第6話 ちょっと一休み 短編進め美食街道

 異世界バルファの文明レベルは、せいぜい中世から近世相当といったところで、正直暮らしていくには不便で不安ばかりだった。旅の資金集めに滞在していたエレダンの環境は劣悪で、食べ物は不味い、水不足でお風呂にも入れない(魔術で水を集めてお湯を沸かして身体は拭いていたけれど)といった有り様だった。


 でも今は違う。私は大陸でも文化の最先端を行く国、リーディスの首都パララスに、ついに辿り着いたのだ。


 リーディスは大陸南方の海岸部に面する大国であり、肥沃な大地と豊富な水資源に恵まれている。首都には上下水道が整備され、街の各所には公衆浴場が配置されていたりと、衛生面でも先を進んでいる。なにより得られる食材が豊富で、大きな港を持っていることから交易も盛んで、世界中のありとあらゆる物産が手に入る。もちろん、グルメだって満足できるレベルだ。


 私はこの街にたどり着いて目を見張った。久しぶりの大きな湯船に浸かるお風呂を満喫できたし、市場に出れば色とりどりの新鮮な食材が並んでいる。そこには異国の香りが漂っていて、思わず食欲をそそられた。


 ある日、私はヴィルに紹介してもらったレストランで、広がる青い海を眺めながらリーディスの特別なコース料理を楽しむことにした。私の五感を共有している剣の中の茉凜のために、異世界のグルメを試してみたかったから。


 今日ばかりは気合を入れておめかししてきた。だって、これは茉凜と私のデートなんだから。


 問題はお店に入る時のこと。店員さんが私の帯剣を見て、目をまんまるにして驚いていた。焦って、「これはおもちゃです! 剣じゃありません!」って言い訳して、なんとか通してもらえたけど、心の中ではちょっとドキドキだった。あんな言い訳が通じるなんて、運が良かったのかな?(筆者 あなたがお子様に見えたからです)


 ん? ヴィルはどこへ行ったかって? 彼は何か用事があるとかでどこかへ行ってしまった。でも、茉凜と二人っきりになりたかったし、ちょうどいい。


「さあ、茉凜、今日こそリーディスの美食を堪能するわよ!」



 茉凜の声は、本当に嬉しそうに弾んでいた。


 まず、前菜として運ばれてきたのは「ルシエルサラダ」。リーディスでは最もポピュラーなサラダだ。透明なジュレに包まれたフローズンエリュカと紫のシュナイエル貝が美しく並び、シトラスフルーツ系のレイリッドドレッシングがかかっている。彩りはまるで宝石箱のようで、見た目からも食欲をそそられる。


「わあ、茉凜、見て。まるで宝石箱みたいに綺麗! 一口食べると、爽やかな酸味が海の風味と絶妙にマッチしてる」


 


 茉凜の反応があまりにも嬉しそうで、食事がおいしいのももちろんだけど、私も自然と笑顔になってしまう。


 次に、温かいスープが運ばれてきた。リーディス特有の「オーシャンブリーズスープ」。遠い大陸から運ばれてきたスパイスと海藻のエキスが効いたクリーミーなフィンリル魚介のスープだ。スプーンですくって口に運ぶと、豊かな風味と滑らかな舌触りが広がり、心地よい香りが鼻をくすぐる。


「このスープ、すごく濃厚で美味しい。海の恵みを凝縮したような味わいね。ちょっと感動したかも」



 茉凜の反応があまりにも愛らしくて、ますます嬉しくなってきた。


 メインディッシュは、「グリル・マーレンフィッシュ」。特製のエルドラハーブソースがかかっていて、皮はカリカリ、中はふっくらと焼き上がっている。一口食べると、ジューシーな味わいが口の中で広がり、ハーブの香りが食欲をさらに刺激する。魚の身は白くて美しく、まるで海の宝石のようだった。


「この魚は絶品だわ。私の舌が驚いてる。素材の良さが生かされてるね!」


 


 そして、デザートには「スターライトフルーツタルト」が出てきた。私たちがいた世界では見たこともない、星形のラグラトリーフルーツがたっぷりと盛り付けられ、タルト生地はサクサクしている。フルーツの甘い香りが漂い、見た目も華やかで美しい。


「このタルト、見た目も味も最高だし、甘すぎなくてフルーツの味を引き立ててるね。サクサクのタルト生地がたまらない。」


 


 茉凜らしい純粋な表現が私の心を弾ませた。


 最後に、温かいミルクティーを一口飲む。優しい甘さと香りが心地よい。これは私たちがいた世界のものとそう変わらない。でも、久しぶりに味わう紅茶は格別だった。


「茉凜、このミルクティーすごく美味しいよ。優しい甘さと香りが心を癒してくれるね」



 こうして、私たちは幸せな時間を過ごすことができた。彼女と共有するこのひとときが、私にとって何よりも大切だった。


 その後、宿屋の部屋に戻り、私はベッドに横になった。


「ふぅ……お腹いっぱい……」



「うん、全部美味しかった。でも、さすがにちょっと……く、苦しい」


 お腹をさすりながら、私は苦笑いを浮かべた。茉凜も同じ感覚を共有しているのか、少し申し訳なさそうに感じた。



「ううん、茉凜が楽しんでくれたみたいだから私も楽しかったよ。でも、次はもう少し控えめにしようね」



 こうして私たちは、満腹感に包まれながらも幸せな気持ちで眠りについた。しかし、その夜、食べ過ぎたせいでお腹が痛くなってしまったのは言うまでもない。



         ◇      ◇      



 翌朝、目を覚ました私は、まだ少しお腹が重い感じがした。でも茉凜の笑顔を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。


「茉凜、おはよう。昨日は楽しかったね」


 


 茉凜の感謝の言葉に、私は心が温かくなった。


「今日はどこに行こうか? 美味しいものを食べるのもいいけど、ちょっとは運動しないとね」


 


 茉凜の無邪気な声が、私の心を癒してくれた。今日もまた、彼女と一緒に楽しい冒険が始まるんだと思うと、わくわくが止まらない。


「よし、それじゃあ、行こうか」



 茉凜の元気な返事に、私も元気をもらった。彼女との特別な時間が、これからもずっと続きますように、と心から願った。


 あ、ここ数日でちょっと増えたかも……。




備考

エレダンにおいては水は貴重で、飲用できる水はとても高価。ミツルの魔術なら青で水を集める事も可能だが周辺は乾燥していて土中の水分も乏しい。全身浸かるほどの水を集めるのは大変。


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