第21話
今、私は昼間の新宿の混雑の中に立っていた。人々が波のように押し寄せ、絶え間なく通りを横断している。その光景はまるで巨大な生き物のようで、私を包み込むように動き続けていた。時に思うのは、ここを行きかう彼らは、本当に明確な行き先を持っているのだろうかということだった。
すべてが片付いた後、私は殺人で起訴されるだろうと覚悟していた。ライサとその部下との戦闘で21人、研究所で200人の兵士を殺してしまったから。当然、死刑を宣告される覚悟はしていたけれど、ソーニャを守るための代償だと思っていたから、特に悔いはなかった。でも、驚くべきことに、私は無罪放免どころか、そもそも起訴されることすらなかった。
200人以上を殺して起訴されないなんて、そこまで頭の良くない私ですら、通常ではありえない手続きが踏まれていたことを理解していた。
前橋少佐はそのことを淡々と語った。
「心配するな。以前話した石原さんが、さまざまな役人に影響を与えてくれたおかげで、お前は起訴されることはなかった。こんな国が、公的には三権分立を採用しているなんて笑える話だろう?だがな、仮に起訴されていたとしても、俺はお前が有罪になるとは思わんな。銃で武装した男たちに対して、若い女が槍と薙刀だけで短時間に21人と200人を殺すなんて、普通、裁判官たちは信じるはずがないからな。」
ソーニャは今、大学に通っている。私は祖国の再建のために、正道から外れた道を選び、財産も教育もすべてを捨てた。悪事を働くことでしか得られない金を手に入れるしかなかった。しかし、ソーニャにはそんな道を歩んでほしくなかった。彼女には、私のような暗い影を背負わせたくはないから。
ソーニャは全く学校にも行けず、正規の教育を受ける機会がなかった。それでも、彼女は驚くほどの才能を持っていて、短期間で信じられないほど多くの知識を吸収し、理解していった。幸運にも、東京帝国大学が男性だけでなく、女性や外国人も受け入れるようになり、彼女はその難関試験を突破した。私は、こんなに賢い妹を持っていることに、胸が熱くなるほどの誇りを感じた。
でも、彼女は私に向かってこう言った。
「お姉ちゃんはどうするの?一緒に大学に行こうよ!」
その言葉には、純粋な優しさと無邪気さが込められていて、私は一瞬言葉を失った。彼女の目に映る未来の光、その無垢な願いを前に、私は自分が選んだ道を振り返らずにはいられなかった。振り返るたびに、そこに映し出されるのは、彼女には決して相応しくない道だったという再確認だった。
私はソーニャに向かって、私はあなたみたいに頭が良くないし、そんな難しい大学には入れないよ、と言って無意識に肩をすくめた。しかし、ソーニャはそんな私の言葉をまるで聞かなかったかのように、明るい笑顔でこう言った。
「お姉ちゃん、それでも世界にはたくさんの大学があるんだよ。きっとお姉ちゃんが気に入るところがあるはずだよ」
と、まるでその可能性を疑うことすらないかのように、強い信念を持って私を励ました。
これまで私は祖国の再建のことしか考えてこなかった。けれど、今はっきりとわかっているのは、そんなものは信念というよりもただの妄想だったということだった。自分の能力や適性を無視して、ただ盲目的に突き進んでいた視野の狭い考えだった。そして今、私はそんなつまらない考えを捨てた。もしかすると、今こそ自分自身の道を見つけるべき時なのかもしれないと思った。ソーニャが言ったように、大学もその選択肢の一つかもしれない。でも、私は勉強が好きではないし、少佐に何度もバカにされているように、私は自分の頭の悪さを自覚している。だから、別の道を探したいと感じた。
その時、突然背後から聞き慣れた声が響いた。
「やあ、殿下。」
その方向に目を向けると、そこには一条が立っていた。
「一条、退院したんだね!おめでとう!もう大丈夫なの?」
と私は彼に駆け寄り、心からの喜びを込めて尋ねた。
彼は軽く頭を下げ、
「ありがとうございます、殿下。私はもう完全に回復しましたよ。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
と答えた。その言葉には、彼が戦いの傷から回復したという確かな自信が感じられた。
私はふと、少し冷ややかな声で尋ねた。
「それで、昨夜は売春婦を買ったの?」
と目を細めて彼を見つめた。
一条は一瞬たじろぎ、額にうっすらと汗が滲んだ。緊張感が漂う中で、彼はなんとか答えた。
「いいえ、少なくとも昨夜は、殿下。」
「昨夜は?」
と私はさらに追及した。
「ということは、近いうちにまたやるつもり?」
その言葉に彼はますます慌てて、つぶやくように答えた。
「ああ、わかりませんが、おそらく――」
彼の狼狽ぶりがあまりにもおかしく、私はつい笑いを堪えきれず、大声で笑い出してしまった。
「まあいいわ。男はみんなそんなバカなのは知ってるからね。自由意思に基づいた関係である限りは、止めるつもりはないよ。でも気をつけてね、この国ではそういうのはまだ違法だから。犯罪を取り締まる憲兵として、それは危険すぎるよ。注意してね。」
彼は真剣な表情で
「はい、気をつけます」
と答えた。言っている内容と彼の生真面目な態度のおかしな隔たりがあまりも大きくて、また私は吹き出してしまった。
「じゃあ、結局買うんだね、このバカ!」
と私はまた大声で笑った。
そして、ふと笑いを収めて、彼に優しい目を向けながら付け加えた。
「でもね、一条。そんなバカの中では、あなたはとてもまともな人よ」
と、心からの信頼とともに微笑んだ。その笑顔に、一条は少し照れながらも、真剣な眼差しで頷いた。
「ありがとうございます、殿下」
一条は微笑みながらそう言った。その笑顔の裏には、彼自身の敬意と信頼が隠れていることが感じられた。しかし、次の言葉は少し意外なものだった。
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