第10話

 私は、次に彼が言うことに耳を傾けた。


 「列強たちは当初の計画とは違ったが、麻薬取引による利益さえ獲得できればそれでよかったから、少なくとも当初はこの事実に目をつぶった。そういうわけで、19世紀を境に、急激に多人種、多文化の王国ができたのは事実で、確かに古くからの原住民は今のお前たちとは違う外見だったとは推測されるだろう。だがそれは、お前たちの国自体が決して最近できた急ごしらえの王国であることを意味しない。王国自体は太古から存在し、お前の王家の血筋は脈々と受け継がれていて、古くからの慣習である王女のみに戴冠する風習もまたしかりだ。だからお前は、正当な女王の血筋を受け継いでいる。その点、お前が聞いた情報、つまりお前たち王家と反目するグループが持ち合わせていた情報は、王家に反発する貴族がその正当性を否定するために、かつて国民に流布した嘘だったというわけだ。それから少し時間がたった現代で、そうした反発する貴族の子孫たち――この前逮捕したカーチャとかいう女なんかがそれを真実だと誤解して、お前の槍の師匠を含めたあいつらのグループにそのまま共有されたという経緯だ。


 この情報は、我々陸軍の諜報機関――正確には国際連盟加盟国で共有されている諜報機関の情報からもたらされたものだから、お前たちのグループの人間で共有されていたものよりも正確なものだ」


 彼の発言に、私はどこか救われた気がした。なぜかはわからないけど、彼の話し方は私を慰めるような感覚を受けた。


 「で、問題は二つ目だ――」


 前橋は言葉を続けるのをためらうかのように、一瞬の間を置いた。


 「はっきり言うと、あのむかつく先輩の言っていたことは真実だ。お前の槍の師匠も含め、あの場にいた21人を殺害したのはお前だ」


 「どういうこと!?」


 私は、衝撃で叫び声をあげた。前橋はさっき、私を面倒な状況から救ってはくれたけど、あの将校が言っていたことが本当だなんて全く思ってなかったから。


 「違う、絶対そんなことない。私は気を失っていたのよ。だからそんなこと絶対できるわけない――そもそも、私は怪我をしていてあれ以上動けなかった。だから仮に意識があったとしても、ライサたちを殺すことなんてできるはずがない。20人の銃を持った人間と、私よりもずっと槍の技量が上の先生相手なのよ。彼女一人ですら勝てることなんてないのに、銃を持った人間たちに囲まれて勝てるはずないじゃない!」


 前橋は、同情にも似た表情で私を見て言った。


 「しかしだ。お前があそこで殺した暗殺者自身が証人なんだよ。あいつらが死ぬ直前、全員が口をそろえて言ったのは、人知を超えた力でお前から攻撃を受けたということだった。しかも悪いことに、他の状況証拠もお前がやったことを示唆しているんだ」


 私は言葉を失って、深く思考の渦に頭が支配されていた。


 「お前は1945年の王国陥落の際に、帝国陸軍の少尉に助けられたんだったな?」


 前橋の突然の問いかけに、私はわずかに頷いた。


 「だが実際は記録によれば、その少尉が助けたのはお前の妹だけだ。お前自身は助けていない」


 私はその衝撃的な事実に言葉を飲み込むしかなかったが、前橋は冷酷な事実を淡々と続けた。


 「お前はバカだから軍隊のことなんか知らんだろうがな、少尉なんてのはただの小隊長にすぎん。小隊なんてのはせいぜい30人程度だ。それに比べ、お前や妹を襲った軍は中隊規模で約200人程度、要するに、日本単独の小隊が列強の中隊を打ち負かすなんてのは限りなく不可能に近い」


 私は驚愕と混乱の中で、ただ彼の話を聞くしかできなかった。


 「早い話が、その少尉がお前の妹だけでも助けられたのは、この兵力差では奇跡に近い。そういうわけで、妹だけを助けてお前だけが腐敗した列強の軍隊の手に落ちるのを見捨てて撤退するか、両方を助けようとして全滅するかのどちらかにその少尉は迫られたわけだ。当然、合理的な判断は前者だ。悪いことに、列強の軍隊と日本軍は対立関係ではなく、むしろ同盟関係で一斉にお前の国に出兵していたから、表立った衝突は余計にしずらいという事情もあったからな」


 「そこで記録によれば――」


 前橋は一息ついてから、さっき言いよどんだ時のように重々しく告げた。


 「お前だ。お前がその中隊すべてを殺害した。今回の21人なんかは足元にも及ばない規模の殺戮を」


 その瞬間、私はもはや何一つとして理解できなくなっていた。


 「どうやってそんなことができるって言うの?」


 私はかすれた声で問い返した。


 「私はただの子供だったし、あの時は意識もなかったから何も覚えていない。それに、私はひどい怪我をしていたし――」


 突然あることに気づいた。


 「そうだ」


 前橋は言った。


 「敵の数が大きく下回っている以外は、今回とほとんど同じ状況だ。お前はひどい怪我を負っていて、意識がなくなった」


 私の思考は、混乱と不信に飲み込まれ、ただ彼を見つめることしかできなかった。


 「ここでの最も合理的な結論は――」


 前橋の表情はさらに硬くなり、その声には一層の厳しさがこもっていた。


 「お前は、人知を超えた能力を持っていた、いや、今でも持っているということだ。お前が生存の危機に立たされる時、その人外な力が目覚めて、多数の敵を殲滅するという能力が」


 前橋の言葉が部屋の空気を重く、冷たく変えた。


 「記録によれば、お前が中隊規模を全滅させて一旦危機を切り抜けた後にさらなる中隊が訪れたが、帝国陸軍の少尉がはったりを言って切り抜けたということだな。この地は大日本帝国陸軍によって占領され、国際連盟によって承認された、と。しかし、そんなブラフを普通信じるか?それでもその中隊が真に受けたのは、おそらく無数に散らばる死体があったからだ。表面上に見える兵力は小隊規模だが、その背後には大きな兵力が控えていると勘違いしたためだろう」


 場の空気はますます重くなり、前橋の声が鋭く響いた。


 「これが1945年、お前のいた戦場で起こった真実だ」


 私は、真実とされる事実の暴露に対して、どういう感情を抱いていいのかわからなかった。でも、国家の創建に関する話と合わせて、自分の中に秘められた力の存在を認識せざるを得なかった。王国の創立者――並外れた力を持ち、敵を薙ぎ倒すことのできる女性――もしその神話が真実で、私が彼女の子孫であるなら、その力は確かに受け継がれたものだろう。その意味で、私は王国の真の後継者であり、伝説的な力の継承者かもしれない――少なくともそんな力は私は持ちたくはなかったし、ただあるとすれば恐怖の感情だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る