第5話 ここは天国

 店に入ると、先に入った二人が突っ立ったままだったりする。


「はぁ〜、涼しい」

「本当に生き返るわぁ〜」


 店のエアコンから吹き下ろされる冷風を受けていた。。二人とも外の熱気で熱った体には心地良い冷気を感じ恍惚とした顔をしている。


「美華姉、あんなに熱くて地獄みたいな所に置いてけぼりにするなんて惨すぎませんか?」


 そこへ、暖簾を潜り美鳥が店に入ってくる。その顔はプンスカと抗議をしているのだけれど、よおく効いた冷房に、


「ヒヤァーって冷えてますぅ。気持ちイィ」


 途端に怒りが冷まされて、天国にでもいるかの気分を味わされている。


「確かに、これなら汗もすぐ引いてくれそうだ。さあ、早く座りましょ。皆さん」


 一孝も店内に入って涼しさを享受すると、ウットリとして立ったまま動かない3人を案内をする。


 店内は四人掛けのテーブル席が四つ置かれ、壁際と奥の厨房との仕切りにカウンターデーブル席が備え付けされている。店内からは厨房を望むことができて、店主が、かき氷器のハンドルを回す昭和レトロのものを使って氷を削っていた。


シャッ、シャッ、シャッ、シャッ


 一孝達、四人はちょうど厨房に近いところに空いたテーブルに陣取り、氷が削れる音を聞くことができた。


「この音! この音! 夏に聞く氷の削れる音はいいなあ。早くあのシャリシャリした氷を口に入れたくなりますね」


 一孝が頬を緩ませて聞いている。他の3人も笑みが溢れていた。


「そうですね。何にしようかな? さて、メニュー、メニューはと?」


 美鳥も、口の中に溶ける氷の冷たさを思い浮かべながらメニュー表を見ていく。

 写真もお品書きの横に添えられていてわかりやすい。定番のいちご、メロン、レモン、ブルーハワイ。抹茶にほうじ茶、紅茶のお茶系に、マンゴーや白桃に蜜柑の果物系。きな粉黒蜜、ティラミスなど変わり種も書かれている。

 美鳥は、メニューに書かれていることを流し見て読んでいたのだけれど、ハタと気づいたように肩にかけた大きめのポシェットを取り上げると中を開き探っていく。

 そして探しているものが見つかると、そこから一枚抜き、二枚抜き、少し躊躇しながらも3枚目を抜いた。


「ねえ、美桜姉さん。汗取りシートを使って」

「ありがとう。助かるわ」


 美鳥はメニューを見いる時に自分の額から汗が一滴、そして又、一滴と流れ落ちたのに気付いたのだ。もう一枚を躊躇いながらも、


「美華姉も使ってね」

「そうか、気がきくねえ。恩にきるよ」


 美華にも渡していく。美華も笑顔で答えた。一孝にも渡そうとして、


「一孝さんも使ってください」

「俺には、お構いなく。ハンドタオル持ってきてるよ。女性は大変だね。汗とかでメイクの手直しなんかもあるんだろ」

「そうなんです。大変なんですよ」

と言っているものの、自分を心配してくれる事に口元は綻んでいたりする。


 そんな美鳥を見て、一孝も、ほっと胸を撫で下ろした。

 姉の美華に弄られて蟠りすることもあるのだけれど、何事もないように振る舞う美鳥の優しさに。強くなったと感心して。見ると前に座る美桜が目を細めて美鳥を見ている。一孝と同じ思いなんだろう。



 美鳥は、自分の額から鼻のライン、頬や顎の線にシートを押し当てながら汗を吸わせている。メニューを見るのを再開した。そんな中、目に止まったものがあった。


「ねえ、美華姉。聞いていい? 雪花氷って何かわかる?」


 美鳥はメニュー表をテーブルの上に置くと美華の前に滑らせていく。


「どれどれ?」


 美華は美鳥から渡されたメニュー表を引き寄せて見ていった。


「ブルーハワイって書いてある下。写真があるの。オレンジ色のと、白と赤いのが混じっているものよ」


 美鳥は手を伸ばしてメニュー表の写真を指差した。


「あぁ、これねえ。シェーホァビンだよ。台湾かき氷だね。へぇー、これもあるんだ」

「シェーホ………ピン?」


 発音しずらいのか美鳥は言い淀んでしまう。


「シェーホァピン」


 いつもなら言いづらいそうにする美鳥を揶揄するのだけれど、今日は違う。すまし顔で言い直してあげて美華は説明を続けていく。


「ブロックアイスに果汁とかミルクを織り混ぜて凍らせたのを削っていくんだよ。ニュータイプの台湾スイーツだ」


「凄い。美華姉、良く知ってるね」 


 美鳥は目を丸くして驚いてる。


「でしょ。ミニコミ誌に特集されていてね、この前、都心に和也と遊びに行った時に食べてきたんだ。舌が溶けるかってくらい美味しかったよ」


 

 美鳥は俄然興味を示して、メニューをとると写真を見つめていく。


「じゃあ、それにしてみる。美華姉の話を聞いたら食べたくなっちゃった。何食べたの? 教えてよ」


 と美華の話に飛びついた。


「えっとね。ミルクと丸ごとの苺を凍らせたものを削ったものだね。それに練乳がかかってて、口にすると舌の上でトローって溶けてくれるの。その甘さが口いっぱいに広がって…」


 美華は、得意げに言い表すと、美鳥はゴクンと喉鼓をうってしまう。


「美味ったらありゃしない」

「美華姉、私はこのミルクイチゴのにします。聞いてるだけて涎が止まらないよぅ」

「ははっ、とにかくお勧めだよ」

「うん。ところで美華姉は、何を頼むの? 教えてぇ」


 すると、美華は、良くぞ聞いてくれましたと得意げな顔をする。


「ここは、' ピンス ' もやっているんだ」

「ピンス?」


 聞き慣れない言葉に美鳥は首を捻る。


「聞いたことないか。なら教えてあげるね」


 美華は人差し指を立ててわけ知り顔になって美鳥に説明する。


「 ' ピンス 'っていうのはね。 韓国のスィーツ、韓国かき氷のことなんだ」

「えっ、どんなの? 美華姉教えて」


 と興味津々になって、美華に向かって身を乗り出してしまう。


「教えて、教えて。物凄く興味あるの。教えてぇ」


 と駄々を捏ねるように美華の手を取るとグイグイ引っ張ってしまう。


「ちょっと待って美鳥! 落ち着きなさい。私の負け! 教えるから、教えてあげるから」


 堪らず、美香が悲鳴をあげた。


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