第13話

 前橋は強い口調で言った。


「この程度の確証しかないわけだが、それでもうまくネックレスが機能することに賭ける価値は十分にある。力を覚醒させるためにまた致命傷に近い傷を負う必要があるとすればかなり危険な賭けになりすぎるからな。そういうわけで、このネックレスがお前の妹を救出するための鍵になるわけだ」


「ねえ、ちょっと待って。お願いだから私の言うことを聞いて」


 私は前橋に懇願した。


「確かに前にはネックレスは持ってたのよ。でも――今はないの。もうあげてしまったから。戦乱の時、さっきあなたが言ってた陸軍の少尉に渡してしまのよ。彼は私の命の恩人だったし、彼に感謝をできる術が当時はなかった。その印としてネックレスをあげてしまったから、もうもってないのよ」


 私は、体の中から、焦燥と絶望を吐き捨てるように声をひねりだした。


 でも、前橋は全く動じず、冷静に続けるだけだった。


 「まあとにかくだ。今日はもう遅いから、近いうちに妹の救出についてまた話すぞ。じゃあな、とりあえず休め」


 彼は踵を返してドアに手をかけた。


「ちょっと、私の話聞いてるの?」


 声が不毛な病院の部屋に響きながら、私は叫んだ。


「大事なことなのよ!」


 しかし、前橋は私の声を無視して部屋からさっさと出て行ってしまった。ドアは音を立ててしまり、私は部屋に取り残され、どんよりとした思考の中に埋もれるしかなかった。


 私はベッドに寝転がり、天井を見つめながら考えた。


 私の力を制御し、ソーニャを救う唯一の鍵であるネックレスを失ったことは、まるで運命が私を嘲笑っているかのように感じられた。でも、その苦悩にもかかわらず、あの戦場で自分が下した決断を後悔することはなかった。あの少尉が助けてくれなければ、妹は兵士たちに犯され、あるいはもっと惨い運命を辿っていたかもしれない。前橋が話したように、もし私の力が本当であったとしても、その力でソーニャを救える時間があったかどうか、確信は持てなかったから。


 たとえネックレスが手元になくても、今となっては自分の力を覚醒させる方法を知っている。致命傷を負った瞬間に目覚めるというのなら、たとえ命を危険にさらすことになっても、最悪の場合は自らを傷つけることで力を呼び覚ます覚悟はできていた。あの時、少尉にネックレスを渡した自分の決断が間違っていないという確信は、今も揺らぐことがなかった。


 夜が更けるにつれ、病室の静寂が急に息苦しく感じられた。頭上の天井が、まるで私を押し潰そうとするかのように低く感じる。時間がない。すぐにこの状況に対処し、妹を救い出さなければならない。


 私は深呼吸をした。弱気でいる余裕などなかった。私は、全てに立ち向かう覚悟を決めた。自分に秘められた力が私に課せられた運命なら、恐れずにそれを受け入れるつもりだった。私の腕は震えていたけど、私は固く拳を握りしめた。夜の暗闇が私を包み込む中、決意はますます強固なものとなっていった。


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 私の傷は、医者の予想をはるかに超えて早く回復した。彼らは私の生命力に驚きを隠せず、ライサとの一件からわずか数日で退院を許可された。


 立ち直った私には、もう無駄にできる時間はなかった。ソーニャを救うという焦燥感が胸を突き動かし、前橋の計画が明かされないことに苛立ちを感じつつも、行動を開始するしかなかった。


 ある夕暮れ、必要な物を調達した後に一条邸へ向かう途中、ふと不審な気配を感じた。直感的に壁の影に身を隠し、私は周囲に意識を集中させた。壁越しに様子を窺うと、三人の兵士が歩いているのが見えた。その中に、病院で私を連行しようとした憲兵、木下の姿があった。


 私はライサとの戦いで使った護身用の仕込み杖を握り締めた。彼らと正面から対峙するべきか。私の血筋に秘められた力を使えば、彼らを一瞬で倒すことができるだろう。でも、その力をここで使ってしまえば、ソーニャを救出する時に必要な力が損なわれる危険性がある。私は致命傷を負うことに関しては何とも思っていなかったけれど、かと言って、無駄にリスクを冒すのは避けたかった。


 一方で、能力を封じたままでは、仕込み杖という簡素な武器だけで力に勝る三人の男たちに勝つのはほぼ不可能だ。どうすべきか。頭の中で様々な選択肢を考えながら思考を巡らせた。


 思いついた。そもそも彼らが今ここにいるのは、私を即座に殺害するためではなく、逮捕して連行する意図があるはず。ということは、その事実を利用し、時間を稼いで逃走する手段が使えるのではないか。私は深く息を吸い、高鳴る鼓動を静め、そして決断した。


「木下大尉!」


 私は冷静に、だけど確固たる決意を持って壁の陰から姿を現した。堂々とした足取りで、彼らの前に立ちはだかった。


 別の方向を向いていた兵士たちは驚き、木下は一瞬目を見開いたけれど、すぐに冷たい眼差しに戻った。


「何の用?」


 私が聞くと、


「お前を探していた」


 と木下は答えた。その声には、氷のような冷たさがあった。


「我々に同行しろ」


 私は槍をしっかりと握りしめ、その冷たい命令に応じるつもりはなかった。これから始まる戦いを予感し、心の中で覚悟を固めた。


「もし私が断ったら?」


 私が挑発的に言うと、木下は不敵な笑みを浮かべた。


「お前を叩きのめして連れて行くだけだ。」


 兵士たちはじわじわと前進し始めたけれど、私はその場にじっと留まった。緊張がピークに達する中、一人の兵士が突進してきた。私はその動きを見極め、瞬時に横に身をかわし、槍の柄で彼の足を払い、兵士はバランスを崩して地面に倒れた。続けざまに、もう一人の兵士が武器を振りかざしてきたのを私は正確にかわし、すれ違いざまに槍の柄で顔面を打ち据えた。兵士は呻き声を上げ、地面に倒れ込んだ。


 でも、木下はその二人とは違っていた。彼は驚くほど素早く、さっきの二人が警棒だったのに対し、彼は鋭い動きで鞘から刀を抜き放ち、私との距離を一気に詰めてきた。その鋭い刃が、私の右肩に向かって襲いかかる。利き腕を狙った一撃だった。私は攻撃の速度に反応が遅れ、槍でその刃をなんとか払いのけたけど、強烈な衝撃でバランスを崩し、後退せざるを得なかった。


「思ったよりやるじゃないか。」


 木下の声には、嘲笑が込められていた。


「だがまだまだだ。」


 次の瞬間、木下の刀が再び閃いた。私はなんとかよけられたけど、刃が左腕をかすめ、鮮血がほとばしった。痛みが全身に広がり、私は歯を食いしばった。私は頭を冷やし、戦略的に行動しなければならないことを再確認した。


 私の目的は、彼らに勝つことではない。生きてここを抜け出し、ソーニャを救うことだ。戦いが続くなか、私は冷静に活路を探った。起き上がってきた兵士が再び攻撃を仕掛けてきた瞬間、私はわざと大きくよろけるふりをした。


 木下ともう一人の兵士が私を取り押さえようと一気に詰め寄ったその瞬間、私は素早く木下に向き直り、槍の柄で脛に強烈な一撃を加えた。木下は痛みに叫び声を上げ、膝をついた。その隙を見逃すことなく、私は全力でその場から逃げ出した。


 運良く、木下の部下たちは彼の状態を気遣い、彼を助けようとして私を追ってこなかった。私は闇に紛れて走り続け、脈打つ心臓の音だけが耳に響いていた。

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