第6話

「ライサ?」


 私は息を呑んだ。声には信じられない思いと困惑が表れていた。その人物は立ち止まり、武器を少し下ろした。薄暗い光がちらつくと、私はライサの顔を見た。かつては温かく理解のある彼女の目は、今や冷たく計算高い視線を向けていた。


「ご機嫌いかが、バカ弟子。あなたは昔から少しも変わっていないのね」


 彼女は冷笑を浮かべ、言葉の刃で私を斬りつけた。かつての師弟関係の名残など微塵もなく、彼女の声には冷酷さだけが残っていた。ライサの言葉は、まるで鋭い刃物のように私の心を深く抉った。彼女はいつも厳しかったが、その厳しさの奥底には優しさがあったはずだった。それなのに、今目の前にいる彼女は、かつて知っていたライサとは全くの別人だった。


「母親と全く同じね。頭が固く、頑固で、時代遅れ――それも含めて全部血統なのね」とライサは続けた。その声は冷たく、私の心に深い傷を残した。


 私は耐えられず、彼女に尋ねた。


「ライサ、何が起こっているのか説明して。これは何かの誤解なの、それとも何かの間違いなの?」


 彼女は冷たく吐き捨てるように言った。


「カーチャから聞いた通りだ。お前は本当に何も全く分かっていないみたいだね。母親も相当なバカだったけど、お前はそれに輪をかけてバカ。力の論理で動く現実を理解しないで妄想にしがみつく愚か者だこと。さっさと地獄に送ってあげるよ、バカ弟子!」


 銃声が鳴り響き、今度は右の脇腹に鋭い痛みを感じた。心臓や脳、そういった即死につながる臓器は避けられたけど、それでも今までで一番の重傷だった。この手負いの状態で、容赦なく的確に攻撃繰り返すライサに立ち向かうことは、ほとんど不可能のように思えた。


 激しい痛みの中、私は持てる力のすべてで彼女に突進した。でもまた銃声が響き、私は瞬間的に死を悟った。


 不思議と奇跡的に無傷だった。理解が追い付かないまま私は銃声の方向を見ると、地面に誰かが倒れていた。薄明りの中その姿を確認すると――それは一条中尉だった。


 呆然としたまま声も出せない中、一条のかすかな声が聞こえた。


「殿下、お逃げください。私を置いて――」


 私は何か声をかけようとしたが、感情の高ぶりで声を詰まらせた。それからは、雑然とした頭に支配されていて思考が追い付かなかった。ただ無力に泣き叫ぶしかないようにも思えた。


「殿下」


でも、一条の声を再び聴いたとき、自分がすぐに戻っていくのを感じた。


「いいえ、一条、私はあなたを見捨てない。生きて――」


 言い終わる前に、ライサの槍が私の顔を切り裂いた。


「正真正銘の愚か者だね、お姫様。こいつを身代わりにしていればここから出られたのに」


 ライサは冷笑を浮かべながら罵った。


 武器がぶつかり合う音が薄暗い部屋に響き渡った。裏切りと悲しみに駆り立てられながら、彼女の一撃を必死にさばいた。でも、やはりライサの力量は私よりもずっと上で、手負いの私は徐々に追い詰められていった。

 

 私の意識が揺らいだ一瞬の隙をついて、ライサの槍が私の右腕を深く貫いた。私は痛みのあまり叫び、倒れた。攻撃に不可欠な利き腕の自由を奪われ、私の勝ち筋は完全に消えた。


 ライサの冷笑的な顔を見ると、今まさに、王国再建の夢が再び打ち砕かれている感覚が呼び起こされた。


「もうすぐ死ぬわ」


 ライサは断言した。


「お前の槍の腕は相変わらず未熟ね。しかもお前は祖国の兵士20人に囲まれている。ここにいる全員が皆、お前たち王家の愚かな行為への復讐を固く誓っているのよ」


 私はわからなかった。母様がしたことが何か全く知らなかったし、当然恨まれるようなことをした覚えは全くなかったから。


「王家の血を引いているバカ弟子。お前本当に建国の神話を信じてるのか?」


 突然のライサの発言を私は理解できなかった。


 王国の神話――遥か昔、この地は砂漠のような過酷な気候に苛まれ、原住民は、長くその厳しさに耐えなくてはならず、その上、遊牧民、諸王国など、諸国の軍勢というさらなる脅威がその地を囲むようになった。ある日、一人の少女が生まれた。その少女は、人々の指導者となるべき不思議な魅力と天賦の才能に溢れ、人々を導き、荒れ果てた地を豊かな国へと変えていった。それに加えて、その少女は神秘的で強力な力を秘めていた。その力が目覚めるや否や、およそ人で考えられない強力な戦いの力が発揮されたと言い、何十、何百の敵をなぎ倒し、そしてのちに彼女が成長すると、ついには千もの敵を一掃したという。国は繁栄し、外敵は跡形もなく消え去り、王国となったこの国の第一代目の女王として、少女はやがて君臨した。それ以来、女王の血を引く娘たちが代々王位を継ぎ、彼女の魅力と不思議な力は、王女のみに代々受け継がれることとなった――これが神話の概要だった。


 私は幼い頃から、こうした、国の歴史と王家の伝承を聞かされて育った。でも、心のどこかで、その輝かしい物語には虚飾があると感じていたから、こんな話を信用してはいなかった。どこの国にも権力の裏付けとするような神話はあるものだから。母様は昔から言っていた。


「王位は決してあなたにとって好ましいものではありません。ただ厳しい責務だけが待っています。それが何不自由なく育つことができるあなたの義務です」


 王家の血筋が神から授かったものであるとか、祖先が神秘の力で国を築いたとか、そんな話は私も、そして母様も信じてなかった。王座に就く覚悟を決めたのも、ただ国民のためを思ってでのことだったから、虚構の栄光にすがるためではなかった。王位に就くことは、私にとって重い責務以外の何ものでもなかった。


「もちろん信じてない。そんなの権力の正当性のための作り話でしょう」


 私の声には揺るぎない決意がこもっていた。それが嘘であろうと真実であろうと、私は己の使命を全うする覚悟をしていた。ライサの目には、私の言葉に対する嘲りの色が浮かんでいたが、それを見ても私は動じなかった。


「少しは賢いじゃないか、お姫様。その通り、あんなものはまやかしだ」


 彼女は冷たく言い放ち、蔑むように私を見下ろした。その表情には、私の無知に対する嘲笑がありありと浮かんでいた。


「じゃあ本当の建国について何を知っている?私たちの外見はなぜ世界の民族の混血になっている?」


 その問いに、私は考える間もなく答えた。私たちの国が、東西の文化が交差する場所にあることは事実であり、歴史的にも多くの民族がこの地を訪れたことは知っていたからだ。


「それは東西の文化が交差する場所で…」


 しかし、私の答えが終わる前に、ライサは突然、笑い声を上げた。その声は冷たく、そして刺すように響いた。彼女の目は嘲笑で細められ、その笑いは止むことなく続いた。


「本当にバカ。まさかそんな話を信じているなんて」


 その言葉が放たれると、私の心には不安が広がった。まるで足元が崩れ落ちるような感覚に襲われ、私は口をつぐんだ。ライサの言葉には、私が知らない何かが含まれていることを感じ取ったからだ。彼女の笑いは次第に止まり、その後に訪れる静寂が私の胸を重くした。


「どうせ死ぬから最後に教えてやるよ。この外見の元になった原因を」

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