ひ■■■

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 生臭ものって言葉、ありますよね。オカルト研究会の会員としてあの言葉を説明するとですね、「不浄に近付く行為」はよろしくない、ということなんですよ。


 先にオカルト抜きの話をしますと、生臭いにおい……腐敗臭のある方向に近付くと、野生の肉食獣に出くわすリスクがあります。死骸を食べにくる獣は意外に多いので、体臭もそう、近くにクマや狼がいる危険性は否定できません。そういう意味で、「生臭いにおいに接近しない」ことは、事実に基づいた知恵と言えるでしょうね。

 あと、傷んだ肉を食べるのはものすごく危険だってこと、これもありますかね。野生の獣にはだいたい寄生虫がいますし、腐敗しちゃうと焼いても抜けない毒ができたりもするんですよ。腐ったもの焼いても酸っぱいままだし、お腹壊すでしょ? あれを避けようとしているんじゃないかと。


 で、なんですが……じゃあ、オカルト的にはどういった意味合いなのか、ですよね。これがですね、どうやら肉類は「構成要素」、あるいは邪なものの供物、みたいなんですよ。ヒトって生き物が怖がるのが、より強い肉食獣……頂点に位置する捕食者だというのもそうですが、そういう科学的な発想じゃない。カタシロって言葉を聞いたことはありますか? 形に代って書くやつ。そう、呪術で使われる、本物とみなす代替品のことです。

 木を削って作るもの、紙を切って作るもの、藁を束ねて作るもの……どうしてこう回りくどいことをするのか、という話なんですね。ま、考えてみれば当然の話で、儀式のために大量の肉を用意できるかといえば、間違いなくノーですから。殺生が禁じられているというのもそうですが、……どうもね、「つながりやすさ」が段違いらしいんですね。

 人を呪い殺すために人の死骸を使う、という冒涜もそうなんですが、いわゆる生臭ものはとても……どう言うべきですかね、“感度がいい”かな? いや、“通電性が高い”あたりかなあ。術者が制御しやすいように、わざと手順を増やして、より力のあるものに横からかっさらわれないようにしているようなんです。生臭ものではない、感度が悪いものを使える才能がある人、そういう人が術者になれると。僕が取材した限りだと、そういう結論が出ました。


 失礼、ここからが本題です。前置きが長すぎたかな。僕の友人が高校生のときに経験したことだそうです。あまり怖くはないんですが。


 信心深い高校生もなかなかいないもので、お墓の草刈りなんかに行くことになると、ずいぶん不満たらたらだったようです。お盆近くともなると暑いし、草が生えていたり森が近かったりで、蚊も来ますからね。祖父母がお小遣いをくれるだとかは関係なく、田舎の家で一人になるのがなんとなく不気味だから、という理由だったみたいですね。

 草を抜くのが面倒で、塩を撒いたらいいなんて言ったそうなんですが、山が枯れたら困るだろうと。錆びた鎌も借りて、ケガしないように注意を受けてからやったそうなんですが……まあ、下手くそだし慣れていないし適当だし、指に引っかけて派手に血が出たようで。


 その血が、横方向にね。落ちていったそうなんですよ。


「あかん、“ひづけ”や! 押さえぇ、押さえなあかん!」と……骨か何か見えそうなくらいザックリ切ったのに、傷を心配している様子じゃない、というふうに思えたそうです。それで、落ちていった血がどこへ行ったか、鋭い痛みに耐えながらも辺りを見回しました。すぐに見つかった――「見つけんかったらよかった」と。彼は言ってましたが。

 お墓に隣接した林の中に、妙につるっとした樹が生えていて、血はその表面をするする滑っていたそうです。見ているうちに形が変わっていって、太いところと細いところができあがっていった、と。思ったところで「ばかもん、見たらあかん!」と頬をはたかれたそうです。「傷をちゃんと見ながら押さえとけ、ほかは気にすんな」と、それ以外を禁止するように厳命されたということでした。

 刃には錆びがついていなかったのと、草の汁と土が少々ついた程度だったので、消毒と傷テープでぎりぎり何とかなったそうで。ケガはそんなもんですし、ちょっと運動してたから出血が激しかっただけだということで、理詰めで言えば問題は何もありませんでした。傷は残ってましたが、もともと色白ですし、気になるほどじゃないですね。人差し指の第二関節近く、別に不審点もありませんし、注目するような場所でもありませんから。


 ああ……はい。せっかくの怪談会なのに、どうして長々と現実的な説明をするのか、って話ですね。理由はかんたんで、彼は知ることを許されなかったからです。そもそもの話、何をしたら何が起こるかの説明もろくになかったわけで、アフターケアもなんにもありませんしね。

 事実として、祖父は熱中症で亡くなり、祖母は老人ホームに入ってから認知症になって、何か聞ける状態じゃなくなりました。家はさっさと潰して土地も処分してしまって、お墓は彼の両親がいる土地で新しく作ることにした。まあ、かなり不自然なんですよね。あちらのお墓は親戚が見るから、二度と来るなと言われたと。

 オカルト的なお話をすると、どうしても嘘くさくなりがちなんですが……言っちゃいましょうか。あのあたり、生き血がすぐさま“持っていかれる”くらい、力のある危ない何かがいるようなんですよ。もとから限界集落だったところの、今は放棄されちゃった墓地なんでね。まあその……具体的な土地の名前を言わなかった理由、分かってもらえました? 聞かない方がいいと思いますよ。


 地図アプリに名前打ち込むだけで、臭ってくるくらいですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひ■■■ 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ