第3話 救世主現る(前半) 視点:ネゴみん
私の名前は根後キリカ。職業は探索者をしながら「ネゴみん」としてダンジョン配信者の活動をしている。
そんな私が今日新宿ダンジョンを訪れたのも、そこで深層逃れと遭遇したのも、本当に偶然だったとしか言いようがない。
「という訳でようやく27階層までやってきました! いやー疲れたねー、ここまで来るのホント大変だった。新宿ダンジョンの27階層はちょっとお高い魔石が採掘できるポイントがあるということで、早速そこを目指しましょー!」
確か最初の目的は新宿ダンジョンの27階層にある魔石スポットでの撮影とか、そんな感じのものだった。なにやら周囲の魔力に反応して壁がキラキラと光り、その光景がとても綺麗なのだとか。
視聴者は私たちに特別を求める。それは、誰が見てもわかりやすく、かつ、いつか手に届きそうな非日常であればなお良い。卓越した戦闘技術や動画映えするスキルを持っていない私がこういった魔石の採掘や映えるスポット巡りに力を入れているのは、そういった考えあってのことだ。
「ジメジメしてた26階層と違って周囲は開けた洞窟内って感じで、すごいダンジョンっぽいね」
:たしかに
:そりゃそうだろダンジョンなんだから
:うわなっつ。久々に見たなここ
:27階層ってこんな感じなんだ
:気を付けて
:チルいですわね
流れるコメントを目で追いながら道なりに進む。近くには私以外の探索者はいないのか、かつんかつんと地面を鳴らす軽快な足音が洞窟いっぱいに響いている。
探索者としてはB級止まりだった私も、配信者としてはかなり成功してる方だ。
この間ようやくチャンネル登録者が大台の100万人を突破し、日々の配信や動画の広告収入だけで生活が賄えている。配信業様様だ。
「今回行くとこってどんなとこ? そのコメント待ってました! えっと、ちょっと待って……こほん、ここ27階層は3つのエリアで分かれており、その1つが石宝部です。採掘できる魔石は月光石と呼ばれ、魔力を流すと月の光のように輝きます」
:言ってないけど
:何が見えたんだ?
:誰?
:急に別人になるじゃん
:はえ~ためになるなあ
「ためになる? あるかなさんありがと~。みんなも見習ってかわいいコメントをしようね~。カンペガン読みで草…なんのこと~? あ、関係ないけどネゴみんはいつでも案件待ってまーす♡」
私は取り出していたカンペをしまい、いつもの流れを済ませると再びダンジョンを歩き出す。
そんな時だった。つらつらと流れていたコメントの勢いが、何も起こっていないのにワッと速くなる。
「え、何どうしたの?」
:なんか来てね?
:後ろにデカい影あるぞ
:おい
:なんも見えんが
:荒らしだろ
:やばくねーか
「なにみんなして。そういう冗談やめてよ~」
:いやマジだって
:ネゴみん緊張中!ネゴみん緊張中!
:うわほんとだ
:あ
:ここにあんな大きいモンスター出たっけ
:俺にも見えた!
:来てる来てる来てる!
コメントの流れが目で追えなくなるころになってようやく、私も背後から近づいてきているそのモンスターの気配に気づく。私は振り向き腰の短剣を抜くと臨戦態勢を取る。大丈夫、27階層に出現するモンスターは全部覚えてきた。何が出ても対応できる!
あれ? でも、なんだか近づく影はどんどん大きくなって……
「きゃああああああああああああ!!!」
現れたのは、私よりずっと大きい人型のモンスターだった。その気配、佇まいは明らかに尋常じゃない。
直感する、今の私が戦っても命は無いと。
なに、こんなモンスター27階層に出るって知らない!
加速するコメント欄から、まるで導かれるように一つのコメントが目に留まる。
:ブラッドオーガだ!深層のモンスター!
し、深層のモンスター!? 何でこんなとこに……というかまず逃げないと!
そう思って駆けだそうとした瞬間、ブラッドオーガの拳が目の前に叩き落とされる。ギリギリで直撃は避けたが、その衝撃で後ろに吹き飛ばされる。
「きゃあ!」
:ネゴみん!!!
:あ
:結構やばくね?
:ネゴみん死ぬんか
:これ無理ゾ
:逃げろ!
:誰か助けに行けよ
配信者の危機によって私の視聴者たちは過去一盛り上がっている。あーあ、こういう時に華麗に切り抜けられたらもっとチャンネル登録増えるのにな。いや、戦闘が得意ならそもそも私配信者やってないか。
意味のない思考がノイズのように脳内に駆け回る。とにかく戦わなくちゃと思った私は何とか体を起こし、ブラッドオーガを睨みつける。けれど、そいつはこれまでモンスターから感じたことのないほどの冷たい視線を私に向ける。
あ、死ぬかも。
深層のモンスターを前にして命の危機を感じているというのに、何故だか頭の中はふわふわして上手く集中できない。
とりあえず遺言でも残そうかと配信の方を見ると、ふと、流れているコメントがネガティブなものからポジティブなものへ変わっていることに気づく。
:ネゴみんあっち!
:なんか来てる
:向こうに誰かいるぞ!
:もしかして救援?!
:待たせたな
:いるさ!ここに一人な!
:救世主来たー!
救世主?!
その文字を見て私は飛びつくように顔を上げる。すると、ブラッドオーガの奥から確かに一つの人影が猛スピードで近づいて来ているのがわかる。
き、来た! 助けが来た! やった! 私助かるんだ!
「……え?」
そう思ったのも束の間、そこに現れたのは青い作業着を着たおじさんだった。
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