第14話
一条邸が視界に入ると、私はほんの少し安堵した。大貴族の公爵邸ともなれば、官憲でさえも容易に立ち入ることができないはずだったから。でも、門に近づくにつれて、空気の異変に私は気づいた。何かが違う。胸騒ぎが徐々に強まり、さらに近づくと、邸のドアが陸軍の兵士たちによって封鎖されているのが目に飛び込んできた。帝国陸軍の憲兵は、まるで獲物を逃がすまいとする獣のように、その動きは迅速だった。
「いたぞ、あいつだ!」
一人の兵士が私を見つけ、仲間に知らせると、すぐさま追跡が始まった。私は反射的に逃げ出したけど、兵士の数は多すぎて、逃げ切れるかどうか自信が持てなかった。焦燥感が胸を締めつけ、耳元で聞こえるのは迫り来る兵士たちの足音だけだった。
その時、耳をつんざくようなクラクションが空気を引き裂いた。音の方に目をやると、薄暗がりの中から車のヘッドライトが鋭く浮かび上がった。最初は戦車かと思えるほど重厚な装甲をまとった車両が姿を現したけれど、その下には普通の車のようなタイヤが片側に三つ、計六つ装着されていた。その車はドリフトをしながら兵士たちを四散させ、私の目の前で後ろ向きに急停止した。私は直感的に後ろのドアのハンドルを回し、その中へ飛び乗った。
乗り込むと、車は轟音と共に一条邸に向けて加速した。兵士たちが混乱する中、車はその中を縫うように進み、彼らは危険を察知して距離を取ろうと必死になった。混乱のさなか、ついに一条邸の庭にたどり着くと、そこには兵士の姿はなく、私を出迎えるかのように邸宅の扉の前に槇子が立っていた。
槇子は無言で後部座席のドアを開け、私に細長い包みを手渡した。私はそれを受け取ったけれど、中身が何かはわからなかった。彼女がドアを閉めると、車は急激にUターンし、陸軍が設置した障害物を蹴散らして、一条邸から走り去った。
車が速度を増していく中、私は槇子から手渡された物を改めて確認した。それは木の棒の先に白い布が巻き付けられたような代物だった。私は布を解くと、そこには銀色に輝く鋭利な刃が姿を現した。それは日本の伝統的な武器――薙刀だった。
「それは、彼女の出身である武家に代々伝わる秘宝だそうだ」
前橋が低い声で説明を加える。
「槇子さんは、お前が槍の訓練をしていたことを聞いてな、その薙刀を託したいとのことだ。普通の槍とは違うから、もしかすると、お前には持て余すかもしれんがな」
「いいえ、完璧よ」
私は興奮を抑えきれずに答えた。
「私が訓練した槍はハルバード――槍に刃がついたもので、私は刺突と斬撃をバランスよく訓練したの。この方が、むしろ私にとって普通の槍よりもずっと扱いやすい。これなら、私は――使える!」
「ありがとう、槇子」
私は武器をしっかりと握りしめながら、心の中で感謝をつぶやいた。私の手の中にあるこの鋭利な刃は、ただの道具ではない。今、この瞬間から、私の意志と力が一つとなり、これからの戦いへの覚悟がより一層強固なものになった。
私は広い荷室のような後部座席から助手席へと移動し、前橋少佐の隣に腰を下ろした。
「ありがとう、前橋少佐」
心からの感謝を込めて礼を言ったが、彼はそれをさらりと流し、前方の道に視線を固定したまま応じた。
「この車は頑丈だ。戦車ほどの装甲はないが、それでも大半の攻撃には耐えられるし、何よりも戦車よりはるかに速い。」
力強く唸るエンジン音が車内に響き渡り、車体は曲がりくねった道を軽やかに駆け抜けていった。窓の外に目をやると、闇に包まれた街並みが急速に遠ざかっていくのが見えた。
「こんな車見たことない」
装甲が施された外装と、特異なタイヤ配置に目を留めながら尋ねた。
「どこでこんなものを手に入れたの?」
前橋は道から視線を逸らさず、静かに答えた。
「これは一撃離脱戦法、あるいは電撃戦用に特別に改造された車だ。耐久性と速さ、その双方を追求したこの車は、起伏の多い地形や激しい敵の攻撃にも耐えられるよう設計されていて、我々の目的に完璧に適している。我々の計画は、敵が気づく前に迅速に敵の領域に突入し、武装警備員と監視システムを同時に突破することだ」
前橋少佐の言葉には冷徹な決意が滲み、任務への絶対的な自信が感じられた。それを聞いた私は、胸の奥に湧き上がる覚悟を新たにし、これからの戦いに備えた。
「わかった、ありがとう。でも、敵の領域に侵入した後、研究所の建物に入るための策はあるの?」
私は、高まる緊張にもかかわらず、冷静な声を保ちつつ尋ねた。
前橋少佐は、視線を道路に固定したまま、静かに答えた。
「内部協力者だ。前にも言ったが、我々には協力してくれる内通者がいる。彼らが内部のセキュリティシステムを無効化してくれる。ただし、この研究所の背後にある力にはかなり敏感だから、彼らがやってくれるのはそれだけだ。つまり、中にいる警備兵は我々が何とかしなければならない。推定では、内部にいる警備兵は一中隊、約200人だ。一方で、外にいる警備兵は一大隊で約500人。外の警備兵を一気に突破すれば、お前の能力で内部の数はぎりぎり何とかなるだろう」
彼の説明に、不安と決意が交錯する中、私は頷いた。道は暗いけれど、その先には希望の光が見える気がした――ソーニャを救出するという使命と、闇の背後に潜む真実を明らかにするための意志を胸に抱きながら。
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