大迷宮のあとしまつ~ダンジョンの掃除屋おじさん、強すぎて何故か伝説の殺し屋と勘違いされる~

骨ザリガニ

1.おじさんは”配信”を知らない

第1話 なんてことない人助け

 ダンジョンには夢がある。


 モンスターを倒せば地上の物では再現できない強力な素材やこの世の物とは思えないほど美味な食材が手に入り、宝箱から得られる魔道具や採掘できる魔石・宝石は人生を左右するほどの高値で取引される。

 一夜にして億万長者に成った、なんて珍しくもない話だ。


 だが、一方で避けては通れない現実もある。


 モンスターも全ての部位が素材になるわけではない。ありふれた骨や筋張った肉などは売ったとしても大した価値にならなず、持っていても邪魔になるだけ。探索者にとって邪魔なそれらは当然ダンジョンの中で置いていかれる。


 素材にならない部位は放置すると朽ち、腐り、それらはダンジョンのイレギュラーへと変わる。

 イレギュラーとかっこよく言ったが要するにゴミのことだ。溜まったゴミはダンジョンの生態を変えるなどの悪影響を及ぼす。放っておけばダンジョンに関わる全ての人の命に係わる問題になる。


 そういった問題が起こる前にダンジョンのゴミを撤去し、内部の衛生を保つ。それが掃除屋としての俺の仕事だ。

 激務のくせに薄給で、地味かつ目立たないが、なくてはならない仕事であると自負している。



「ふぅ……こんなものか」


 目の前にあったサンドウルフの死体の山を片付け作業を一段落させると、インカムから従業員である舞華ちゃんの声が聞こえてくる。


『芝崎さんお疲れ様!』

「うん、舞華ちゃんもおつかれ」


 腕時計をちらりとのぞき込む。現在時刻は16:45。処理を依頼されていた作業は今のサンドウルフの死体で終わりのはず。よし、これなら今日は定時までに上がれそうだ。今ならこの無骨な岩肌に囲まれたこの空間も、おしゃれで素敵な洞窟のように感じられる。定時上がりって素晴らしい!


「今日は早く上がれそうだし、晩御飯は久々に外で食べようかな。雷鳴軒のスパイスラーメンか、いやでも最近近くに出来た焼き肉屋とかもいいな…」

『えーっと、芝崎さん』

「ふんふふーん♪なにかな舞華ちゃん」

『ダンジョン管理局から追加の依頼です! 28階層中央部と29階層雪原部でそれぞれ2件の未処理死体があるとのこと!』

「……はい」


 俺の淡い希望はその一言で簡単に打ち砕かれる。現在地点は25階層の入り口付近。指定された地点まで行って、作業をしてとなると今日も余裕で残業確定……


『だ、大丈夫だよ、芝崎さんなら余裕余裕!』

「そうね……よし!」


 漏れ出そうなため息をぐっと飲みこみ重い腰を上げる。ダンジョン清掃業者というのは超が付くほど常に人手不足。ここ、新宿ダンジョンには多くの探索者が潜っている一方で、ダンジョン内の清掃をほぼ俺一人のワンオペで担っているというのが現状だ。


 つまり、代わりがいない。仕事がある限り休みたくても休めない。


 ……現状すぐに改善できない問題で悩んでいても仕方ないので、俺は思考を切り替え26階層への入り口に向かって走り出す。


「はーあ、テレビとかで取り上げてワッと人気になってくれたら人手問題も解決するんだけどなあ」

『そんな夢物語言ってもしかたないじゃん』

「そうかなぁ、おじさん的には結構イケてる案だと思うんだけど」

『芝崎さん! 前々から言ってるよね! 自分で自分の事おじさんって言わない!』

「でもおじさん、もう今年で45だよ?」

『言わない!!』

「……はい」

『そうだ! 清掃業者を宣伝したいんならさ、芝崎さん、配信やってみない?』

「はいしん……?」


 25階層を1分ほどで駆け抜けて26階層に到達した時、インカム越しの舞華ちゃんの声がワッと大きくなる。聞きなれない言葉に俺は戸惑うが、気にせず舞華ちゃんは続ける。


『そうそう! 前から思ってたんだよねー。芝崎さんの仕事風景って絶対配信映えするって!』

「えーと舞華ちゃん」

『戦闘技術とかラインバードに引けを取らないと思うし、ていうか勝ってる! まあ花はないからネゴみんみたいなアイドル売りはできないけど』


 白熱する彼女の語りがインカムをつけている右耳にガンガンと響くのだが、あまりに知らない単語が多すぎて左側から全て出て行ってしまう。らいん?ねご……え?


「その、ちょっといいかい?」

『なに? 何でも聞いて! 配信設備だとか収益化だとかわからないとこ全部教えるから!』

「ごめん、そもそもはいしんって何?」

『えーーーー! 芝崎さん信じらんない! そこからなの!?』


 舞華ちゃんはまるで宇宙人を見つけたかのような驚きようで、驚かれているこっちに常識が無いような気がしてくるが、こういった舞華ちゃんの流行り廃りは日常茶飯事なのであまり気にしないことにしている。

 ついこの前は謎の歌と共に急に猫を飼いたいと言い出してそれはもう大変だった。今回のは早く飽きてくれると助かるんだけど。


『とにかく! 配信って言うのは……』

「きゃああああああああああああ!!!」


 それは俺がちょうど27階層に上がった時のことだ。舞華ちゃんが滔々と”はいしん”とは何かを語ろうとした瞬間、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。

 俺はそれを認識すると、迷わず聞こえてきた方角へ走り出す。


 俺は掃除道具として持って来ているデッキブラシを構え、インカムの音量を上げる。


「舞華ちゃん!」

『救難信号は出てません! 魔力反応あり! そのまま50m前方です!』

「了解! 推定モンスターはわかる?」

『えっと今27階層だから……え、でもこの反応は……!』


 普段なら素早く答える舞華ちゃんが少し言い淀んだ。俺はその彼女の反応で出現しているモンスターにある程度目星をつける。


 小型、じゃないよな……大型の、おそらくは27階層より上のモンスター。


 予想は的中する。悲鳴が聞こえてきた地点まで駆けつけた俺の視界に入ったのは、27階層にいてはならない存在だった。


 薄暗いダンジョンの中で赤々と輝く表皮、岩も簡単に砕く隆々とした筋肉、人間より二回りほど大きい巨体の天辺には象徴たる二つの角が生えている。


『ブ、ブラッドオーガです!』

「うん、今確認した」


 ブラッドオーガは新宿ダンジョンでは割とメジャーなモンスターだ。だが、こいつは深層でしか出現しないはず。それも40階層以降の。

 ここ27階層はまだ中層だ。深層逃れか? それともダンジョンの生態系に何か変化が……


 一瞬そんな思考に囚われていると、か細い声が奥から聞こえてくる。


「た、たすけて……!」


 声の主は一人の少女だ。その子は今まさにブラッドオーガの眼前で腰を抜かしてへたり込んでいる。そして、ブラッドオーガは容赦なくその少女に拳を振り下ろす。


 何をしている俺! まずは人命救助優先だ。


 俺は一足飛びで少女とブラッドオーガの間に割って入り、振り下ろされる拳に向かって思いっきりデッキブラシをぶつける。


 ゴオン!


「……へ? ブ、ブラシ?」


 ブラッドオーガの拳は弾かれて空を舞い、その衝撃で本体もバランスを崩している。


 俺はその隙を逃さず、よろめくブラッドオーガの頭頂部まで跳躍すると、デッキブラシに魔力を込めブラッドオーガの頭部にある核に向かって思いっきり振りぬいた。


 ガアン!


 勢いあまって頭が弾け飛んだブラッドオーガは、そのまま重力に逆らえずゆっくりと後方に倒れこんだ。


「嘘、でしょ。い、一撃……?」

「大丈夫? 立てるかい?」


 俺は未だ立てていない少女に声をかける。だが、まだ少し呆けているようだ。

 無理もない、こんなところで10階層も上のモンスターと遭遇したのだ。誰だってそうなる。


 俺が彼女に手を差し伸べようとした時、倒れたはずのブラッドオーガからグチャリと動き出す音がする。


『芝崎さん! そいつゾンビ! まだ死んでない!』


 同時に、インカムの向こうで舞華ちゃんがそう叫ぶ。頭部が破裂したブラッドオーガは、まるで何も起こっていなかったかのように立ち上がりこちらを向く。


 俺は再び臨戦態勢をとる。ただし、先ほどよりも深く集中して。


「マジか……君、命の紐ライフウィップ持って来てる?」

「ごめんなさい、今、手が……」


 少女は手を必死に動かそうとするがピクリとも動く様子が無い。涙をぼろぼろこぼしながら申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。


 これは、ちょっと重症だな。


「じゃあ仕方ない、まずはあいつを片付けるとしよう」

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