第6話

 15歳、この世界でいうところの成人した年齢の少女……いや、女性は目が覚めたら知らない馬車の中で何故か檻の中に閉じ込められていた。

 今日がちょうど15歳になる誕生日ということもあってか、お母さんやお父さんがいっぱい祝ってくれると思ってウキウキ気分で目を覚ましたというのに、一気にその気持ちは恐怖へと塗り変わっていた。


(な、何……なんで、私、こんな檻の中にいるの……?)


 その女性……いや、シエルは寝ぼけていた頭がどんどん覚醒してきて、恐怖心が更に増したからか、体を小刻みにブルブルと震わせてしまっていた。

 その際、カチャカチャという音がして、シエルは自分の首に鎖のような分厚い首輪が着けられていることにも気がついた。気がついてしまった。

 時間の問題だとは思うが、気が付きさえしなければ、更に恐怖心が増されることは無かっただろう。


「お母さん……お父さん……助けて……」


「目を覚ましたのかい、ヒヒっ」


 体を縮こませて、シエルは無意識のうちに助けを求め、両親のことを呟いていた。

 すると、それを聞いたシエルと同じく檻に閉じ込められ、首に分厚い首輪を着けられている老人はそう言ってシエルに声をかけた。正気とは思えないような狂った笑い声を上げながら。


「ひっ、や、やだ……」


「安心せい。儂も檻の中じゃ。何も出来ないさ。ヒヒッ」


 震える体を抑えつつ、シエルは檻の中でもなるべくその老人から離れるように移動した。

 

「よいのかのう? 儂はこの中にいたとはいえ、お主が何故こんなところにいるのかを知っておるのじゃぞ?」


 老人は狂ったような笑みを顔に貼り付けながら、シエルに向かってそう言った。

 

「えっ……あ、あの、な、なんで……私は、こんなところにいるんですか?」


「ヒヒッ、そんなものは簡単じゃ。お主は親に売られたんじゃよ」


 シエルの質問に対して老人は本当に楽しそうにそう言った。

 もう老人もこんな状況だからこそ、狂ってしまっているんだろう。

 だからこそ、自分より不幸な者を見て、少しでも心を安心させたいのだろう。


「そ、そんなの嘘だ……嘘に決まってる」


「儂がこの中で聞いた限りは本当じゃよ」


 老人の話し方が上手いからなのか、こんな極限の状況だからなのか、口では嘘だと言いつつも、シエルは老人の言うことを疑うことなく信じてしまい、その瞳から光を失ってしまった。

 老人の言うことを信じない方が良かったのか、これから奴隷としてどこの誰かも分からない奴に売られるくらいなら、信じてしまい、今のように絶望して心を壊した方がまだマシだったのかは分からない。


(お母さんも、お父さんも、明日はあたしのことをいっぱい祝ってくれるって言ってたもん。だから、だから……)


 シエルには何か思い当たる節があったのか、現実逃避で老人の言ったことを内心で否定することも出来なくなってきていた。

 そうして、更にシエルが絶望を深くしていると、急に大きな音がしたかと思うと同時に、馬車が転倒したのか、シエルと老人、そして他の檻に入れられた人達も全員一緒に一瞬宙に浮いたかと思うと、かなりの勢いがあったからなのか、馬車がボロかったからなのかは分からないが、何人かは馬車を突き破って外に放り出されていた。

 シエルはいきなり体を衝撃で檻に思いっきりぶつけたからか、当然体に痛みは走っている。そのはずなのに、シエルに痛がっている様子は見えなかった。


 シエルのいた村には同年代の子が居なかった。だからこそ、シエルには友達がいない。

 そして、更に少しだけ人見知りなこともあり、基本的に仲がいいのは自分の両親だけだった。

 その両親にもシエルは裏切られた。


(痛い……でも、もう、どうでもいい……あたしに、味方なんて、もう、居ないんだから)


 シエルの濁りきってしまった瞳には当たり所が悪かったのか、頭から血を流して動かなくなった老人が映っていた。

 

(……どうでもいい)

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