第7話 遊覧船
今日は青空教室の遠足でカンナ村の奥にあるオクト湖に来ています。
そして今、私達は遊覧船に乗っています。遊覧船は帆船ではなく、スクリュー型の大型船です。
デッキから眺める景色はいつもと角度や高さが違い、そして湖の上という点が新鮮味があります。
「風が気持ちいいね」
セイラが後ろ髪を押さえて言います。
「うん。なんか、さわ──」
「ヴエェェェ」
さわやかと言おうとした私の言葉をカエデのうめき声で掻き消されます。
船内へと振り返るとカエデが顔を青くして長椅子の上に仰向けになっています。
「まさか船酔いするとはね。馬車とかよく乗って町に向かってるから平気だと思ったんだけど」
「……ふ、船と馬車は違うわよ」
「あ? 聞こえてた?」
「ええ」
そのカエデはこちらを向かずに天井を見て、弱々しく答える。
「ほん、と、だな」
とカエデの後ろの席から声が。
その声の主はチノ。チノも気分が悪く、長椅子の上で仰向けになっています。
「まさか、アンタも船酔いするとは」
普段から体力余って駆け回ってるのに。
「ふぅるせ〜」
たぶんうるせーと言ったのでしょう。
「2人ともどう? 船酔いの薬効いてる?」
「いいえ」
「効いてねえ」
そこへクレア先生が2人の下へやって来ました。
「あらあら、冷水持ってきたけど飲める?」
クレア先生は冷水の入ったミニ水筒を2人に渡します。
2人はそのミニ水筒の冷水を飲まず、首元に抱きます。
「冷たーい」
「そうだなー」
多少気分はマシになったのでしょうか。声に苦しみがありません。
「ミウちゃん達は展望デッキの方に行きなさい。そろそろ孤島を見え始めるから」
『はい』
私達は階段を上がり、展望デッキへ向かいました。
今回の遠足は遊覧船に乗るだけではありません。
遊覧船は孤島をぐるりと周ります。この孤島には神樹と神殿があります。
私達はその神樹と神殿を遊覧船から拝観するのが目的の一つなのです。
展望デッキに出ると風が私達を撫でました。
セイラは長い髪を押さえて、「風、少しきつい」と呟きます。
そして展望デッキは広いのですが青空教室の生徒が集まっていました。
「人いっぱいだね」
生徒は皆、左側の欄干に寄っています。
「こっち空いてる」
と、ネネカが空いてる場所を指します。そこは右側でガラガラです。船は左回りに島を回るので右側は少ないのです。
「そっちからは見えないよ」
セイラがダメだと首を振る。
「仕方ないけど彼らの後ろから見るか、下のデッキに戻るしかないわね」
「船の後ろが空いているかも」
次にネネカは船の後方を指します。
「後ろ? あ? 後ろも行けるんだ」
どうやら後ろは人が少ないので私達は船の後方から眺めることにしました。
移動中、柵に覆われた煙突の側を通りました。
「この煙突はなんなのかしら?」
セイラが誰ともなしに聞きます。
「正確には煙突でなく排気管」
ネネカが答えます。
「排気管?」
「この船は元は人間界のディーゼル船で。煙突はその名残」
「元は? 名残って、どういうこと?」
「本当はガソリンで動くのだけど、この船は魔石で動くように改造されたの」
「へえ」
それから私達は船の後方へと移動しました。
「あ!? あれかな?」
セイラが遠くの島を指差します。島には天を突き刺すように一本高い樹が伸びています。
「ユーリヤの森の神殿にある神樹と同じくらいかしら?」
私は額に手で
「それより大きい」
とネネカが答えます。
船はどんどん島に近付いて行きます。そして神殿も見え始めました。
神殿は紅い屋根瓦の木造建築。高さは一軒家程でしょうか。周りを草木が生い茂っています。
「大きいねー」
セイラは感嘆の声を吐きます。
「本当だね」
「ん。壮大」
船は島に近付くとぐるりと周り始めます。島の後ろに周ると神樹がさらに近くに見え、まるで樹の壁が現れたようです。
「すごいね」
大きいというのは見てて分かるのですが、あまりの精悍さに、つい声が漏れちゃいます。
木漏れ日が差して、私達をまだら模様に照らします。
風がなぎ、私達を優しく撫でます。
見上げる位置でしょうか、それとも周囲が湖だからでしょうか。森に住む私達ですら目の前の大自然に圧倒されます。
私達は目を瞑り、息を吸います。そしてゆっくり吐きます。
「気持ち──」
『ヴエェェェ!』
「…………」
階下から雰囲気ぶち壊しの呻き声が聞こえます。
欄干から少し首を伸ばして階下を覗き込みます。
斜め下方に顔を青くしたチノとカエデが見えました。
「2人とも何やってるんだろ? もしかしてゲロを吐こうとしている?」
「いやいや、ああいう吐き方はしないよミウ」
「それじゃあ一応神殿と神樹を見ようとしているのかな?」
「たぶんそうじゃない」
しばらくして2人は中へと戻りました。
私達はそんな2人を頭の隅に置き、天を突く神樹を見上げました。
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