第1話 現状確認
「――おかえりなさいませミゼル様」
俺が城に入ると、スーツを着た老紳士が挨拶をしてきた。
「ああ」
俺は軽く返して自室に向かう。
改めて、俺の名前はミゼル。ミゼル・バンガだ。
バンガ王国の第二王子で、先月10歳になったばかりだ。
「――おいミゼル」
やけに広い階段を上っていると、上から自身の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「兄上……」
見上げるとそこには、このゲームの世界の主人公であり俺の兄であるルート・バンガがこちらを見下ろしていた。
ルートの手には難しそうな本が抱えられていた。
「また外で遊び惚けていたのか」
「アハハ……」
「まったく。お前も少しは勉強をな――」
「兄上! 申し訳ないですが急いでいますので!」
説教が始まりそうな気配がしたので、ルートの話を遮って階段を駆け上って自室に向かって走った。
「おい! まだ話は……!」
俺はルートの制止を振り切って自室に駆け込んだ。
◇ ◇ ◇
「ハァ、ハァ、追って来てないな?」
自室に駆け込んだ俺はすぐに扉を施錠した。
そして息を整えながら先程のルートの姿を思い出す。
ルート・バンガ。
この世界の主人公であり、5つも歳が上の兄だ。
次の王様となるため、日々国家経営の為の勉強している。
真面目で人望があり、次の代も国は安泰だろうと噂されている。
まさか主人公がこんなに優秀だったなんて……。
「それに比べて俺は……」
黒髪の一族に紛れた赤黒い髪で、勉強もまともにせずに遊び惚けている情けない男。
ゲームにもちょろっとしか出てこなかったし、重要人物ではないのだろう。
そんな俺に国を助けることができるのか?
いやそもそも次期国王の兄が優秀だし、前世の記憶があってもやれることなんてなくね?
実際に滅ぶとは限らないし。
「でも本当に滅ぶとしたら、何とかできるのはそのことを知っている俺だけか……?」
怒涛の急展開の中、俺はこの世界に転生した意味を考えてみる。
「……やってみるか?」
このまま今までと同じように過ごすよりも、隣国に攻められることを想定して色々やってみた方が面白そうだ。
完全にゲームを相手にしたような考えだ。
しかし理由は何であろうと、俺の心がやる気に満ち溢れたのは確かだった。
「――俺がこの国を救ってみせる!」
俺は輝きに満ちた瞳で、このクソゲーの世界を攻略してやると心に誓い、今後の計画をすぐに考え始めた。
◇ ◇ ◇
俺は早速机と向き合い、紙と書くものを準備して、流れ図を書き始めた。
要はやるべきことを細かい手順に分けて、期限までの計画を立てるのだ。
俺が10歳で、兄が15歳。
国が滅ぶのは主人公である兄が18歳の時、つまり準備できる期間は3年しかない。
実際ズレが生じるかもしれないが、国が滅ぶタイミングは現国王である父上が亡くなり、王が変わる年なのは確かだ。
「今すぐ父上と兄上や側近達に伝えるか?」
いや、今の俺は遊び呆けてる子供。
所詮戯言だとあしらわれるだろう。
「となると人望を集めるとこからか……」
でもどうやって?
礼儀正しく、王族らしい生活をする姿を見せる?
いやそれは非効率だ。
マイナスをゼロにしたところで、スタート位置に戻ったようなものだ。
だったら生活を元に戻すのではなく、新しく何かを始めるべきだ。
「あっ……」
俺はここであることを思い出した。
この国のこと、父上がどのようなことをしてきたのか。
全くもって知らなかったのだ。
「俺の馬鹿野郎……! 何も知らない国をどうやって救うってんだ!」
これまでの自分を心の中で叱り、すぐさま立ち上がって施錠した扉を開けた。
「誰か! 誰かいないか!」
俺は部屋の外で声を上げた。
「はい! どうかされましたかミゼル様!」
先程の老紳士が駆け足で寄ってきた。
きっとこの城の執事なのだろう。
他にいないのか?
これも人望がないせいか。
「呼び出して悪い。中に入れ」
俺は執事を部屋の中に入れ、再び椅子に座った。
「突然で悪いが、バンガ王国と父上について教えてくれないか?」
扉の近くで待機していた執事が目を見開いた。
「いいですが、なぜ急にそのようなことを……?」
「お、俺もこの国について知っていないとダメだと思ったんだ。だから教えてくれっ」
俺は咄嗟に理由を考えて伝えてみた。
すると執事は近くに寄ったと思うと号泣し始めた。
「ついにミゼル様がお国のことをお考えるになる時が来るとは……! いいでしょう! 今日はみっちり教えますよ!」
「ほ、ほどほどでいいからな?」
そこから執事による熱弁が始まり、それは夕食の時間まで続いた。
執事の話を簡単にまとめると、このバンガ王国は小国であり、5つの国に囲まれている。ここはゲームと同じだ。
ではなぜこの国が今まで滅亡してこなかったのか。
それには3つの理由があった。
それは囲んでいる5つの国がお互いを敵対視しているからだ。
バンガ王国を攻めたら後ろから襲うぞという暗黙の了解があるとか。
そもそも第一イベントが国を攻められるゲームなんて、戦乱の世に決まってるのよ。
それでも今まで責められたことがないのはこの国だけで採れる特殊な鉱石があるからとのこと。
それは武器や道具、装飾品にも使える優秀な鉱石だという。バンガ王国はその鉱石を加工する技術も高いらしい。
でもそれじゃあ鉱山ごと自分のものにしようと襲ってくるだろうって?
もちろん1つ目の理由である他国との関係もある。
だが3つ目の理由である父上、現国王のワズルカ・バンガの存在があるからだ。
巧妙な話術、交渉術によりお互いに利があるよう話をつけ、鉱石を5つの国に流しているそうだ。
「なるほど……」
話し終えた執事は、夕食の準備があると部屋を出ていった。
俺は夕食を待つ間、執事から聞いた話を元に攻められる理由を考える。
父上が亡くなって、ルートが新しい王になったところを隣国に攻められる。
バンガ王国を囲んでいる国は、上から時計回りにマンタード、ガーシ、ザマヤカ、ヤマト、キョウヒの5つ。
ゲームでは攻めてくるのはキョウヒだったはず。
つまり上から見て左上の方角から攻められる。
ではその両隣の国のマンタード、ヤマトの2つがどうするかだが……。
「同盟か……」
考えられるのは同盟だ。
停戦協定を結んで、バンガ王国を攻めるのを傍観させるはずだ。
そのことはこちらに気づかれないように行うはず。
だったら……。
「――ミゼル様。お食事の準備ができました」
先程の執事が扉をノックして、夕食の時間を知らせに来た。
「ああ。今行く」
食事は家族揃って行う。
そこで父上にあることを頼もうと俺は考えていた。
◇ ◇ ◇
「…………」
長すぎる机の隅に座った俺は、黙々と食事を進めていた。
横をチラリと見ると、少し離れた位置にルートが、一番端に父上、そのすぐそばに母上が座っていた。
「ミゼル。今日は静かに食事をするんだな。何かあったのか?」
ルートがこちらに話を吹っかけてきた。
昨日までは食べ方が汚かったからな……。
本当に情けない話だ。
「……今日から生まれ変わろうと思いまして」
「生まれ変わる……?」
想定外の返事をしたからか、ルートはきょとんとした表情をしていた。
「何かやりたいことでもできたの?」
母上のコルンが優しい口調で聞いてきた。
基本俺の行動には目を瞑ってくれる優しい母だ。
「はい。そのことで父上にお願いがあるのです」
この雰囲気を利用して、父上に本題の頼みごとをしてみることにした。
「……ほぉ。言ってみろ」
父上は威厳のある表情で、俺の発言を許可した。
まだまだ現役で、3年後に亡くなるとは思えないほど健康に見える。
「私の直属の部下を用意させてもらってもよろしいでしょうか?」
「直属の部下? この城に仕える者たちがいるだろう?」
「私だけの部下が欲しいのです。身の回りの世話をする者から近衛兵まで」
「直属の部下だと? 遊び惚けているお前にか?」
ルートが話に割って入ってきた。
まあよくは思わないだろう。
俺が力をつけたら反乱を起こすと思われるからな。
次期王座を奪おうとしているのではとルートは思うだろうな。
「……まあいいだろう」
「父上!?」
「ルートとは違ってミゼルは放任していたからな。珍しいミゼルの頼み事だ。明日にでも手配しよう」
父上はあっさりと俺のお願いを聞いてくれた。
そのことにルートは驚いている。
「ありがとうございます。しかし手配はいりません。私にすべて用意させてください」
「何……?」
俺の返事に父上は少し顔を曇らせた。
「すべて自分でやってみたいのです。細かい詳細はその都度正確に伝えますので、許していただけないでしょうか?」
「ふぅむ。自分でやるのは良いことだが、まさか反乱を考えていることはないだろうな?」
父上の声がひと際低くなった。
「もちろんです。俺はこの国のために身を捧げるつもりです。この国が将来、兄上が国営しやすいようにしたいと考えています」
俺は体を父上に向き直してそう言った。
「……いいだろう。その言葉信じよう」
「父上はミゼルに甘すぎます!」
ルートは立ち上がって父上に物申した。
しかし父上はすぐに手で制した。
「ルートの言いたいことも分かる。城にいる者たちも良くは思わないだろう。だから条件を付ける」
「条件?」
「1年以内に何かこの国に役立つことをしてみせよ」
父上は俺に対して条件を付けてきた。
「1年以内ですか?」
「ああ。もしできなければ自由に行動させずに勉強の日々を過ごしてもらう」
「げっ……」
1年以内に国に役立つ……か。
できなければ自由に動くことは禁じられ、滅亡を待つのみとなってしまう。
逆に考えれば、1年間は自由に動けるということだ。
「分かりました。了承してくださりありがとうございます」
俺は頭を下げて礼を言った。
「くっ……ミゼル! くれぐれも国に迷惑をかけるんじゃないぞ! バンガの一族として行動するようにな!」
ルートは内心許していなそうだったが、迷惑はかけないようにと釘を刺してきた。
まあしばらくはルートによる監視がつくだろうから、しばらくは城周辺で計画を進めるとするか。
「分かっています。では私はこれにて」
すでに食事を終えていた俺は軽く食後の挨拶をして自室に戻った。
これから色々な場所に足を運ぶだろうからな。
まずは腕っぷしの利く護衛を探すとしよう――。
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