングに現れた。

 蓋をされたお椀サイズの凸凹した黒い石鍋とスプーン、コップ、そして水の入ったウォーターボトルを私達の前に置きました。


 ウォーターボトルは2リットルは入っているでしょう。


 そんなに水飲めないけど。

 それともそれほど水が必要なのでしょうか。


「では蓋を開けさせてもらいます」

 お手伝いさんはまずティナの石鍋から蓋を取り始めました。


「うっ!」

 ティナが小さく呻きました。


 蓋から現れたのは麻婆豆腐でした。


 真っ赤です。

 煙? それとまスパイスの匂いでしょうか?


 ティナの目に涙が。


「石鍋は熱くなっておりますので、お気をつけてくださいませ」


 そしてお手伝いさんはウォーターボトルの水をコップに注ぎます。そして次々と私達の蓋を取っていきます。


「うっ!」


 蓋を外されて私達は次々に呻きます。


「こ、これはスパイスが!」


 辛い食べ物を目にしただけ泣いたのなんて生まれて初めてです。


「なんていうスパイスなの?」

 ティナが目を瞑りながら誰ともなしに聞きます。


「キャロライナ・リーパーです」

 お手伝いさんが答えました。


「もー何よ。それー?」

 ティナが悲鳴交じりに聞きます。


「人間界で世界一辛いとされる唐辛子です」

「なんでそんなものが妖精界にあるのよ!」

「知りません」

「これ食べられるの?」

「ご安心を。味も辛さも保証します」

「皆さん、とりあへず、食べましょうか?」

「……うん」


 私達はスプーンを手に取ります。激辛麻婆豆腐は黒い凸凹の石鍋の中で赤く、ぷちぷちと弾け、豆腐が揺れています。まるで豆腐も辛さで悲鳴を上げているような気がします。


「ど、どうしたの? 皆さん?」


 私達は周りを伺って中々、手をつけようとはいたしません。


「ミウ、食べないの?」

 ティナが私に振ってきました。


「ミウ、ガンバ!」とセイラ。

「ガンバ」と続けてネネカが。

「練習だよ!」と拳を握るカエデ。


 ええ! 私がトップバッター!

 ……ううっ!


 私は一口掬います。私はふーふーと息を吐きます。


「……」


 皆がじっと私を伺います。


 ええい!

 私は目を閉じて、一気にスプーンを口に入れます。


「ん!」


 熱い! 舌がひりひり!

 でも、これは熱いだけではなくて……。


「ひゃらい!」


 私はコップに入った水を口に含み、麻婆豆腐を一気に流し込みます。


 でも、口の中で辛さが大暴れ。私は水を含み、舌を洗います。


 舌を洗ってから水を飲みます。


 もう大じょ……駄目です。まだ辛いです。


 やばい! やばい!

 またコップに口をつけます。


「ん! んん!」


 私はコップの水を全部飲み、さらにウォーターボトルから慌てて水を注ぎます。


 辛い! やばい!


 本当ならもうウォーターボトルに口をつけたいのですが、羞恥心がなんとかそれを押さえつけくれました。


 早く! 早く!


 もうコップに水が注がれるのが待ち遠しい。

 そしてコップに十分水が注がれると私はまた一気に飲み干します。

 やっと辛さが引いて、私は呼吸を整えます。


「……ミウ、大丈夫?」

 カエデが若干引いて聞きます。


「こ、これ、やばいわ」


 もう一口と聞かれると無理です。

 ギブです。ギブアップですよ。


 一口食べるたびに、水二杯ですよ。

 ありえません。


 これはもう食事ではありません。拷問ですよ。


「ほら、皆も食べてみなよ」

「え! ああ! ……うっ、うん。それじゃあ」

 ティナが歯切れ悪く言います。


 私のを見たせいか皆はスプーンにちょこっとだけ、麻婆豆腐を乗せます。

 セイラに至っては本当にスプーンの先っぽに濡れる程度。


『ひゃっ! ひゃらーい!』


 皆、コップの水をがぶがぶ飲みます。

 セイラも麻婆豆腐は少しだけでしたが、コップ半分も飲みました。


「どうする?」

 私は皆に聞きました。


「これ本当に激辛大食い大会で出てくるの?」

 ティナはお手伝いさんに尋ねます。


「どのような料理かは分かりかねますが、キャロライナ・リーパーが使われるということは聞いております」

「こんなの一皿も無理よ」

「お嬢様、逆を言えば一皿でも食せば勝ちということでは?」

「なるほど」

「でも、一皿も食べれる?」

 私はティナに聞きます。


 ちょっと一口食べただけで水二杯。一皿なんてとうてい無理。


「練習よ! 練習!」


 ティナは意気込んで麻婆豆腐を食べます。先程と違い、多く掬います。


「そんなに食べては!?」


 私は待ったをかけるように手を伸ばしますが、ティナはスプーンを口に入れます。


『……』


 私達は黙ってティナの様子を見ます。


「ん! んんん!」


 ティナはコップに手を伸ばしますが、先程飲んだせいかコップには水が一滴も入っていません。

 そこでティナはウォーターボトルを持ち──。


「んぐ、んぐ」


 な、なんと、はしたなくウォーターボトルに口をつけて飲み始めました。

 水が口から溢れて顎、襟元を濡らします。


「ティナ、大丈夫?」


 やっと辛さが落ち着いたのか、ウォーターボトルから口を離して洗い息を吐くティナ。額には汗が浮かんでます。


「だ、駄目。無理」

「ミウ、どうする?」

 カエデは私に聞きます。


「少しずつ食べて辛さに慣れよう。水は常にコップにあるように。あのう、全部食べれなくても良いですよね?」

 私はお手伝いさんに聞きます。


「はい。残しても構いません」

「わ、私は残しませんわ」

 荒い息のままティナは言います。


「お水を用意します」


 と言ってお手伝いさんは新たにキッチンワゴンから新たにたくさんのコップとウォーターボトルを取り出してティナの周りに水の入ったコップをたくさん置きます。


  ◇ ◇ ◇


 セイラとネネカは激辛麻婆豆腐をほとんど残してリタイア。私とカエデは半分残してリタイア。

 そしてティナは一皿とはいかなかったけど、ほとんど平げました。


 すごいです。


 でも──。


「……ふっ、ふふ、……やりましたわ」


 汗だく、涙目、そして唇を腫らしつつ、ティナは怪しげにニヤけました。テーブルクロスは汗と溢した水でびっしょりと濡れています。


 一体何が彼女をここまで駆り立てるのでしょうか?

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