第4話 救世主現る(後半)

:誰だよ

:終わった

:ネゴみんそいつ囮にして逃げて!

:ネゴみん終了のお知らせ

:被害者二人になっただけじゃねーか

:いやマジで全然笑い事じゃねえぞこれ


 無責任なコメントたちがおじさんの登場で一斉に荒れだしている。だけど、私はおじさんのおかげでなんか逆に頭がスッキリした。なんで戦おうなんて思ってたんだ私。戦うのは無理だけど、逃げることなら今の私にもできる。無様に逃げたら多少配信が荒れて登録者数も減るかもだけど、命には代えられない。


 そう思って立ち上がろうとした時、ある異変に気付く。


 あれ、嘘、動かない。


:ネゴみん大丈夫?

:大丈夫なわけねえだろ

:これどういう状況?

:とにかく走れ!

:あいつ誰だよ

:これ実際死んじゃったらどうなるの?

:知らね

:おいwネゴみんやばいでトレンド入りしてるぞw


 こんなこと今までなかった。頭と体が分離してるみたいだ。恐怖? 緊張? 自分に勝てない敵と会っても狼狽えるなんてしないと思ってたのに。ああもう、こういう時に限って視聴者はどんどん増えていく。ここで死んだら伝説になるな。


 だけど、当然目の前のモンスターは待ってくれない。ブラッドオーガは私を覆うほどの大きな右手を強く握り締め、大きく振り上げた。


 広大なダンジョンの中、今頼れるのはあそこにいるおじさん一人。もはやなりふりなんて構ってられない。


「た、たすけて……!」

 私は藁にも縋る思いで声を絞り出した。その瞬間、ブラッドオーガはその拳を真っすぐ振り下ろす。


 なんだ、私結局死ぬのか。



 ゴオオオオン!!



 ものすごい轟音が私の目の前で鳴った。発生源はブラッドオーガの拳と、おじさんが持っているデッキブラシ。


「……へ? ブ、ブラシ?」

:え?

:え?

:は?


 奇しくも、流れるコメントたちと同じような反応が出てしまう。だけど、そんなことを気にしている場合ではないほどの異常な光景が目の前で繰り広げられていた。


 ブラッドオーガの拳は弾かれたように宙を舞っている。まるで、おじさんが持っているデッキブラシに攻撃を防がれたみたいに。……え、マジでおじさんが弾いてない? 何でブラシで?


 大量のクエスチョンマークが出ている私を置き去りにするように、おじさんはその場でとんでもない跳躍を見せる。

 そして、持っているデッキブラシをブラッドオーガの顔面に向かって思いっきり振り抜いた。


 バガアアアアアン!


 再びの轟音と共にブラッドオーガの頭部は見るも無残に弾け散った。


「嘘、でしょ。い、一撃……?」

:は

:顔面無いなったけど

:んな馬鹿な!?

:や ば す ぎ

:爆発四散!

:死んだの?

:おっさん強すぎww

:なにこれ

:え、マジでこれどうなってるの?


「大丈夫? 立てるかい?」


 おじさんは平然と私に声をかけてくるが、今の私も視聴者たちもそれどころではなかった。突如現れた作業服姿のおじさんが明らかに異常なモンスターを事も無げに倒したのだ。1から10まで意味不明である。


:ブラッドオーガって、A級でも複数人でがかりでようやく倒せるモンスターじゃ

:深層のモンスターって言ったやつ嘘説

:嘘松マジ?じゃあネゴみん大げさにビビってただけ?

:嘘なわけねえだろ。あんなやつ中層に出てきてたまるか

:ネゴみん生きててよかったああああああああ

:なんでこの人掃除道具持ってんの


 そうやってコメントを見て呆けていると、おじさんの後ろからグチャリと肉を潰したような音が聞こえてくる。よく見ると、今まさに頭を潰したはずのブラッドオーガが立ち上がろうとしていた。


「……!」

「マジか……」

:あれ、まだ動いてね?

:うわ本当じゃん

:きもおおおおおお!

:なになになに

:死体が動いている


 おじさんもそれに気づいたのか、鋭い殺気を周囲に放つ。おじさんはそのままの状態で視線をこちらに向け声をかけてくる。


「君、命の紐ライフウィップ持って来てる?」

「ごめんなさい、今、手が……」


 命の紐ライフウィップ、結び目を解くことで一瞬でダンジョンの1階層に戻れる魔法具で、ダンジョンに挑む探索者の必需品だ。もちろんちゃんと持って来ているけど……今の私では使うことはおろか取り出すことさえできない。


 悔しい……今の私は役に立たないどころかこの人のお荷物になっている。配信者として生きていくと決めた時に捨てたはずの探索者としてのプライドが、私の心を強く締め付けている。


 私が悔しさで歯噛みしていると、ぽつりとおじさんは呟く


「じゃあ仕方ない、まずはあいつを片付けるとしよう」


 え、片づけるって……?


 言葉の意味を理解する間もなくおじさんはタンッと駆け出した。そして、流れるようにブラッドオーガの両手を破壊する。


「……え?」

:…w

:片づけるってそういうこと?

:草

:拳ってあんな簡単に破裂するものなの?

:おじさん無双キター!

:BON!CRUSH!CRUSH!

:何者だよあの人

:ネゴみん困惑中!ネゴみん困惑中!


「ど、どういうこと。頭つぶれて動くモンスターなんて聞いたことないし、それを棒切れみたいなブラシ使ってポンポンと対応するあの人もなんなの?!」

:有識者―

:あ、これネゴみんの配信だったわ

:知らね

:こんだけ視聴者いれば一人くらい知ってる人いるでしょw

:・・・

:いやー…

:……

「ちょっと待って、本当にあの人のこと誰も知らないの?!」

:うん

:私にもわからん

:強さ的にS級であることは確か

:それマジ?

:S級にあんな人いたっけ

:いたらデッキブラシとかいうオモシロ武器で絶対に話題になってる

「……つまり無名のS級ってこと?」

:無名のS級w

:なんじゃそのイケメンじゃない木村拓哉みたいな言葉


 おじさんの戦闘に釘付けになりながら視聴者とやいのやいの言ってると、当のおじさんが大声で私に呼びかけてくる。


「君ー、ランクは?」

「び、B級です!」

「耐久に自信はあるー?」

「えと、多少は……」

「オッケー。じゃあ魔力で自分を出来るだけ守っててー」

「え、え?」

:え、なに

:怖いよなんなの

:何する気だよ

:誰かー!助けてくださ―い!

:今助けられてんだろ


 私は言われるがまま自身の周囲に防護魔法を展開する。すると、おじさんはブラッドオーガの前に立ち、当然のように攻撃を弾くと短く詠唱を唱える。


「……?」

:今なんか言った?

:詠唱?


 結果はすぐにわかった。おじさんから放たれた光の球がブラッドオーガの足に着弾するとすぐさま爆発が起こる。


「きゃあ!」


 飛び散る石片が爆風と共に私を襲う。おじさんはかなり距離を開けて使ってくれたから被害はないけれど、衝撃は防護魔法を通してここまで伝わる。途中、石が顔に当たって思わず声が出てしまった。


:ええええええええええええ

:どんな威力だよww

:おじさんやべえ

:悲鳴可愛い

:言ってる場合か

:ネゴみんのファンになりました!

:¥10,000 きゃあ感謝

「……ミカミさんスーパーチャット、ありがと~」


 私は顔を引きつらせながら感謝を述べる。


 ブラッドオーガはというと、足が爆発によって消し飛んだが、未だなお拳の無い腕をはいずらせておじさんに近づこうとしていた。


 ……嘘、まだ動いてる!


 深層のモンスターの生命力に私が戦慄していると、いつの間にか近くに来ていたおじさんが私をひょいっと持ち上げる。


「よっと、ごめんねちょっと離れるよ」

「ひゃい!」

:あ

:お姫様抱っこじゃん

:いいなあ

:ひゅう!

:惚れた

:おっさんじゃなきゃな

:おじさんがいいんだろうが!


 そして、私を抱えたまま猛スピードでブラッドオーガから離れていく。不思議なことに、おじさんはとんでもないスピードで走っているはずなのに腕の中にいる私は揺れやぶつかる風を感じなかった。


「ごめんね~こんなおじさんに持ち上げられて、気持ち悪いでしょ?」

「あ、いえ……」

「よし、ここならいいか」

:この人成人女性一人抱えて何でこんな速いの?

:遠いなー

:敵さんどこ?もう見えんが

:奥の方でピクピクしてるぞ

:気持ちわるっ

:てかあれどうするの?放置?


 確かに、動けない今の私が言うのもあれだがあのモンスターを放っておくのはマズいのでは。私の救助を優先したのかな? でも、それだとこんなとこで止まる意味無いし……。


 と、あれこれ考えていると、おじさんは深く息を吸ってデッキブラシを構える。


:構え方かっこいいな。デッキブラシなのに

:もしかしてここから攻撃するつもり?

:無理無理遠すぎだって

:なんか結界でも張るんじゃない?

:離れた意味w


 私には分かる。おじさんの周囲の魔力の流れがさっきの爆発魔法の時と同じだ。この人は攻撃を繰り出すつもり……でも、ここからブラッドオーガまでかなりの距離がある。魔法は普通、自身から離れていくにつれて威力や精度は減少していく。だから、こんな長距離当てられるはずがない! 絶対に不可能だって!!


 そう思っていた。



「……《デルタ・ブラスト》」



 デッキブラシの先端から放たれた光は一筋の線を描くように空中を駆けていく。瞬く間にブラッドオーガに被弾すると、目が眩むほどの眩い光がダンジョンを包み、思わず目を閉じる。



 ……ドオオオン



 遠くで鳴った爆発音は腹の底を揺らす。ダンジョンを揺るがす圧倒的な火力、付近にいたらひとたまりもなかったであろうことは想像に難くない。


 光にやられた目がようやく治るころには、ブラッドオーガは跡形もなく消え去っていた。おじさんはとても満足げな表情を浮かべている。


「うん、清掃完了だ」

:…

:えーと?

:え

:…?

;これCG?

:ふははw


「……はえ?」



――――――――――――



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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