第11話

 前橋の話は続いた。


「なぜ急にそんな力がお前の血筋に現れたのかは正直よくわからん――だが、一つの可能性としてありそうなのは、常に隣国や遊牧民からの脅威を受けていたお前の国で、自らを危機から守るために起こった遺伝子の突然変異、そんなところかもしれん」


 彼は少し考え込みながら、静かに言葉を選んだ。


「それから、この力が娘にのみ遺伝するという事実も、一見普通ではないように思える。しかし、生物界全体の観点から考えるとそうでもない。要するに、メスだけを強くする生存戦略だ。カマキリや蜘蛛のように、メスがオスよりも強大な力を持っていることは珍しくない。そうした生物では、過酷な自然界では時に有利になる。オスの数が減っても子孫を残すメスだけが生存することで種の生存に寄与するからだ。お前の王国の地は過酷な自然が支配していた。だから、少しでも子孫を残す可能性を高めるため、遺伝子が選択した生存戦略、それが女だけに強力な力を伝えることだったということは十分にあり得ることだ」


 私は少し深く息を吸って、今までの情報を処理しようとした。そうした事実の重みは圧倒的で、私は少しでも前進する方法を見つけて、真実との折り合いをつける必要があった。自分に受け継がれた能力と責任について考えながら、心に湧き上がる混乱と恐怖に打ち勝たなければならなかった。


 前橋は、私の内面にある葛藤を感じ取ったのか、少し声のトーンを落として言った。


「三つ目だが、お前の妹に関することだ」


 私はその言葉に戸惑って、瞬きをした。


「ソーニャの?」


 私は怒りの感情が沸き上がったけど、改めてあの話が正しかったと認識せざるを得なかった。


「やっぱりライサが言ったのは正しかったのね――彼女が吉原に送られて娼館で働かされていたなんて」


 私は震える声で言った。


 私は、ソーニャがどこかで穏やかに暮らしていると信じていたから、あえて彼女を探そうとはしなかった。私自身、王国再建のために犯罪の道に足を踏み入れたけど、ソーニャにはそんな危ない道に来てほしくなかった。どんなに心配でも、彼女の居場所を突き止めることはしなかったのは、それがソーニャのためになると信じていたからだった。


「そうだ」


 前橋の返事は短く、しかし含みを持たせていた。


「部分的にはな。ただ話全体からすると正しくない」


 前橋は、その言葉の裏にある重さを感じさせるように、声をさらに低くして続けた。彼のトーンには、どこかしらの同情が含まれていたが、それがかえって私の心を重くした。


「彼女は吉原に到着してすぐ、別の施設に送られた。ただそれが吉原よりも良かったかどうかはよくわからんが――」


 その瞬間、私の胸の奥で何かが軋む音がした。心拍が速まり、息が詰まるような感覚が襲ってきた。


「どういう意味?娼館がソーニャをさらに悪い状況に追いやったってこと?」


 前橋の視線が私を捉えた。彼の目には、痛みと真実の重さが映っていた。


「我々が解明したのは、娼館がもともと払った金よりもさらに高い金額で買った奴がいるということだ。そいつらは――」


 前橋の言葉が途切れた。その短い沈黙は、私にとって耐え難いほどの重さを持っていた。


「陸軍だ。帝国陸軍のとある一派がお前の妹を買い取った」


 その言葉が耳に入った瞬間、私の世界がぐらりと揺れた。怒りと信じられない感情が渦巻き、体中が震えた。


「どういうこと!?あんたが所属している軍隊がソーニャを買った?人身売買だって、わかってるの?」


 怒りで声が震え、前橋に対する不信感が込み上げてきた。


 前橋は一瞬も目を逸らさずに、冷静だがどこか哀愁を帯びた表情で言った。


「もちろん俺自体は全くそんな犯罪には関与していない」


 彼は、私の方に向き直り、真摯な表情で続けた。


「しかしそうだ。この腐った帝国陸軍という組織が重大犯罪を行った。それは事実で、否定はできない」


 前橋は重く息を吐いて、天井を見上げた。彼の表情には、疲れ切った決意が見え隠れしていた。


「この国は陸軍は芯から腐っている。もしそれが表面的なだけであれば、我々憲兵が摘発して治療すればいい。しかしだ、ここまで芯から腐っていればそれもただのいたちごっこだな。元々は陸軍を正常化してこの国自体をまともな方向にしていこうという志も俺にはあったがな、今はもう無理だろう。すでにこの国は末期患者だ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る