見たかった色

 この地の領主が女神の愛人となってから二週間。

 何事もつきぬけると……いや慣れたのだろう。

 もう民草も一周まわって、この方はこういう存在なんだ。と受け入れ始めていた。

 ハッキリ言えば、それは主人公にとって予想外……いい兆候なのに、歪みは肥大化。

 そういうプレイの一貫なんだろ。と下衆、下賎の考えもあながち間違ってはいない。

 事実、進矢もソコは気にしなくなっていた。

 下が上に合わせるのではなく、人が神にあわせる無理難題。

 それは川の氾濫すらも利用して生きてきた、万物の霊長が持つ強かさであろう。

 大して人気が無い温泉宿での貸し切り生活に飽き……はこの地を去るまで二人とも来なかったのであろう。

 後に神の湯と呼ばれる場所が、東亜皇国には一か所しかないのだから。

 女神が恋した幻想郷では、いつも通りのルーティンに満ちた日常が始まる。

 

 朝食をとり、要望の紙を出し、食後の運動。

 ファッ!!今日もタイム更新。速すぎ!!!今のは残像ですか?一種の分身ですか?という嬉しそうな叫びは、絶対暑いだろ。と人間に思わせるいつものトレーニングウェア姿。

 男子、三日会わざれば刮目して見よ。どころで無い成長曲線。

 それは、宇宙の膨張を思わせるような……まぁ乱世の人間は空より上の概念を知らないのだが。

 本気で走った?進矢は、望む結果が出る。という事実に感動を……別に見せていなかった。

 そりゃそうだ。ろくに訓練や鍛錬を積んでない人間からすれば……興味無きどうでもいい事。

 向いているからやっているだけを地で行く人生等、必死で昔からやっている無能からすればムカつく事この上ない。

 そんな相手の感情等、産まれながらの強者は知らず!故にヒロインから手渡された水をただ美味そうに飲む。

 上限に動く喉仏をガン見して、生唾を飲むセレナに気づきながら。

 故にただの水が美味しくて仕方ない。

 「たまには変わろうか?最近セっちゃんは本気で走ってないみたいだし……タイム縮んでいるかもよ?」

 人間の感情等なんて女神は持たないんだろう。と慣れてきた事もあり……悪意無く行動を促す?

 残念ながら人体は見た目程……中身や性能は変わらないのである。

 年齢的にも伸びしろが無い、ここからは降っていくのみという事実をセレナは悟っていた。

 目の前にいる雄を自分好みにしたい。と考える歪んだ恋。

女神わたしはチョットやめておきます。それよりもシン君手を抜きましたね。女神だから分かっちゃうんです。現人神だから分かってしまうんです。」

 前より何故か自分の限界に挑まなくなったセレナが、それを望んだからが答え。

 ハイハイでも別の事をしたいな。……走り高跳びとか一緒にどう?と軽口プラス要望が返される。

 これだけで人間風情が現人神に……下が上に軽口を叩く事実に彼女の怒りは臨界に近づいた。

 ベリーロール、背面跳び。といった技術で超えた高さを……はさみ跳びすらせずに身体能力だけで飛び越える雄の言葉に憤怒しかける。

 前みたいにセっちゃんと身体を動かしたいな。という邪気の無い言葉。

 上が下にかける誘い。

 それは動きとして腰を抱く行為。

 これに悪意無き事が大問題であろう……代わりの感情が渦巻いているが。

 男女の性差というには余りにも……なソレに対して愛称で呼ばれた彼女は屈する気が無かった。

 一緒にやらない時点で……という勘ぐりは人間の特権。

 その積み重ねが神性を奪っていく。

 人の意思が振り払われない事に……進矢は心から笑った。

 

 ただ済まし顔で傲慢に振る舞う……それが現人神。

 その色に染まる瞳を……進矢は嬉しそうに見ている。

 人間の感情は大きな振り幅を誤認する。という事実を本能で知っているせいか?

 女神として困難に耐えて欲しい。という大切に思う気持ちと……女性として困難に屈して欲しい。と好物を求める感情。

 その答えを進矢はまだ出せずにいた。が!今日がその日だと……直感が教えていた。

「セっちゃん!長距離走るから見ててよ」

 この言葉には笑顔が返され……予想外の状況にえっ?と口にする。

 突然のお姫様だっこをされれば、誰でもそうであろう?

 えっ今から走るんですよね?の言葉に、ただ走るだけじゃツマラナイし……俺の事を見ててよと。返答。

 姿勢バランスを放棄し巨影が走り出した。

 両腕を使えない状態とは思えない程にソレは速く。

 振りほどきもせず、抵抗もしない事が完成目前である事を雄に伝えていた。

 それがどこまで綺麗な色をしているかは……きっと感情の落差が教えてくれるであろう。


 どれくらい走ったかは互いに分からない。

 そもそもこの行為事態には何の意味も無いのだから。

 強いて言えば、シッカリと自分を見て欲しい。と進矢が思ったからであろう。

 目の色が、頃合い。と判断した雄が足を止める。

 屈強な腕に抗わず、ただジッと真摯に見つめる瞳。

 大抵の人間ならそれで充分だ。と口にするであろう。

 だが、それ以上を知る者にとってこの程度は通過地点。

 果物ですらストレスがかかると甘くなるのだ。

ならば人間関係ならば……

 だからこそ腕から女神を降ろし、距離をとる。

 名残惜しそうにする反応の強さが……もう二人のパワーバランスを現していたのかもしれない。

 

 何も言わない。という無が雰囲気を作り出す矛盾。

 生きていれば一度は、何故だろう?と思い答えが出ない事に戸惑う。

 先手必勝!機先を制する。先の先……どこまでも速さがもたらす恩恵は絶大。

 セっちゃん、ずっと言おうと思ってたけど……とさも意味有りげに間を取るのは悪意か、起伏か?

 真摯な瞳が見ている先にあるのは期待。

 この人間はどこまでも現人神じぶんを楽しませてくれる。という傲慢不遜な期待。

 だからこそ思いっきりギャップを作り出す。

「いい加減女神様辞めてくれない?間違いなく現人神向いてないよ。絶対に適性外!できない事をやり続ける人生は苦痛だよ。」

 真摯な瞳を、求めている言葉を無視して心の奥底から侮辱。

 努力も修練も我慢も全てをコケにして踏みにじり……

 親愛や期待……そんなモノを無視してただ純然と嬲る。


 どうして……の先をいわせる気等ハナハナ無し、ここで完成させるという気合は……男がナニかを成そうとする意思は止めようが無い。いや弱ければいくらでも止めれる。

「ただのセレナとして俺の妻になって欲しい。途中で役目を投げ出した。とほざく奴も、帝国を裏切った売女。と罵る屑も全員俺が黙らす。それでも囀る奴は殴り殺す。……だから重荷を外して欲しい。と願うのは罪かな?」

 だが彼は絶対強者たる最強の雄。

 それを示すかの様に、若すぎる身の上で冠す二つ名は麒麟児。

 コイツなら絶対にできる。と思わせた時点で大言壮語……分かりやすく言えばイキリが該当しなくなる。

 治世を生きる人間からすれば、全てを知る未来の人間からすれば……現人神の幼体が産まれながらの現人神に意味不明な望みを口にしている様にしか見えない!


女神わたしが勤めを果たせていない?現人神サタンに相応しくない?愛人の分際で!恥を知れ!!!」

 愛という感情に偽りは無く、授かりの儀を行った関係とはいえ、人間風情になじられた事で怒りは沸点に到達。

 一つセレナの弁目をさせていただく。

 もし彼女が……神の株価がナイアガラ状態に産まれていなければ最盛期とまでは、行かなくても右肩上がりにくらいはできただろう。と後世の人間は判断する。

 そんな優秀な女性に、仕事をするな。という等……あまりにも前時代的。

 まさに旧文明の人間ですら、価値観のアップデートが足りなく無い。と罵るであろう。

 何故なら労働の権利は……女性が勝ち取ったものだから!

 まさか今更になって、やっぱり家庭で夫の影に隠れたいなど……差別と常識に立ち向かった勇気への冒涜。

 そんな見苦しい真似や発現を優秀な女性がする訳無いのだから。

 

 本当に不思議な事だが、他人の力に頼らず己で生きれる女性程……人間一人余裕で背負える優秀な男性に愛される!……いや不思議でないかも知れない。当然なのかもしれない。あたり前なのかもしれない。ただのハイスペック同士の恋愛かもしれない……本能は残酷だね。

 まぁ、一人で生きていくには能力がいる。が、能力ある存在を他人はほっとかない。という現世の真理にして矛盾。

 そもそも乱世では、労働をする女イコール低い身分に産まれた独身、もしくは稼ぎも才覚も無い男を配偶者にした負け犬かのどっちかである。

 だから進矢には理解ができないのだ。

 産まれながらの使命とはいえ……苦役を望んで生きる女性が。

 妻一人養う稼ぎも、子に託す領地も持っている……何なら!望むなら!生きている限り増やし満たし続ける。という覚悟くらいはとっくにできていた。

 だから進矢は選んで欲しいのだ。

 自己犠牲と献身は男の本懐であり、女の身が受け持つ事では無いのだと!

 何の意味も無い苦役より、実のある自分との時間を。

 重いもの等投げ出して!いや労役も苦役も全部背負うから男に任せて欲しいと。

 妊娠と出産を受け持ってもらう以上これくらいは当然だと……

 人間に現人神の考え等理解できようも無い!

 どこまでも押し付けがましく、君のためだ!と口にし、勝手に決めしは雄の傲慢。


 そんな人間ごときの考えを現人神サタンは……男の考えを女神セレナは理解できない。

 怒りは……ある一定ラインを超えると静かに。

 策には浅いが、効き目抜群の初動。

 そのためにセレナは後ろ手で胸部の拘束を解いた。

「シン君、女神わたしは貴方をひと目見た瞬間は確信できなかったですが、一緒に日々を過ごして確信しました。貴方より強い殿方は絶対に存在しないと。その年齢でイビルディア帝国の大将……いえ元帥ですら一対一の決闘で勝てないでしょうね。それも一切の武術を収めず、碌な努力も研鑽も無く……」

 言葉は途中で止まり、セレナが死ぬ気で磨いた女神の足取りでゆっくりと距離を縮めていく。

 生物は動くものを無意識下に目で追いかける。

 そこまで研鑽を積んだ現人神からすれば上半身だけいつも以上に動かす事など容易く。

 単純で馬鹿な男性は異性の揺れるモノを性欲でガン見!

(おおお改めて見るとスッゲー揺れ。まさしく天才が常に克己し磨きあげたモノ。生で何度も触っているのに、中身を知っているのに、着衣状態なのに目が離せない。)


 脳に回すべき血流は一瞬で下半身へ直行。

 己を制御する経験の無い天才は哀れなり。

 その浅はかさをセレナは否定したかった。

 高みを目指して、生物が産まれながらに持つ反射すらも克服した武に携わる男達を知っているから。

 だが、この時点で女神は矛盾しているのだ。

 努力する優秀な雄より、ただ天賦の才を悠々と注ぐ最強の雄と子作りを望んだ時点で……もはや綺麗事を口に出す権利など無いのだから。

 事実、天罰!と言わんばかりに、代わりと言わんばかりに手が出ていたのだが。

「あらら、セっちゃんに殴られる日が来るとは思わなかった。男女逆で考えたら放送出版禁止モンだよ。」

 圧倒的な反射神経……いや!見て、認識しての行動だから圧倒的な反応速度というべきであろう。

 事実手首を効かせた左の裏拳は、アッサリと抑え込まれ……

 分かっていました。と言わんばかりに腰が左へ!それは右足を振るうための行動。

 完全に虚をつくのは練度がもたらす技術。

 現人神を侮辱した男に対する罰は……金的!

 女性としてはトップレベルの肉体が全てをのせた、純然でシンプルな前蹴り!

 直撃した後でも……使い物になるのなら愛してあげましょう。とどこまでもセレナは傲慢な女神様。

 事実現人神の右足は完璧な軌道で目的地へ……

 

 まだやるかい?の後には完璧な笑顔。

 振り切られた脚を……片手の膂力で止める。

 それも先読みして打つ前を抑えた訳でも無く、避けながら打った後を抑えた訳でも無い。

 フフフ。という悲しい声が漏れるのも無理はなく。

 残酷なまでに言い訳の余地が無い結果が出来上がる。

 一番威力、速度がのったタイミングで掴まれ、そこから先……一切動かせない等、性差という言葉では済まされないのだから。

 調子づいた勘違いしている凡人を、理不尽を我慢や鍛錬と考える凡才を、幾度も幾度も結果で否定し続けるのが天才の人生。

 常人が溺れる程に悠々と注がれるは天賦の才。

 おそらくソレが同性で無く異性に対して、本気の欠片も無くとはいえ向けられたのは初めてであろう。

 ただ一つ言えることは……圧倒的な格差を見せられて、大多数の男女共通な事柄はひとつだけ。


「綺麗だ。」

 そう進矢に確信させるのはセレナの瞳。

 今までの驕り昂ぶりが一切無い純真な色。

 彼が好きで好きでたまらない最高の色合い。

 事実彼が手を離した瞬間……ペタンと尻を床につける。

 それはもし次の攻撃を、猛る意思が残っていれば絶対にしない醜態。

 愛人たる進矢を……否己を屈服させた最強の雄を見上げる視線には確かな媚があった。

 悔し……いやただの涙で潤んでいる……というデカイオマケまでついて。

 だからこそ絶対強者はダメ押しを敢行!

 腕力一つで細い身体を引き上げ、自分の方へ。

 あっ。という言葉から先が出ない理由は……己の全体重すら何の動作なく受け止め、応える屈強な身体に神を見たからであろう。

 過去の栄光と長い年月が作り出した偶像たる現人神サタンは、その末裔たる女神セレナは今、紛れもなく一点を抜かして麒麟児に屈した。

 女性は弱く劣る異性を愛す事ができない。が!男性は弱く劣る異性を愛す事ができてしまう……無論好みに当てはまればの話だが!

 何も言わずただ顔を赤くするだけの女を、いたぶる男等どこの世界線にも、どの時間軸にもいないであろう。

 事実、お姫様だっこで嬉しそうに拠点へ帰っていくのだから。

 馬鹿な性別は力任せにプライドを圧し折った復讐をされる事も知らず……

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