第46話 嫉妬と牽制(前編)
同じ頃、アレクシスはまさに苛立ちの絶頂にいた。
待ち合わせ時刻はすっかり過ぎたというのに、相手がいつまで経っても現れないからである。
(なぜ、来ない……?)
広場南側の大通りから道を二本ほど入った奥まった路地。
祭りの喧騒から離れた人気の少ないその裏通りに、アレクシスは二十分も前から立っていた。
パレードの後処理やその他もろもろの雑務を全てセドリックに任せ、約束の時間である十三時きっかりに、指定されたこの場所にやってきたのだ。
それなのに、待ち合わせているはずの相手は一向に姿を現さない。
その事実に、アレクシスは苛立ちと焦りを滲ませて呟く。
「
――そう。アレクシスの待ち合わせの相手とは、たった今エリスと共に川で救助活動を行っている、リアム・ルクレールだった。
リアム・ルクレール――アレクシスの中等部からの旧友で、昔はそれなりに親しくしていた男。
侯爵家の嫡男でありながら決して驕り高ぶらず、誰に対しても礼儀正しく、困っている者がいれば迷わず手を差し伸べるような、心根の優しいリアム。
少し頼りないところもあったが、アレクシスはリアムの人柄を好ましく思っていたし、リアムの方もアレクシスを皇子として、友として慕い、支えてくれていた。
だがその関係は、二年前の事件をきっかけに壊れてしまった。
アレクシスが、リアムの妹・オリビアに怪我を負わせてしまったからだ。
アレクシスからしたらそれは事故だったが、けれど、リアムはそうは思わなかったのだろう。
大切な妹が傷付けられたことに激怒したリアムは、アレクシスに、責任を取ってオリビアと結婚するよう迫ってきた。
だが皇子の結婚はそのような簡単なものではないし、そもそも、アレクシスはオリビアを苦手としており、結婚など到底考えられなかった。
だからアレクシスは『皇子と結婚できるのは王女だけだと、お前も知っているだろう』とリアムを
だがその後もリアムからは何度も手紙が届き、けれどそれを無視しているうちに、リアムはオリビアと共に領地に引き下がってしまった。
それから早二年。二人は一度も顔を合わせていない。
それにここ一年は手紙がぱったりと止んでいたこともあり、アレクシスはリアムのことを殆ど思い出さない日々を送っていた。
だが、そのリアムが今になって戻ってきた。エリスと結婚した、このタイミングで。
となると、目的は一つしか考えられないではないか。
(リアムは再び俺に、オリビアとの結婚を迫ってくるはず。――だからこちらから先手を打ったというのに、どうしてあいつは現れない? 俺と話をつけるために戻ってきたんじゃなかったのか?)
アレクシスは思考を巡らせながらも、裏路地から出て大通りへ足を向ける。
これ以上待っても無駄だろうと、そう判断したからだ。
すると通りに出たところで、何やら辺りが騒がしいことに気付く。
衛兵たちが橋の方に集まっているようだ。
いったい何事だろうか、アレクシスは走りゆく兵を呼び止め報告を求める。
すると兵はこのように説明した。
「川に落ちた二人の子供を救おうと、ご婦人が飛び込んでしまわれて。それを追いかけて、リアム・ルクレール中尉も川に」と。
それを聞いたアレクシスは、ハッと目を見開いた。
リアムが待ち合わせ場所に現れなかったのは、このせいだったのか、と。
(あいつ、昔から正義感だけは誰よりも強かったからな)
なるほど。こういう事情であるならば致し方ない。
話し合いの機会はまた作るとして、今は川に落ちた子供たちの救助である。
アレクシスは兵と共に、急ぎ現場の橋へと向かった。
けれどアレクシスが着いたときには、既に救助は終わったあとだった。
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