第10話 激辛大食い大会・練習(ナナ)

 落ちていた意識がゆっくりと浮かび上がります。


「……スーミーレー」


 そうです。私の名前はスミレ。


「スーミーレー」


 知った声が私の名前を呼びます。

 でも、今は応えたくありません。このまま微睡みの中に包まれたいのです。


「スーミーレー」

「……」

「おーい! スミレー!」

「しつこい!」


 私は上半身を起き上がらせます。

 窓の向こうから私を呼ぶ声が聞こえます。


「スーミ……」

「うるさいわ!」


 私は窓を勢いよく開けて、下に向けて言い放ちます。


「おー! おはよう!」


 朝からうるさく私の名を呼ぶのは友人のナナでした。


「朝からうるさいわ!」

「? もうお昼だぞ?」

「……」


 目覚まし時計を見ると12時前です。


「で? 何用?」

「特訓だ!」


 ナナは手に持っていたバスケットを持ち上げます。


「特訓?」

「激辛大食い大会のだ!」

「…………は?」

「げーきーかーらー……」

「聞こえてるから! 分かってるから! とりあへず中に入って!」


 朝……じゃなかった。昼間から往来でうるさくされては恥ずかしいので家に入ってもらうことにじした。


 私は1階へと降り、家に入ってきたナナに着替えるから少し待っててと告げ、2階の自室に戻りました。


 着替えを済まし、顔を洗い、髪を整えてリビングに向かいました。


「あれ? ナナ?」


 リビングにナナの姿がありません。


「スミレー、こっちだよー」


 声の方へと進むとナナはダイニングにいました。


 テーブルの上にはバスケットが置いてあります。

 私は席に着き、


「で? 激辛大食い大会って、確かユーリヤの森の子に挑戦状を叩きつけたあれのこと?」


 実際には挑戦状は叩きつけてないし、向こうも確実に出るとは言っていない。


「そう。あれだよ。で、私、激辛苦手だから、特訓しなきゃあ」

 とナナはバスケットをポンポン叩きます。


 つまりバスケットの中には激辛大食い大会、特訓のための食べ物が入っていると。


「そんなの一人でやりなさいよ」

「二人で特訓した方が効率が良いじゃないの?」


 ん? 二人で?


「……もしかして激辛大食い大会参加に私も含まれている?」

「? そうだよ」

 ナナはさも当然のように言います。


「なんでよ!?」

「だってスミレも参加するんでしょ?」

「しないわよ! いつ参加するって言ったのよ!」

「参加しようよ。私、辛いの苦手だから負けるかもしれないし〜」


 ナナは猫撫で声で両手をすり合わせつつ、私を誘う。


「辛いの苦手なら勝負を申し込むな。てか、私が勝ってどうするのよ」

「へ?」


 私は額に手を当て、溜息を吐く。


「あのね、これは個人戦よ。私が勝ってもあんたの勝ちじゃないんだから」

「うん。分かってる。でもスミレが勝ったら私も嬉しいよ」

 ナナは輝かしい笑顔で言う。


 その笑顔はずるい。そんな顔されると断れないじゃない。


「ふぅ〜、分かったわよ。私も参加するわよ。でも、やるからにはちゃんと練習しなければね」

「ありがとうスミレ。さあ、さっそく練習しよう」


 ナナはバスケットの蓋を開ける。

 そこにはサンドウィッチが入っています。

 タマゴサンドともう一つはなんでしょうか? 真っ赤です。トマトではないようですが?


「これは何? 赤いんだけど?」

「唐辛子ソース」

「は?」

「唐辛子ソース」

「そうじゃなくて、こんなの無理でしょ?」

「大丈夫。半分はピザソースだから」


 私は一つ摘み、匂いを嗅ぎます。

 トマトの匂いの中に刺激臭があります。


「さ、どうぞどうぞ」

 ナナが勧めます。


 辛いのもアレですがピザソースだけなのも、なんか食べたくないのですが。

 まあ、これも練習ですし。


「……はむっ」


 甘酸っぱいピザソースの中にピリッとした辛味が後から来ます。


「ああっ! 辛い! みっ、水!」


 私は棚からコップを取り、台所に向かいます。そして水差しから水をコップに注ぎ、水を飲みます。


「んくっ、んん」

「やっぱ辛い?」

 ナナが聞きます。


「あんた、食べてないの?」

「まだ食べてない」

「辛いわよ。あと美味しくない」


 少し食べただけで口の中がひりひりしています。


「そっか」


 ナナはコップに水を入れ、サンドウィッチを手に取ります。けど口を開けるも、手は止まります。


「……」


 やはりナナも怖いのでしょう。元々辛いのは苦手の子だったし。

 ナナは少ししてから意を決してサンドウィッチを食べ始めます。


「んぐ、……ん! かっ、辛!」


 ナナはコップの水を口に含め、口の中のサンドウィッチごと飲みます。その後も水をがぶがぶ飲みます。

 さらに一杯では足らなかったのか、またコップに水を注ぎ、そして飲みます。


「やっぱ激辛大食い大会の参加、取り消したら?」

「だ、大丈夫!」

 少し息切れのようにナナは言います。


「ちゃんと噛まずに飲み込むのは体に良くないよ」

「で、でも……」


 普段明るく勝気なナナが唇を尖らせてしょぼくれています。


「別のことで勝負を挑んだら? 得意分野で」

「駄目だ!」

「え!?」

「だって得意分野で勝負なんて卑怯だ」

「……ナナ」

「私は公平な勝負で勝ちたいんだ」

「……わかった」


 私は説得するのを諦めました。

 ナナがそうまで言ってるんだからこれ以上は野暮です。


「仕方ない。私も付き合うわよ」

「スミレ!」

「でも、水で飲み込むなんて体に悪いからちゃんと噛んで食べるように。まずは一口ずつ、ゆっくり食べていきましょう」

「ああ」

「さて、次はタマゴサンドを食べましょうか」


 私はバスケットからタマゴサンドを取ります。

 辛くなった口をリセットするためにタマゴサンドを入れたのでしょうか。


 しかし、マイルド系は辛さに強かったかな?

 辛さに牛乳と聞きますが。

 そんなことを考えながら私はタマゴサンドを齧りました。


「スミレ、それタマゴサンドではないぞ」

「!」


 ナナの言う通り、それはタマゴサンドではありません。

 マイルド一切なし。

 あるの辛さのみ。しかも、先程の唐辛子とは違うパンチです。


「グアアアァァァ!」


 私はシンクに向かい、サンドウィッチを吐きました。


「スミレ、ほれ水だ」


 私はナナからコップを受け取り、水を飲みます。


「……何よこれ!」

 あまりの辛さに涙が出て、声も震えています。


「辛子サンド」

「辛子オンリーか!?」

「そうだ」

「バカか!」


 唐辛子はピザソースと混ざってるため、ピリ辛だが、あのタマゴサンド似の辛子サンドはただ辛いだけ。辛さの塊。


「こんなもん食えるか!」

「でも練習……」

「大会に辛子のみの料理が出るわけないでしょ!」

「まあ、そうだけど。スミレ、少し落ち着け」


 肩で息する私をナナが宥めようとします。

 私は水を飲み、一息いれます。


「スミレで無理ならこれはよしておこう」

「いや、食べなさいよ」


 私はバスケットから辛子サンドを掴み、それをナナの口へと持っていきます。


「ほら、ほら、練習よ、ほうら」

「スミレ、目が怖いぞ! やめ、あっ! んっ! んん! ……ギャアアア!」

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