第7話

「く、クソっ! お前ら! 儂についてこい!」


 シエルを売るために買った男……歳をとり太っている男が急に馬車の中に入ってきたかと思うと、余程なにか焦っているのか、震えた手で鍵を使い、適当に牢屋を開けたまくったかと思うと、そんなことを叫ぶように口にしていた。


「ま、待ってくれ……お、俺は……」


「知るか! そんな時間などないわ! 早く貴様らもその中から出てこぬか!」


 檻の鍵を開けられていない者もいるからか、そんな声がその場にいる皆の耳に聞こえてきていたが、太った男は直ぐに張り上げた声で切り捨てていた。


「うっ」


 シエルは太った男の命令になんて従う気はなかった。

 意地やプライドがあるから……なんて理由では無く、単純に生きる理由が無いからだ。

 シエルにはなんで男がこんなに焦っているのかなんて全く分からなかったが、どんな理由であれ、どうでも良かったし、なんなら、もう死にたかった。

 それなのに、急にシエルの首に着けられている首輪が絞まり出したかと思うと、体が勝手に檻から出ていた。

 何か命令を強制させるような力が首輪に付いていたのだろう。


「早く行く​──」


 太った男の怒鳴るような声に重ねるようにして、何か獣……魔獣の咆哮が響き渡った。

 

「ひっ……お、お前とお前! く、クソっ、それとお前もだ! 囮になれ!」


 たまたまなのか、運良く……シエルにとっては運悪く、シエル以外の人達が選ばれ、首輪の力か無理やり魔獣に向かって歩かされていた。

 

「クソっ! 今度こそ行くぞ!」


 シエルはもうあの魔獣に食べられてもいいから、歩きたくなんてないのに、首輪の力なのか、無理やり男の後ろを走らされ……いや、歩かされた。

 何故走っていないのかと言うと、男がでっぷりと太っているからか、走る速度がかなり遅く、シエルが走る必要もなく、男は走っているはずなのに追いつけたからだ。




「はぁ、はぁ……く、クソっ! なんで、せっかくアイツらを囮にして逃げ切れたと思ったのに、その先にこんな化け物がっ!」


 そして、男にとってはかなりの距離を走ったところで、それに出会った。遭遇してしまった。

 シエルにとっては運命の出会いとも言えるのかもしれない存在だ。

 それから溢れ出る威圧感に男は魔獣を見た時よりも冷や汗をダラダラと流し、恐怖した。


「儂の逃げる時間を稼げ!」


 だからこそ、直ぐに男はシエルのことを目の前の化け物に向かって放り投げるように押し出し、そんなことを口走りながら遅い足で必死にそれから逃げるように走った。


「あ、あの、大丈夫……?」


(……喋った)


 言葉を話すことが出来るアンデッドがかなり高位の存在ということは世間の常識に疎いシエルでも知っていた。

 ただ、それでもやっぱり曖昧な情報として知っているだけだからか、そこまで目の前の存在に恐怖している様子は無い。……単純にもう自分の命に興味が無いだけかもしれないが。


「と、取り敢えず、ここを離れよっか。……近づくよ?」


(殺すのなら、早く殺して欲しい。どんな残虐な殺し方でもいいから)


 囮になれという命令によって逃げることの許されないシエルは内心でそんなことを考えながら、目の前のアンデッドが何かを避けるようにしながらシエルのいる場所に近づいてくるのを黙って見つめていた。

 仮に命令が無く動けたとしても、今のシエルは逃げようだなんて思わなかったかもしれないが。


「触るよ」


 シエルは目の前のアンデッドのそんな言葉と同時に冷たい手で手を握られた。

 特にそのことに対してシエルが表面上で何か反応することは無かった。


(……アンデッドなのに、手、柔らかい)


 ただ、内心ではアンデッドが喋った時同様少しだけ驚いていた。

 これも曖昧な情報ではあるけど、普通のアンデッドは下位の存在であっても死後硬直のせいなのか体が硬いということをシエルは聞いたことがあったからだ。


(まぁ、どうでもいいか。どうせ、もうすぐ殺されるんだから)


 そんなシエルの考えを嘲笑うかのように、シエルは危害を加えられることなく、そのまま優しく手を引かれて場所を移動させられることになった。

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