第8話 看病と五月と 前半

 ……知らない天井だ。


 あれ? 確か、カレンダーのフィギュアを植えたら生えてきたゲッカビジンが咲き乱れている雪まつりで彼女と初デートして。


 自称五月親衛隊。もといストーカーの襲撃を返り討ちにして。そのあとカップルクラッシャーを退けたあとに偏頭痛で。


 今日のために下見で極寒に晒されながら歩いたのが響いたのか。大学やバイト疲れなのか。それとも五月のストーカーと戦ったからなのか。持病の偏頭痛が出て倒れてしまったようだ。俺としたことが……


 ていうかここはどこだ? どうして女子部屋らしき部屋で寝かされてるんだ? あっ、空気からいい匂いがする。


 なるほどなるほど理解した。ここ、天竺だ。死んだわ俺。


「……てことはそうか。ここは桃源郷か」


「なにをバカなこと言ってるんですか」


 ガチャリとドアが開く音と共に、ついさっきまで一緒にいた人の声がした。頭を上げるとそこには、寸分変わらず可愛い五月が心配そうな表情で俺のことを見ていた。


「大丈夫ですよね? さっき頭から倒れたんですよ? 記憶飛んでないですか? 3+3は?」


「サザンオールスターズ」


「はい、大丈夫そうですね」


 彼女はタオルと桶を置き、タオルを俺の額に当てながら語り出した。


「私の王子様候補が私より先に倒れるとは如何にとは思いましたが、この傷だらけですからね。それにあなた、偏頭痛持ちなのでしょう?」


「えっ、何故君がそれを……」


 はぁっ、とため息をついた後、『あなたが倒れた時、焦ったのですよ?』と一言。彼女は呆れた感情半分安心した感情を横に割ったような表情だった。分かりやすく言うとガッパーナと半袖をMIXしてから半分にした感じ。


「あなたのサークル仲間と名乗る侍語な女性の不審者が話しかけてきまして」


 侍語の女性不審者……とんでもない言われようだが鈴木か?



         ◇



『どうしましょうどうしましょう!? なんでいきなり倒れて……そうだ、電話! でも何処に掛ければ! 病院、救急車、コウノトリ先生!? コナンくん、いや警察~!?』


『FF外から失礼。お主ら、カップルでござるな? 拙者、この男の秘密を」


『違いますね』スンッ


『チッ、つまんないでござる』



         ◇



「その後、『倒れた原因は偏頭痛だから適当な床で休ませとけば勝手に治る。元カノの独り言でござる』と言って去っていきました」


 そうかぁ。鈴木にあとで感謝しておこう。


「でも、どうやって俺をここまで運んだんだ? こう見えて俺は体重結構あるけど」


「知り合いの経営者の方があなたを運んでくださって、親切な政治家の方の黒塗り高級車で私達は帰ることができました」


 ??????


 経営者、政治家? ああ、ダメだ。偏頭痛なのか何を言ってるか分からん。深くは考えないようにしよう。


 ていうかこの雰囲気的に俺は今、五十嵐五月の部屋に居るということかぁ。女の子の部屋かぁ。


「あれっ、付き合ってもない異性の部屋に入ってるの俺? どういう感情で居ればいいんだこれ」


「ん? 両親やお兄様と芽衣は今居ないので堂々としてればいいと思いますよ?」


「失礼、心の声が漏れ出てた。今のは聞かなかったことにしてくれ」


 そうだ。こんな想定外な時の対処法を恋愛導き師が言ってたな。確か……ダメだ偏頭痛で頭が回らん。思い出せない。詰みか。


 勉強不足が分かっただけいい。また後で金積んで教えを乞おう。


「それより、あの不審者の元カノ発言に引っかかっているのですが」


「んっ? ああ、綺麗な顔だよな。あんな性格なのが勿体無いぐらい」


「はぐらかさないでください。あの人とは付き合ってたのですか? それともただの不審者の戯言ですか?」


 彼女の目が泳いでいる。何か動揺しているのだろうか。それに若干怒っている?


 うんごめん。偏頭痛で今はそこまで空気読むことできないや。何に怒ってるのか分からない。


 ならやれることは一つ。洗いざらい全部喋ってしまおう。別に隠してたわけでもないしな。


「そうだなぁ。うん、付き合っていた。すぐに別れたけど。それとここだけの話、アイツはカップルクラッシャーと呼ばれているんだ」


「カップルクラッシャー……」


「そう、別れた理由も『このまま付き合ってたらカップルクラッシャーの名に恥じる』だからなぁ。アイツにとってリア充は、自分自身がなるのもダメなんだろうなって」


「めんどくさいですね」


「だろ。でも個人的には面白い女性だったんで今も友人関係を続けている。あんなにカップルクラッシャーに固執してる奴なんてそうそう居ないだろ? 関係が無くなるのは勿体無い」


 彼女は目を伏せながら震えた声で慎重に、言葉を紡ぎ出す様にして口を開いた。


「もしあなたと付き合うとして、あなたは他の人に行かないと約束できますか?」


 身体が電動歯ブラシぐらい震えている彼女。その状態で俺の手に触れてきたので、俺にも電動歯ブラシが伝染した。


 そんなに震えなくても大丈夫。俺はそんな不誠実な男ではない。


「バババババッデ、バナジデ(離して)!?」


 それはそれとしてこの状態で会話は出来ないので離してもらってから、腹の底から出す力強い声で話した。


「俺は沢山の人と付き合ってきた。ノリで付き合ったりもしたけど、どれも結婚前提で真剣に恋愛した。少なくとも俺は言い切れる」


「なるほど。あなたは女たらしみたいな人なのでそこのところはどうなのかと思いましたが、ひとまず信じます」


「女たらし? 俺は別にそんなんじゃあないよ。恋愛導き師に指南されるまでは非モテだったし」


「恋愛導き師? ネズミ講を始めとした数々の詐欺をしていると高校生の間で噂になってるあの人ですか?」


「えっ?」


「え?」


 恋愛導き師がネズミ講……? ああ、偏頭痛で頭が回らない。理解ができない。ひとまず現実逃避寝しよ。



◇後半へ続く。

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