第8話

「え、えっと、大丈夫?」


 アンデッドに優しく手を引かれ、しばらく歩かされたところで、顔を覗き込むようにしてシエルはそう聞かれた。

 その瞳は生者を恨むアンデッドの癖にシエルが見たこともないような優しい瞳だった。


「……どうしたらいいんだろう」


 シエルが返事をしないからか、そのアンデッドは呟くようにそう言って困ったように顔をくしゃっとした。


「……よ、よしよし、ほ、ほら、大丈夫だよ?」


 そして、何を思ったのか、そのアンデッドは小さな体でつま先を伸ばしながら多少無理やり感はあったけどシエルの頭を抱き抱えるように抱きしめたかと思うと、シエルの頭を撫で始めた。

 

 その瞬間、どうでもいいと思っていたはずのシエルの目元から大粒の涙が流れ始めた。

 相手はアンデッドで、体は驚く程に冷たい。

 だからこそ、暖かさなんて感じるはずがないのに、シエルの胸には確かな暖かさを感じていた。


「えっ? ど、どうしたの? どこか痛かったりする? だ、大丈夫?」


 今まで何も反応をしなかったシエルが急に涙を流し始めたからか、アンデッドはシエルの頭を撫でるのをやめて、そのままシエルにの顔を覗き込むように顔を近づけたかと思うと、どうしたらいいのかが分からないといった風にオロオロとしつつ、シエルにそう聞いていた。

 

「……なん、で?」


「え?」


「……なんで、そんなに、優しく、するの……? 殺すのなら、早く、殺して」


 またさっきみたいな絶望を経験するくらいなら、早く殺して欲しい。

 シエルはそんな考えに至ったのか、涙を流しながら、そう言った。


「こ、殺したりなんてしないよ! ……私は、誰とも争いたくなんてない、から」


 どこか影のあるような顔をして、アンデッドはシエルに向かってそう言った。

 

(また、暖かい……アンデッド、なのに……)


「なら、なんで……? なんで、そんなに、優しくするの……?」


「……私が優しいのかは分からないけど、放っておけないと思ったから、かな」


 あの時の精神状態のシエルがそのままあそこに放置されていたのなら、どうなったのかは火を見るよりも明らかだ。

 だからこそ、シエルをここに連れて来たアンデッドの判断は正解だったのだろう。


「……あたしのこと、どう、するの」


「別にどうもしないよ。どこか帰る場所があるのなら、送って​──」


「……無い。……帰る場所なんて、無い」


 シエルの目の前のアンデッドが何か言葉を言い終える前に、シエルはその言葉に重ねるようにしてそう言った。


「そ、そっか。……なら、えっと​──」


「……一緒に居たい」


「え?」


「……あなたと、一緒に居たい」


「な、なんで? あっ、全然一緒にいること自体は大丈夫なんだけど、なんで同じ人間じゃない私なのかなって」


「…………暖かかった、から」


 そんな言葉を聞いて、呑気にもそのアンデッドは(私の体って暖かいのかな)なんて思いつつ、頷いた。

 生きる希望を無くしてしまった者にまだ僅かとはいえ、生きる希望を与えてしまった重みも分からずに。

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