第3話
「お前はもう行っていいぞ」
何日か留置場で過ごした後、あの時の嫌味な将校である前橋大尉は、私を見下しながら言った。
「確かにお前は名目的にはあの犯罪組織のリーダーではあったが」
軽蔑のこもった声で彼は続けた。
「実際のところ、お前は何も知らない、ただの頭の悪い駒に過ぎなかった。おそらく、純法律的にはお前は脅迫か詐欺で起訴されるべきなんだろうが、情状酌量すれば不起訴になる可能性が濃厚だろうな。大体起訴されたところで、無罪か悪くても執行猶予だろうし、まあ要するに、お前を起訴しようとするのは時間と税金の無駄ってことだ。というわけでさっさと行っていいぞ、おバカなお姫様」
私はすぐ釈放されて、当てもなく街をさまよった。今の私は、家もお金も、帰る祖国もなかった。
今更になって、組織の裏切りが私を押しつぶすように感じられてきた。私がやってきたこと、信じていたもの、そのすべてが嘘だった。私の祖国を建て直す夢は、落としたガラスのコップのように粉々に砕けた。
新宿のネオンはもともと好きではなかったけど、今はより一層苛烈に感じられ、私を嘲っているようにも見えた。街を歩くにつれてそうした光はやがてぼんやりとした視界一面に広がって、まるでそれ以外のものは存在しないかのようだった。
「殿下」
突然後ろから声が聞こえた。私は振り向くと、見知った顔があった――私たちが罠にはめた一条光(ひかる)中尉の顔だった。
「驚かせて申し訳ありません」
彼は礼儀正しくお辞儀をした。
私は改めて彼を見ると、彼はやはり驚くべきほどきれいな顔で、背が高く、全体のシルエットも美しかった。
私は正直この国の陸軍が好きではない。横柄でうるさいし、そして何より、あの野暮ったい軍服がそういう不信感を増長させるものだった。でも彼のいでたちはそうした印象は全くなく、軍服の着こなしは彼によく似合っていた。
「今殿下は家がないのではないかと推測いたします。もしご面倒でなければ、私の屋敷に空きがございますので、そこに滞在するのはいかがでしょうか」
と彼は提案した。
彼の提案は全く持って誠実で、特に悪意はどこにも感じられなかった。ただ、そもそも私たちが彼をはめた場所は、彼が娼婦と遊ぼうとしている現場だったし、私は仲間と思っていた人たちに完全に裏切られた後だったから、特に慎重になっていた。
「ありがとう、中尉。でもね、あなたあの晩していたこと自分でわかっているでしょう。だから私を夜に襲ったりする意図があるんじゃないの?」
「あ、そうですね、あれは完全に私の落ち度です」
彼は焦りながら答えた。
「でも殿下、あなたの身の安全に関しては全く問題ありません。私は結婚しておりますので、私の妻の部屋、またはその近くの部屋でお過ごしいただけますから」
この暴露に私は驚いて言葉が出なかった。
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「私たちの関係は普通じゃないでしょう?」
の妻である槇子(まきこ)は言った。彼女の言葉は時に直接的で辛辣すぎるところもあったけれど、それでも彼女の外見や立ち振る舞いのすべてに高貴さが溢れており、大貴族である一条の妻としてとても釣り合いが取れていた。
「私たちは、まだ学生の時に出会って、その時に結婚したのよ。光も私も、この出会いは運命だと当時感じたし、今もそう思っているのよ」
「でも、槇子さん」
私は控えめに言った。
「彼は娼婦を毎晩買っていると思うのですが」
私がそう言うと、
「知っているわよ」
と彼女は涼しげな顔で言った。
「でも私には全く気にならないわ。誰でも欠点はあって、光もその例外でないというだけ。もちろん、性病なんかにかかったら彼自身は大変だけど、私には関係がない。私と光は、性交渉を一切しない条件で結婚したから」
私は彼女を驚きの目で見た。少なくとも私には、夫婦のそうした関係は聞いたことがなかったから。
「第一、私は幼少のころからそういう行為に嫌悪感があったの。そして私は作家として大成したいから、子供だとか家庭だとかは重荷になるのよ。だから光のプロポーズの時はその条件を出した。彼は受け入れた。でも概して、殿方というのは性欲が私たちよりも強いというのは私は知っています。だから条件を受け入れてくれた代わりに、私は彼がどこで性交渉をしようが気にしないことにしているの。私たちの愛は世間一般の慣習を超えたもの。お互いに対する尊敬と理解の上で成り立っているものなの」
まだ彼らの関係をしっかりと理解できたわけではなかったが、私は頷いた。彼らの高貴な生まれがそうしているのだろうか?いや、きっと違う。同じように社会的に高い地位に生まれた私でさえも、こうした関係はなじみがないものだったから。
「この家があなたにとって落ち着ける場所であるとうれしいんだけど。それと、他にもあなたが受け入れられる場所があると信じていますよ」
槇子は、優しくもしっかりとした口調で付け加えた。
「特に、予想外の出会いというものはお互いの人生に彩を加えるの。これからここを拠点にしていろいろなところを回るといいわ。そして、私たちのこの出会いも予想外。少なくとも、私はあなたを歓迎しますよ、殿下」
私は、目の前にいる女性に対して、新たな尊敬の念を抱くのと同時に、とても感謝した。彼女の強さと聡明さは疑いのないもので、みじめな状況に置かれていた私を勇気づけるものだった。
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