第2話 これも仕事の内
頭部を失ったブラッドオーガゾンビは、タガが外れたように全身を激しく躍動させ、およそ生物とは思えない動きでこちらに近づいて来る。その速さは先ほどよりも数段上がっている。
出来るだけ少女から離れるようにブラッドオーガゾンビを誘導していると、ブラッドオーガゾンビはダンジョンの岩壁を掴み、その拳ほどの大きさの岩をくり抜く。そして、こちらにめがけてくり抜いた大岩を高速で投げる。
「うーん」
俺は向かってくるそれを少女の方に行かないよう丁寧に弾く。さて、どうしたものか。
モンスターの死体を放置することによって発生する悪影響、その一つがモンスターのゾンビ化だ。
探索者たちの剥ぎ取りによって空っぽとなったモンスターの胴体にダンジョンの魔力が満ち、そいつに第二の生を与えている、らしい。
通常、モンスターは一般的な生物同様に重要器官や身体を巡る血液の大半を失えば死ぬ。
だが、内側の臓腑や肉を失った彼らは胴体に満ちた魔力によって動いている。それ故、体の形が保つ限り彼らがその活動を止めることは無い。
つまり――
「めんどくさい!」
俺は再び岩をくり抜こうとするブラッドオーガゾンビの拳めがけてデッキブラシの先端を振り抜く。切り落としても動きそうなのでデッキブラシに流している魔力を振動させ、そのままブラッドオーガゾンビの拳を破裂させる。
これで少しは攻撃が落ち着くと思ったが、ブラッドオーガゾンビはたった今右手が無くなったにも関わらずこちらに殴りかかってくる。俺はそれを軽く飛んで避け、今度は左拳を粉々に破壊する。
このままちまちまと部位を破壊していけば倒せる。が、少し時間がかかりそうだな。
いつもの骨丸出しのゾンビなら全身をくまなく砕いてお終いなのだが、こいつは殺された後ろくに剝ぎ取りだとかをされていないためか、ほとんど生前の状態を保ってやがる。だから、普通のゾンビや生きているブラッドオーガより耐久度が上がって余計にたちが悪い。
誰だこんな雑な仕事をしたやつ。
戦闘が長引けば他のモンスターも寄ってくる。俺一人なら何とでもなるが……
後方に控える一人の少女を見る。ここから見る限り目立った傷は無いようだが、その体は未だ恐怖で固まってしまっている。今のうちに逃げてもらうってのが一番助かるんだけど、難しそうだ。早めに何とかしないとな。
となると……うん、爆破でいいか。
「舞華ちゃん、あのゾンビ爆破したいんだけど周辺の壁や天井の耐久値って算出できる?」
『えっとね、爆発系魔術なら3割の威力で2回まではもつかな』
「了解。3割ね……まあちょうどいいか。ありがとう舞華ちゃん」
『いいよ~』
全力を出せないのは少し物足りないが、致し方ない。発生したゾンビの処理も、それに伴う人命救助も仕事の内だ。
俺は遠くからその少女に問いかける。
「君ー、ランクは?」
「び、B級です!」
「耐久に自信はあるー?」
「えと、多少は……」
耐久に自信ありと。なら大丈夫だな。
「オッケー。じゃあ魔力で自分を出来るだけ守っててー」
「え、え?」
俺はそれだけ伝えるとブラッドオーガゾンビの前に立つ。俺を追っていたブラッドオーガゾンビは足を止め、両腕を天高く上げると俺めがけてハンマーのように振り下ろす。俺はそれを上にかちあげるように弾き、無理やり隙を作り出した。
そして、がら空きとなった下半身へ魔法を放つ。
「《ブラストショット》」
その一言によって放たれた光の球は、ブラッドオーガゾンビの足元で小規模の爆発を起こす。拡散する衝撃でダンジョンが少しばかり鳴動するが問題は無い、はず。
爆風によって舞い上がっていた周囲の砂煙は散っていき、次第にブラッドオーガゾンビの姿が確認できる。目論見通りそいつの下半身は消え去っていた。
ただ、それでもブラッドオーガゾンビは腕をはいずらせてこちらに近づいて来る。
それは生物としての意地か、それとも死者の執念か。どちらにしてもあとは動きの鈍化したブラッドオーガゾンビを文字通り塵にするだけだ。
「よっと、ごめんねちょっと離れるよ」
「ひゃい!」
俺は後方にいる少女を抱きかかえ、さらに遠くに移動する。次は威力を上げるため、少しでも爆心地から遠ざけるためだ。
「ごめんね~こんなおじさんに持ち上げられて、気持ち悪いでしょ?」
「あ、いえ……」
「よし、ここならいいか」
標的から十分に距離を取れたことを確認すると、その場に少女をゆっくりと降ろす。そして、深く息を吸ってデッキブラシを杖のように構える。
「……《デルタ・ブラスト》」
デッキブラシの先端から放たれた3つの光は螺旋を描きながらブラッドオーガゾンビに迫る。数拍置いて着弾し、白色の閃光がダンジョンを包む。
ドオオオン!!
熱と破壊の膨張がブラッドオーガゾンビの巨体を覆う。同時に砂塵のような煙が舞い上がり、音が鼓膜の奥を揺らす。音が過ぎ去ったあと爆風は遅れてやってきて、肌に張り付いた汗を乾かしてくれる。
埃っぽい空気を我慢しながら待っていると、煙は徐々に落ち着き視界が晴れていく。
そこにはブラッドオーガの痕跡が一つもなく、ただ焼け焦げたダンジョンの地面だけが残っていた。
「よし、清掃完了だ」
――――――――――――
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