第9話 [序盤完]看病と五月と 後半
偏頭痛で寝込んでいると彼女が鍋を持ってきていた。
「大したものしかありませんが、残りの食材でおじや作ってきました」
確かに食材は卵とネギと至ってシンプルだ。体調崩してる時に食べるには最善でもある。
「喋るネギをみじん切りにしたものです」
「なるほど、どういうこと?」
通りでさっきから断末魔が聞こえてきていたのか。ついさっきまで生命だったものが煮込まれている。なんだろう、急におじやが業が深い食べ物に見えてきた。
今更だけど、なんで食材喋るん?
何故かわからないけどこの世界の食材は、何百匹に一個の確率で日本語を話してくる。他の人は特に気にする様子はないけど、俺は感受性高いが故に罪悪感も凄く抱くので正直やめてほしい。
タチが悪いのが食わなかったら食わなかったで普通に腐るとこ。
正直な所、偏頭痛と罪悪感で食欲も沸かない状態だが。せっかく彼女が作ってくれたのだ。絶対完食しよう。
そう決意し、レンゲでおじやを掬い一口ゴックン。
あっ、あかん。今までの酷使で疲れた身体に染み渡る味がする~。これを食べたら俺の腸内環境が幸せになってしまう!
◇
寝込んで看病されて改めて実感した。
なんで外見がいいのに内面もいい子なんだろう。ファンタジーか?
もっとも、ヒス起こして暴力振るってくる奴とか、浮気を繰り返す奴に、ぶりっ子系な奴と付き合ってきた男なので、少しばかり基準がおかしくなってるとは思うが。
でもそれでも、色んな女の子を見てきたから分かる。この様な性格のいい娘はそうそう居ない。唯一無二とも言っていい。内面も素敵なやつは。
少なくとも前の彼女で俺が同じように倒れたら間違いなく助けなくて放置するだろう。なんなら金とか盗むかもしれない。
「いや確実に盗むな。アイツは、ワキガ治療費で貯めてたやつ盗まれたし」
「ん? 盗まれた?」
「ああ、ただの独り言だよ。気にしないでくれ」
過去は過去。今は今。今は彼女を見よう。
しかし気掛かりはある。もしかしたら既に彼氏とか居たりするのかもしれない。なんか異様に手慣れてるし。五月親衛隊とかいうストーカーまで居るぐらいだし。
彼氏が居るのであれば潔く諦めよう。彼女の幸せが一番だ。掠奪は良くない。
思い返せば彼女といた時間は精神的にも落ち着くような、一緒にいて楽しかった。でも、失恋は何回しても悔しいなぁ。
クヨクヨはしない。これからも可愛い彼女を見つけるため、俺は前に進む。生涯を共に生きる人を探すんだ。
「ふぅ、少しだけ楽になった。ありがとう」
「いえいえ、当たり前のことをしたまでですから」
「はぁ、きっと君の彼氏にもこの様に接してるんだろうなぁ。羨ましい」
「彼氏? 居ませんよそんな人。なんなら付き合ったことすらありません」
……あれ。てっきり引く手数多かと思ったのだが。ていうか付き合ったことすらない? このビジュアルで? アイドルにだって負けないぐらいの可愛さで?
なんかきな臭くなってきたぞ?
「私が好きなのかなと思った頃には何故か音信不通になるんです。おじ様方やお兄様方には優しく接されるのに、なんででしょう?」
あかんって。絶対五月親衛隊の仕業じゃあないか。つまり五月に触れた異性はもれなく全て消されているってことだろ。
これはこれは、とんでもない事態になってきたな。俺死ぬやん。殺されるやん。
どうする? 諦めるか? いや、この子を手放すのは惜しい。でもそうしたら俺は命を狙われる立場になる。
迷ったら信じた道を行く。迷ったら信じた道を行く。俺の本音に従え。俺はどうしたい。
そうだ、もう迷わない。俺は五月と一緒になるんだ! そして結婚、幸せな時間を過ごす!
「あの、さっきからまた難しい顔してますけど、まだ痛むんですか?」
心配そうな表情でこっちを向く五月。痛みなんて気にしてられない。心配の表情は彼女に似合わない。
「違う違う。改めて君が言う王子様になろうと決心していただけだ」
……うん。発言だけ切り取ると完全にイタイ奴じゃん。これ引かれたかもと思いながらビクビクしつつ顔を上げると。
耳まで赤くして顔を隠しながらモジモジしている彼女の姿が見えた。
終わったかと思ったのだが……彼女にはクリティカルヒットだったらしい。
五月は顔を赤くしてこんなことを言った。
「こう見えて結構めんどくさい性格なんです。捻くれ者なのでこの言葉だけでも……」
俺の知る限りぶっちぎりで聖人だと思うが、野暮なのでツッコミしなかった。
「ハハッ、意外な一面が知れてよかったよ。楽しい性格だな!」
思えば、今まで俺は外見に圧倒されて内面をあまり見れていなかった。反省だ。
これからも五月を彼女にするため、頑張るぞ。今回の件で距離も縮まった気がするし。
(胸が暖かい。顔が熱い。これは……まだ分かりません。ですが、どうやらあなたは王子様候補らしいです。王子様候補の意味は私の彼氏候補という意味。こっからは私も仕掛けていきましょう)
◇
「今日は色々とありがとうな」
「何度も言わないでください。ありがとうの安売りはダメですよ?」
「ごめんごめん。口癖なんだよありがとうが」
「次は近々公開されるという映画館に一緒に行きましょう」
……ふぁっ? 彼女からデート誘ってきた……だと!?
日程はおいおい決めるとして、これは本当に脈アリってことで決めつけていいのだろうか。女性の心を読むことはあんまり得意では無いからなんとも言えないが。
ただ、嫌われない努力はしてきたつもりだ。汗だって香水使って……汗臭くなってる。香水使って無臭化してた俺のワキガが匂う。どうしてだ?
ああ、突然の強い偏頭痛で冷や汗を沢山出していた。
うん。終わったわ。ワキガの手術しても治らなかったコンプレックスを必死に隠してたのに……
◇このあと抑汗スプレーを買いに行く予定を決めた小坂一樹。
それは脇に置いておくとして、忘れかけてはいたがあの集団の不安要素を取り除く必要がある。だから、五月と一緒に……
「そうだ。俺たち、最後に寄らなければいけない場所がある」
「そうなんですね」
俺は五月の手を取って、彼女が痛くならない程度に握った。五月は一瞬ビクッとなったあと、顔を赤くしている。
「あ、あの……いきなりですね。そんな大胆に、まだ付き合ってすら無いのに、心の準備が……」
「交番に行こう」
俺は彼女を諭すようにそう言った。そう、五月のストーカー被害の件を相談しに。
「……えっ?」
◇このあと二人はストーカー被害の相談をした。交番で警察の人と話してる間、彼女は宇宙猫の様な顔をしていた。
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