第5話

 私が目を覚ますと、すべての兵士は死んでいた。生きているのはソーニャ――恐怖でひきつった表情だったけど、殴られた跡がある以外は体も無事だったし、服も乱れていなかった――それと一人の男性が一緒にいた。


 外見から判断するなら、彼は多分アジア人の兵隊みたいだったけど、他の兵士とは違い、温かく優しい雰囲気があった。


「大丈夫ですか、王女殿下」


 彼は尋ね、私は小さくうなずいた。


 それから、大きな音が聞こえた。新たな兵士の一団が――ぱっと見るだけでも200を優に超える兵士たち、が――近づいてきた。恐れと絶望が私を支配した。やっとの思いで幸運にも生き延びたのに、それが完全に無駄になったように思えたから。


 でも――


「ここは大日本帝国によって占領され、国際連盟によって承認された! もしお前たちがここを攻撃したら、それは明確な国際法違反だ。自国の軍事法廷で厳しく罰せられるぞ。撤退せよ!」


 彼は流ちょうな英語で叫ぶと、その中の将校と思しき男は顔をしかめたが、部下の兵士に命令した。


「撤退せよ」


---


 数日後、私は列車に乗り込むところだった。自室の窓から、あの時助けてくれた将校が別れを言いにホームに立っていた。


 彼の制服の着こなしはとても清潔で、制帽にあしらわれた金色の星の輝きが、彼を一層美しく飾った。


 「ありがとう、将校さん。あなたのように、国際連盟ともつながりがある温かい方に助けられて、本当に私たちは幸運でした」


 私は心から礼を言った。


 彼は私たちの手を握りながら、笑った。


 「いえ、王女殿下、あれははったりですよ。私は士官学校を出たばかりの少尉にすぎません。本来はまだ研修期間中なんですが、この大きな戦争のおかげで人手が足りず、卒業と同時に招集ただけの未熟者です」


 彼は続けた。


 「私はあなたたち2名を日本への難民として認めるように申請を出しました。それと、ほかの生存者で日本政府が保護した方々も受け入れられるように申請して、すべて認められました。日本はここからとても遠い国で、長い電車での旅の後、船に乗り換えなくてはなりません。とても厳しい旅になると思います。しかも、日本はあなたたちにとってなじみのない国でしょうから、見知らぬ国に住まなければならない不安が手に取るようにわかります。申し訳ありません、殿下。私のできることはここまでです」


 私は答えた。


 「いいえ、少尉。私は今生きているだけでもうれしい。だから気にしないで。あなたの協力に感謝します」


 私は決めた。


 「これを受け取ってください。私の感謝の証として」


 私は、王家に伝わる秘宝であるネックレスを彼に差し出した。


 彼は驚いて言った。


 「いえ、もらえません殿下。私はそのような価値のある人間ではありません。どうかおやめください」


 彼はそれでも拒否していたけど、私は言った。


 「いえ、少尉。あなたがいなければ、私も妹も助からなかったでしょう。あなたは私の命の恩人です、どうか受け取ってください」


 彼はまごついた様子だった。でもその後、手を伸ばしてネックレスを受け取った。


 「わかりました、殿下。もしあなたと将来会うときは、これをお返しします。あなたが生きてくれた証として。ですから少しだけの間だけ、私がこれを持たせていただきます。お元気で、殿下」


 列車は動き出して、ゆっくりと駅を離れていった。私たちとの距離が離れるにつれ、彼は敬礼をした。私が彼を見たのはそれが最後で、瞳に焼き付いているの光景は、黄金に輝く太陽と彼の敬礼だった。



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 私は、ネオンで照らされた東京の街を歩いていた。いつもはぎらぎらと輝くネオンは苦手だったのだが、この日だけは不思議と不快ではなかった。私の足は、ライサ、敬愛する槍の先生のところに向かうところだった。教育熱心で、私たちがつらい時はいつも、彼女は厳しくも思いやりのある助言で私たちを導いてくれた。


 私の目的は、彼女から何かアドバイスをもらい、滅びた祖国再建のために活動できる忠実な構成員を集めること。私の強さだけでは限界があることはわかっていた。だから、もし旧祖国の人々が団結すれば、私たちはまた立ち上がることができると考えてからの行動だった。


 「ホームランド」はなくなったとはいえ、旧祖国国民とのつながりがなくなったわけではなかった。そうしたつてを頼りに諸方面から彼女を探すと、驚いたことに、彼女は私と同じく日本にいることが分かった。


 すぐにでも彼女に会いたかった。私ははやる気持ちを抑え、歩くペースを上げた。


 ネオンに照らされた明るい場所を進むと、やがて私は、薄暗く、治安の悪い地域にたどり着いた。空気は緊張で満ちあふれ、周囲には脅威が漂っているように感じられた。私は先端に刃が隠された長い棒――杖に偽装して、必要時には自己防衛のため、短い槍に変形できる仕込み杖を持っていた。


 ライサがこんな治安の悪い地域に住んでいると聞いて、少し困惑した。不安はあったけれど、彼女に会いたいという強い願いは恐怖を上回るものだった。ライサは私にとって強さと知恵の砦であり、困難な状況でも私を導いてくれた。私は足早に歩き、周囲の危険を警戒しながら進んだ。


 狭く、薄暗い通りを進むと、時折遠くから叫び声や銃声が聞こえた。視界の端で影がちらつき、私は思わず杖を握り直した。やがて、情報通りの荒れ果てた建物にたどり着くと、私は深呼吸をして、きしむドアを押し開けて中に入った。内部は外観と同じくらいみすぼらしく、塗装は剥がれ、照明がちらついていた。階段を上るたびに心臓の鼓動が高まり、一歩一歩が不吉な音を出して響き渡った。階段を上り終えると、廊下にかすかな光が漏れており、少し開いたドアが見えた。


 私はドアをノックしたけれど、何も返事はなかった。仕方なく空いたドアから中に入ると、そこは広いホールのような場所で、薄暗く、不気味な影が漂う部屋だった。


「誰かいる?」


 私は改めて声をかけたけど、返事はなかった。突然、身の毛もよだつような殺気と危機感が私を襲い、私は反射的に身を伏せた。ちょうど銃声が鳴り響き、私が立っていた場所に弾丸が飛び交った。


 私は少しだけ起き上がると、杖から隠した刃を抜き、身を守る準備をした。身をかがめたまま、どこからの攻撃であるかをくまなく探した。薄暗くて見えにくかったけど、それでも遠くの隅で動きがあるのに気がついた。


 また銃声が響いた。なぜだかはわからなかったけど、無意識に私は体をひねらせた結果、かろうじて弾丸をよけることができた。ふと昔訓練で学んだことを思い出した。私は影をうまく利用しながら移動することで、敵に気づかれずに銃撃の先に近づくことができた。


 暗闇の先には人影があり、その手に銃器の輝きがあった。私はためらうことなく素早く前に出ると、槍を使って武器を叩き落とした。敵はうめき声をあげながら銃を床に落とし、私はすかさず追撃して敵を組み伏した。


「誰があなたを送ったの?」


 私はまだ興奮が冷めていない声で、敵に問いただした。攻撃者は嘲笑するようににやりと笑った。


「王女様、あなたは状況を切り抜けたと思っていらっしゃるようですが、残念ながらあなたの敵はどこにでもいらっしゃいますよ」


 私がさらに尋問しようと思っていると、鋭い痛みが銃声とともに左腕を貫いた。本能のなせる業だったのだろうか、幸運なことに、なぜかまた私は体をひねっており、致命傷は避けることができた。ただそうはいっても、この傷は私の攻撃を遅くするには十分だった。


 立ち上がろうと思ったとき、瞬間的に新たな攻撃を察知した――今度は鋭利な武器だった。かろうじて身は守られたものの、新たな敵は容赦なく素早い連撃を仕掛けてきた。私はそれを槍で受け流すことはできたけれど、攻撃の激しさに後ずさりせざるを得なかった。攻撃の一つ一つは驚くほど正確で、防御にミスは全く許されなかった。一つの間違った動きは確実に死へとつながるのを直感的に理解していた。


 気づいた。この動きの正確さ、力強さ、慣れ親しんだ感じ。この動きは間違いなく私の愛する先生、ライサの流儀だった。

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