第5話 ソフトボール大会
私が打席に立つと相手ピッチャーの眼光は鋭くなりました。
相手ピッチャーは私より二つ年上の子です。
「へいへいへーい。ピッチャー、ビビってるー!」
ベンチからチノがノリのある言葉で相手ピッチャーを煽っています。
そして相手はピッチャーはますます顔を険しくします。
……なんでこんなことに。
と辟易しつつも原因は知っています。そうパークゴルフです。相手ピッチャーは表彰式の後で私に挑戦状を叩きつけた子です。
『この借りはソフトボール大会で返す!』と。
そして今日、その借りを返すためソフトボール大会で相手の子は闘志丸出しでメラメラに燃えているのです。
◇ ◇ ◇
〈一週間前〉
ここ最近、チノがソフトボールに誘ってきます。
なんでも一週間後にソフトボール大会があるとかで、それで私を練習に誘うのです。
ソフトボール大会も村と森の住民の皆様で催される大会。人間界のような球場はなく、広い大地に白線とベースを置いたものです。
「お前もレギュラーなんだから」
「え? 私も?」
ソフトボールはメンバーが多く必要なので森のチームは他の森の住民で結成された合同チームなのです。
しかも子供部門は男女混合可だそうです。
チノはスポーツが得意なのでメンバー入りです。
しかし、私がレギュラーメンバーとはどういうことでしょうか? ベンチ入りならまだ分かるのですが。
「忘れたのか? パークゴルフの時、カンナ村の上級生から借りはソフトボールで返すって言われただろ?」
「……ああ! 言われた」
「だろ」
「いやいや、だろって言われても私、下手っぴだよ。それに借りとか本気にしちゃうの?」
「向こうはやる気満々らしいぜ。ここで逃げたらユーリヤの森の恥になってしまう」
「だな」、「やるべきだ」と他の子達も強く頷きます。
「そんなおおげさな。それに私、女の子よ。私が参加してどうするの? 運動が得意な子をメンバーに入れなよ。ネネカとか?」
セイラは普段はおどおどして頼りなさそうですが、運動能力は高いのです。
「もちろんセイラもメンバー入りだよ。あと、カエデもな」
「カエデも?」
カエデも運動能力が高いですが、彼女はマナを大量に消費してしまうのでスポーツは向いていないはず。
「おう。代打役でな」
なるほど。打つだけなら問題はないのでしょう。
「というわけだ。練習するぞ」
「ええー!」
私は不満の声を出しましたが、チノは背中を押して私を練習に参加させようとします。
「ミウ、一緒に頑張ろうよ」
とセイラが言うので私は仕方なく練習することに。
◇ ◇ ◇
〈現在〉
一週間そこらで上手くなるわけもなく、せいぜいソフトボールに慣れる程度でした。
私は8番のレフトです。
今は6回ノーアウト、ランナーなしで私の打席。4対2のビハインド。
相手ピッチャーがすぐに振りかぶり、腕を後ろへ速く回して、下投げでボールを放つ。
ボールは高速でキャッチミットに向かってくる。
私はおもいっきりスイングする。
バンッ! スカッ!
「ストラーイク!」
やっぱり速い。相手は1回から投げてるけど全く球速が衰えていない。
でも、打たなきゃあ!
ソフトボールは7回まで。ここで追いつかないと苦しい。
バンッ! スカッ!
「ストラーイク!」
スカッ! バンッ!
「ストラーイク! バッターアウッ!」
あうぅ〜。
速すぎて全然当たらない。
相手ピッチャーを見るとニヤけています。
むっきー!
ベンチに戻るとチノが、
「なに三振してんだよ」
「めんぼくない」
その後、9番ピッチャーの子がなんと内野安打で出塁し、1番ショートの子がヒット。
そして2番チノの番に。
『かっ飛ばせー、チーノ!』
皆で応援しました。
でも──。
「バッターアウッ!」
三振です。
チノがベンチに戻ると皆は、
「ドンマイ!」
と優しく声をかけます。
ちなみにドンマイは人間界の英語圏の言葉です。気にするなという意味ですが、『お前は失敗して当然なんだから気にするな』というニュアンスがあるそうです。
ですので私はドンマイとは言わず、
「人のこと言える立場?」
と言いました。
「めんぼくない」
おや? チノにして珍しく覇気がない。
「次で取り返すわよ」
仕方ないので励まします。
◇ ◇ ◇
そして7回表の守備はなんとか追加点を与えずに守り切り7回裏。4番からのスタート。
ここで2点を取らないと負け。3点以上を取ると勝ち。
「あいつの球、ライズボールなんだよな」
とチノが呟きます。
「ライズボール?」
私が拾って聞きます。
「浮き上がるやつだよ。手前でなんか浮き上がってただろ?」
「速すぎて浮き上がってるかどうかなんて
「ええ!? まじかよ!? じゃあ、今までどうやってたんだ?」
「……一応バットを振ってた」
「なんだよそりゃあ!?」
チノが参ったなという感じで言います。
「仕方ないでしょ。見えないんだから」
「う〜ん」
チノは目を瞑り、額を指で擦ります。
「タイミングを合わせる」
とマネージャー役のネネカが言います。
「タイミング?」
「うん。ミウ、ジャンケンしよう」
「え? ジャンケン?」
「ジャン、ケン……」
え、いきなり? 何で?
『ポン』
ネネカがパーで私がグー。
「今、タイミングが合ったでしょ?」
「へ?」
「ジャンケンは
「……そうなの?」
あまり自信がない。まあ、言われてみるとポンと聞いて出すのでなく、ポンの時には手を見せてるような。
「それと同じこと。バットも
ネネカは相手ピッチャーを指します。
投げるため腰を少し屈め、右足を後ろに。それと同時にネネカは、「ジャン」と言い、
ピッチャーが振り上げた時に「ケン」と言う。
そしてネネカはすぐにバッターへと指を動かします。
「ポン。スイングゾーン……球が来るところに」
「なるほど。投げる時にポンじゃないんだ」
「……それだと早すぎで空振り確定だろ?」
チノが突っ込みます。
確かに投げた時に振っても当たりませんね。
「でも投げた時にケンは駄目なの?」
「それだとポンを早くしないといけなくなる」
ネネカは首を振って否定する。
「なるほど」
確かにイメージしてみると投げてすぐにポンを出さないと駄目だもんね。ジャン、……ケッポンになるね。
「もう一回やってみよう」
相手が投球動作を始める。
ジャン。
振り上げる。
ケン。
来た時にポン。
バンッ! スカッ!
「ストラーイク!」
審判が判定を告げる。
私はチラッとネネカを伺うと、
「もう一回。タイミングが合うまでやってみる」
私はもう一度、ピッチャーの投球動作と共にジャンケンと呟き、バッターの手前で──。
──ポン!
カン!
「!」
4番がヒットで進塁しました。
「ネネカ!」
私はネネカに顔を向けます。
「合った?」
「うん。ポンの時にカンって!」
ネネカは頷き、
「それがタイミングが合うということ」
次は5番で6番のセイラがネクストバッターボックスへ。
「なるべく粘るね」
とセイラが私に言います。たぶんタイミングがバッチリ合うために粘るという意味なのでしょう。
「いや、普通に打って進塁しろよ」
チノが呆れて言います。
「うん。そっちも頑張る」
5番の子がフライでアウト。これでワンナウト。
そしてセイラは本当に粘ってフォアボール。
6番の子は内野ゴロでアウト。ゲッツーかと思われたのですがセイラがなんとか走りセーフ。そしてツーアウト二、三塁に。
私はネクストバッターボックスで7番の子を見守ります。
おや、キャッチーが立ちました。
……あれ? これって?
ピッチャーが投げたボールは大きく外へ。
「ボール!」
そして──。
「フォアボール」
全球ボールでフォアボール。
「敬遠ね」
どうやら相手は私を空振りさせて終わらせようとしているのね。
上等! 打ってやろうじゃない!
私がバッターボックスに立つと相手はピッチャーはほくそ笑んだ。
◇ ◇ ◇
「なあ、タイミング合わせるようになったからって打てると思うか?」
チノがネネカに聞く。
「無理」
ネネカは首を振って、はっきりと答えた。それに耳を立てていた周りの子が体をカクンと傾けたりして反応する。
「なんだよ! それ!」
「たとえタイミングを合わせてもストライクゾーンがある。相手が外を投げたら空振り、当てても凡打」
「じゃあ、どうすんだよ!?」
「一つ妙案がある」
「何だ?」
◇ ◇ ◇
(ああ、次はこの子か。この子、絶対、球見えてないわよね。それに変化球とかも知らなさそう。まずは外に)
キャッチーはミットを外へと移動させる。
バンッ! スカッ!
「ストラーイク!」
(ほらね。次も同じところに)
バンッ! スカッ!
(かわいそうだけど。楽勝ね)
しかし──。
「ピッチャー、逃げんなよー!」
「自分から勝負に誘っておいて、恥ずかしくないのかー!」
「ビビってるのかー!」
(あらあら、そんなヤジを飛ばすと大人達に怒られるよ。……ほら、怒られちゃった。そう言えばいっぱいヤジを投げてる子……チノだっけ。ウチの投手と同じ女の子なのよね。やっぱ男の子っぽいから勝ち気で負けず嫌いなのかしら。本当、ウチのといい勝負ね。……さて次も同じところに……え?)
ピッチャーは首を振っていた。顔は憤怒で赤く、目つきも険しくなっている。
キャッチーはいくつかサインを出すが、どれもピッチャーは首を振って嫌がる。
(……もしかして)
キャッチーは真ん中のサインを出してみると、ピッチャーはやっと首を縦に振る。
(まじかー!? もー、本当に負けず嫌いなんだから。でも、まあ、この子なら大丈夫かな?)
◇ ◇ ◇
やばい。あと一球になってしまった。
なんとか合わさなきゃあ。でも、どうしてかしら? 見てた時はタイミングは合ってたのに。
タイミングを合わせるため相手ピッチャーをよく見る。
相手ピッチャーの目から気迫が伝わってくる。
チノがヤジなんて飛ばすから。
やる気を出させてどうするの?
相手ピッチャーが少し屈み、そして右足を引く。
ジャン!
相手ピッチャーが腕を振り回す。
ケン!
ボールが投げ出される。
私には見えるわけもなく、ただタイミングを合わせるように、バッドを振る。
ポン!
押されるような衝撃が腕から体へと伝わる。
負けるか!
当たった一瞬、私は力を絞ります。
カキーーーン!
私の打った球は弧を描き上空を飛びます。
フライでもありません。きちんと高く、そして前方へと飛んでいます。
「……やっ、やった!」
『うおぉぉぉーーー!』
味方ベンチから驚きと歓喜の雄叫びが!
相手ピッチャーは信じられないという顔をしています。
自然球場にはホームラン線があり、私の球はそこを越えました。
「ホームラン!」
審判が宣告します。
「やったー!」
◇ ◇ ◇
ユーリヤの森チームとカンナ村チームはホームベース、ピッチャーマウンドの間に互いを向き、列をなして並んでいます。
「4対6でユーリヤの森チームの勝ち!」
審判が告げ、私達は互いにキャップを外して礼を述べます。
その後、皆は散開。私がベンチへと下がろうとした時、カンナ村チームの投手から呼び止められました。
「つ、次はバドミントン大会で勝負だ!」
「…………バドミントン大会なんてあったかな?」
「ないよ」
とネネカが教えてくれます。
「何かで勝負だ!」
「男のくせにみっともないな!」
とチノが言うと、
「私は女だ!」
相手ピッチャーは顔を赤くして言います。
『ええ!』
年上の男の子と思ってた子が実は女の子だったとはびっくりです。
「とにかく勝負だ!」
「確か町の方で激辛大食い大会があったような?」
カエデが恐ろしいことを言います。
「よし! それだ!」
「無理よ。大食いなんて。それに激辛なんて無理」
「待ってるからな」
最後にピッチャーの子はそう言い残して去りました。
「ごめんね。適当に負けたらあの子も納得するから」
とキャッチーの子がこっそり言います。
「頑張れ!」
チノが私の肩に手を置いて言います。
「ええ!」
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