第7話

 彼女は続けた。


「それはね、列強諸国が豊かな原住民に目を付け、略奪と暴力を繰り返した結果だよ。19世紀のことだ。残忍な侵略を行った結果、最近できた王国なんだよ、あんたたち『王家』の国は」


「嘘よ」


 私は困惑の中、震える声で言った。


「自分自身を鏡で見てごらん。真実からは逃れられないでしょう。私たちのどこの民族にも属さない外見、これが動かぬ真実の証拠だ。暴力による混血でできた私たちの祖国は、嘘と血の上に築かれているってことを」


 ライサは冷たく言った。


 私はそんな事実を否定したかった。でも同時に、心の奥底でそれに納得している自分もいた――伝わっている王国創建神話なるものが全く信じられる内容ではない以上、彼女の言い分の方がはるかに説得力があったから。混乱と歴史に対する不信が私を圧倒し始めていた。


「そこで、列強たちは、自分たちが侵略した地から利益を搾取するのに都合がいい従順な統治者を用意したというわけ。侵略された原住民のなかで生かしておいた首長の娘を『女王』に祭り上げて。彼女に用意された選択は二つ。この場で殺されるか、女王になって国民の富を何世代にもわたって侵略者の母国に注ぎ込むか。そうしてお前の先祖は女王になることを選び、列強はプロパガンダを世界中に広め、教科書を書き換えて歴史を改ざん、私たちの豊かな王国は長く誇り高い歴史を持つ国家だという話をでっち上げられました、めでたしめでたし。女系の王位継承なんて珍しい国は、古来から根付く王国であるという偽りの物語により強く信憑性が与えられて、真の出自を隠すのに役立ったわけだね。これでお前たち『王家』がいかに胡散臭いかがよくわかったでしょう?」


 悲しみ、怒り、混乱、そういったすべての感情が私を満たしていた。そうした感情は絡まり、やがて空虚へと変わる。真実の露呈について、あまりに理解すべき状況が私には多すぎた。


「じゃあ何でそもそも列強はこの不毛な地の原住民侵略に及んだか。それはここが世界で有数の罌粟(けし)の産地だったからだよ」


「そんなのありえない」


 私は言葉を振り払うように頭を振った。でも、疑念は晴れず、胸の奥で重く沈んでいく。


 彼女は冷笑しながら続けた。


「お前は自分の育った地を知らないわけじゃないだろう?あの砂漠のような過酷な気候を。昼は猛暑、夜は凍えるような寒さ。水はほとんどなく、生命が宿る余地などほとんどない。その地で育つものなんて、どれほどの子供でもわかるだろう、ほとんど何もないさ――ただ、一つを除いて。罌粟だよ。あの過酷な地でも、罌粟だけは強く育つ。しかも、場所は東西の交易のちょうど中間点で、人口の大きな消費地への流通もたやすい。列強にとっては、これ以上ないほど都合が良かったのさ。」


 彼女の言葉が、私の心に不気味なほど鮮明な情景を映し出した。ひび割れた大地、容赦のない灼熱の太陽、乾燥しきった荒涼たる土地。そこに広がるのは、ほかの植物が育たぬ場所に、無数の罌粟が咲き乱れる光景だ。


 幼い頃、母様と一度だけ王宮を離れ、遠い場所へ行ったことがある。そこは砂漠の荒野から離れた緑豊かな場所で、きれいなピンク色の花が一面に咲いていた。私はその花を摘もうと馬から降りかけたが、母様が厳しい声で私を制した。優しい母様が、なぜあんな態度を取ったのか、当時はわからなかった。しかし、今そのすべてが私の頭の中で閃くようにつながり始めていた。母様が制止したあれは、この土地が持つ真の価値――罌粟の存在だったのだと。


 皮肉なことに、荒れ果てた、無価値に見えたその土地こそが、実は世界中の目が狙う宝の山で、それは母様が必死に隠そうとした真実でもあったのだと、かすかに理解するようになっていった。今まで知っていた歴史とは全く異なる現実が今、目の前に広がっていた。心の奥底で、これまでの人生が嘘だったのかもしれないという恐怖が湧き上がってきた。


「だが、20世紀に入ってから、この王国は侵略前よりもはるかに繁栄するようになったんだ――列強がもたらした『技術』のおかげでな」

ライサは嘲笑を含んだ声で続けた。


「ヘロインの精製方法さ。それまで、この国は価値の低い粗製品、生アヘンを輸出するしかなかった。それが、列強から精製技術がもたらされると、高品質のヘロインを生産し、莫大な利益を得るようになった。たとえ、その利益の一部を宗主国に還元したとしても、なお余りあるほどの富がこの地にもたらされた」


 ライサは目を細め、冷たい光をその瞳に宿しながら前かがみになった。


「そこで、お前の愚かな母親は、突然その取引を中止すると言い出した」


 その声には、冷徹で鋭い軽蔑が滴り落ちていた。


「お前の王国は、その貿易で潤っていたんだ。もちろん、その取引がなければ、国は崩壊する。家臣たちは何度も頼み込んだが、あの女は聞く耳を持たなかった。そして当然の帰結として、お前の母親は殺されたんだ」


 ライサの言葉は、冷たい刃のように私の心を貫き、権力と国家の生存が絡み合う残酷な現実を浮き彫りにしているように思えた。


「でもね、その家臣たちも、先のことまでは考えが及ばなかった。支配者を失ったこの国で権力争いが始まると、大国はその混乱に目を付け、侵略を開始したのさ。今までのように中途半端な利益の一部を取るのではなく、取引全体の利益を独占するためにね。王国が取引を管理する形では、この国そのものが繁栄してしまう。その事実さえも気に入らなかった列強は、すべてを手に入れるためにこの地を完全に支配しようとしたんだ」


 ライサは吐き捨てるように言うと、


「そうだ、大事なことを言い忘れるところだった」


 と追い打ちをかけるように冷笑しながら言葉を続けた。


「お前の妹も、この国にいるんだ。お前は妹も平穏に暮らしていると思っていたんだろう?」


 その一言に、私は愕然とした。ソーニャのことが話題に上がるとは思いもしなかった。あの動乱で日本に到着したあと、日本の役人たちは、私たち二人は別々に育てる必要があると言っていた。もちろん私は抗議したけど、結局は折れた。なぜなら、私の方は養護施設だった一方で、ソーニャの方は裕福な家庭に引き取られ、良い教育を受けられると聞かされたから。私はあの時ソーニャを守れなかった。だからせめて、私が犠牲になって、これからはソーニャの方が幸せになれるなら、それでいいと思ったからだ。


 しかし、彼女は残酷に続けた。


「実際は妹が送られたのは吉原だよ。『金持ちの男のための家』で働くようになったわけ。私の言っていることが分かるね?お前もそこへ送りたかったんだが、英雄気取りの日本軍将校が計画を妨害してね、お前は普通の養護施設行きだった。なんとも残念なこと」


 私は怒りの渦が体を渦巻いているのを感じた。そして、私は今、自分がカーチャやライサを含めた、滅びた王国の人間の駒にすぎなかったことを改めて実感したけど、そんなことはどうでもよかった。ソーニャを守りたかった。あの混乱の時に守れなかったソーニャを私はまた守れなかった。信じていた人間たちの裏切りも許せなかったが、なにより、私自身の愚かさ、無力さに腹が立っていた。


 私は再び立ち上がろうとした。でも、それまでに負った傷は痛みと同時に私の感覚を奪い、ただ倒れることしかできなかった。


「さあ、死ぬ時が来たよ、愚かな姫様。真実に押しつぶされながら死ぬのはどんな気分?少なくとも、私はとても楽しく見させてもらってるよ」


 とライサは冷笑した。


 意識が遠のいて暗闇が迫る中、最後に見たのは彼女の嘲笑だけだった。でも瞳を閉じて思い出したのはソーニャだった。その時私は気づいた。今この状況は、動乱が私たちの祖国を飲み込んだ時と同じ――どんなものよりも私にとって尊いもの、たとえ自分の命を犠牲にしても守りたかった妹を私は守れず、ただ傷を負って意識を失うことしかできなかった、あの時と同じだと。

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