第3話 キャットファイト

 照りつける日差しの下、''甘味タカハシ''の前で三人は順番待ちをしている。


「しかし、暑いですね。ここに来て正解。早く、かき氷が食べたいですね。一孝さん」


 美鳥がワンピースの中の熱気を逃すつもりか襟ぐりを叩く。

 しかし隙間からインナーが見えてしまうことに気づいた一孝は辺りを気にして注意を配り出す。


「どうしたのですか? 一孝さん」

「いや、あの、なあ」

「あのねぇ美鳥。暑いのはわかるけど、あなた、なに、襟元開いて、周りに下着を晒しているのよ」


 そんな自分がアラレもない事をしている事に気づかない美鳥に美華は釘を指す。


「えっ!」


 美鳥は慌てて襟元を閉めた。そして頬を染め、顔を赤くした一孝を仰ぎ見る。


「見えましたか?」

「ああ」

「ごめんなさい。ワンピースに熱気が溜まちゃって、追い出すつもりだったんです」

「バカねえ。彼氏持ちの女が街中で下着ちらつかせるんじゃないよ。端ない!」

 

 美華は美鳥の話に割り込んで、クドクドと言い聞かせた。


「目のやりどころに困ってるじゃないの。なあ一孝?」


 彼は美鳥と目を合わせないように顔を手で覆っている。


「見なさい。彼が困ってる。あなた、いつから色気を撒き散らす尻軽女になったのよ」

「美華姉さんそれは言い過ぎです。どこが尻軽ですか! 私は一孝さんに一途なのに」


2人の間が剣呑な雰囲気に変わっていく。


「心に決めた男性がいる女は身持ちが固くなるものよ。見なさい」


と言って美華は指先を自分の襟元を指して、


「しっかり上までボタンを閉めて、中が見えないようにしているわ。誰が和也以外に見せるものですか」


得意満面で美鳥に自慢をする。


「でも、この熱気は、とても暑くて耐えらるものではないもの」


ついさっきまでの勢いも萎れて美鳥の言葉が尻窄みになっていく。


「それぐらい気合いで何とがする! こんな、下着を見せびらかす卑猥な女だったなんて。一孝が可哀想だ。なあ!」


 と言われて返事できるものではない。一孝は絶句したまま、どう言ったものか言いあぐねていた。どう言い繕っても角が立つのだ。


「ふえぇーん。おねえちゃんがいじめる。私を不潔な女だっていうのお」


 泣く素振りをして美鳥は一孝の胸に抱きついていた。


「けっ、嘘泣きが見え見えだってわかるよ。イヤらしい女だね」


 美華は美鳥に止めを指す言葉を吐きかけた。


「一孝さん。違います 違いますからね。私は淫乱な女じゃないですからね。嘘じゃないです。一孝さんだけを思い、あなただけに操を立てていますからね」


 追い詰められて逃げ場をなくした美鳥は怯えて一孝に抱きついて懇願している。


「大丈夫だよ。俺は美鳥を信じているよ。しおらしくて純朴で、可愛い俺の彼女じゃないか」


 胸に顔を埋める美鳥の頭を撫でて一孝は美鳥を宥めていく。


「ヒック、ヒック……… 、えへ、慰められちゃった。ありがとう一孝さん」


 涙で濡れた瞼を手で拭い、美鳥の機嫌が元通りになっていく。


「あなたなら私の事を信じてくれるって思ってました。こんな嬉しいことはないですよ。一孝さん、大好き!」


 美鳥は一孝の腕を振り解き、顔を上げてニッコリと微笑む。

一孝は、テンプルにフックを放たれるように頭が激しく振れて、惚けた顔を見せてしまった。すぐさま、我に帰ったけれど、


「くっ、間近で美鳥のスマイルパンチをもらったよ。炎でも纏ってるみたいだ。効いたぁ」

「だっ、大丈夫ですか? 私って、何かしちゃったのですか?」


 振らつかせている頭を手で止めている一孝のところへ、美鳥が上目遣いで彼の顔色を伺う。

 彼女の金色に見まごうヘイゼルの瞳が一孝の瞳を通して彼の脳髄を更に揺さぶっていく。一孝の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。

 そんな2人のいちゃつきに美華はあっけに取られる。周りが見えていないのだ。思わず茶々を入れる。

「美鳥、あなた、誰に媚びを売っているの。キャバ嬢じゃあるまいし」


 それを聞いた美鳥の肩が震えた。そしてゆっくりと首を回して美華を睨みつける。軋み音でも聞こえそうだ。


「美華姉、如何にもって顔をして健全ぶってるつもりでも、そのノースリーブのブラウス、肩が丸出しでしょう。バックレスで背中まで曝け出して。それじゃあ!ファッションヘルスのコンパニオンに見えますよ」


 周りを顧みず睨み合う2人の間に火花が散った。そんな雰囲気に飲み込まれそうになった一孝が、


「美鳥、それに美華姉。落ち着いて」


 2人を取りなそうとするのだけれど、


『すっこんでろ』

「引っ込んでください」


 2人の剣幕に恐れをなし、すごすごと退散してしまった。 なす術もなくオロオロしていると、


「人様の通る往来で何やってるの! いい加減にしなさい。」


2人を叱る言葉が辺りに響く。


「美華に、美鳥まで、毛を逆立てて野良猫の喧嘩じゃあるまいし、言い争いなんてしてるんじゃありません」


 そこには2人を怒鳴りつける女性が腕を組んで仁王立ちしている。美鳥と美華ふたりと同じ亜麻色の髪をショートボブにカットして、美華と同じ色の瞳を持ち2人の顔立ちとそっくりで背格好も同じとする女性。彼女は前髪の下、柳眉を立てて、立ち塞がる。


「美桜さん」

 

 一孝は助け舟が来たと胸を撫で下ろした。

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