第6話 引っ越しの騒動
大学二年生の時の話だ。
同じサークルの四年の先輩が早々と企業から内定をもらった。
それで、その会社の近くに引っ越すから手伝ってくれって話が、僕とあと数人にきた。
飯を奢るし、少しだけど給料出すっていうから、全員ふたつ返事でOKを出した。
着いた先は、ちょっとした港町の外れ。
二階建てのアパートで、一階に八部屋。二階にも八部屋。先輩は、二階の奥の角部屋だった。
そこにレンタカーで荷物を運ぶ。女の子も居たけど、男の子がけっこう居て、引っ越しはかなり捗った。
午前中にはほとんど終わっていて、先輩の部屋で昼飯を食いながらの休憩ってことになったんだ。
近くのスーパーみたいなところで、お惣菜とかヤキソバとか皆で買ってきて、先輩の部屋で床に座りながら、わいわいとしてたんだ。
「先輩、けっこう良いアパートですね」
「だろう? 会社からも近いし、家賃も安い。我ながら良いところを見つけたよ」
「でも、やけに静かですね。他の住人たちって今日は皆仕事ですかね」
「いや、違うよ」
「え?」
「ここ、住人は俺だけ」
皆、顔を見合わせたね。
「あの……というと?」
僕が先輩に理由を尋ねた。
「ここ、入居すると必ず死ぬっていわれてる物件なんだよ」
「はぁ?」
「だから、誰も住んでいないんだ。それで静かなんだよな」
「いやいや、それじゃ先輩も危ないじゃないですか」
「そうだなぁ、俺も死ぬよ」
「……………………」
皆、黙り込んじゃった。
「違う違う。いつかって意味だよ。五十年後か百年後か。お前らだってそうだろ?」
そりゃ、人間なら誰だっていつかは死ぬよね。今すぐってわけじゃないだけで。
「なあんだ」
って女の子が笑って、釣られて全員でまた笑った。
午後は、残りの物を運び込むだけだったから、皆ダラダラと作業してたんだけど、一階で女の子が悲鳴を上げた。
全員で、一階に下りると、女の子ふたりが肩を寄せ合って震えている。
どうしたっ!? って声をかけると、ふたりは同時に廊下の奥を指差したんだ。
見ると、そこに男性が棒立ちで居るのがわかった。三十代後半から四十代くらいかな。
訊いたら、反対側のドアが開いたから、誰か入ってくるのかと見てたら、知らない男性だった。
で、その男性が、ずっと立ったままで、こっちを向いて、目があったから、怖くて悲鳴を上げたんだって。
その間も、ぼーっとしている男性に、あの……って僕が声かけたら、すぐ近くの部屋のドアを開けて、中に入っていってしまったんだ。
さっき、先輩から誰も住んでいないって聞いていたから、これは不審者だって思って、警察に通報する前に確認しなきゃって、その部屋の前までいって、ドアを開けた。
すると、部屋の真ん中に体育座りで蹲っている男性が居た。
「あの……ここの人じゃないですよね? ここで何してるんですか」
すると、かなりの間があったけど、
「死にたい……ここに死にに来たんだ……死にたい死にたい…………」
それからは、何度問いかけても、それしかいわない。
さすがに気味が悪くなって、皆、二階に引き上げたんだ。
「あー……そういうのよく来るらしい」
先輩に報告すると、うんざりした様子で、答えてくれた。
要は、住むと死ぬアパートに殺されに来る自殺志願者が多いのだとか。
自殺する勇気は無い。だから、このアパートに来れば死ねるのだ、と思ってのことらしい。
皆、急に怖くなって、午後に予定していた搬入品を手早く片付けると、
「じゃあ、あとは大学でまた会ったときにでも、学食奢ってください」
っていって、逃げるようにその場を後にした。
帰り際、先輩の部屋じゃない部屋の窓から、誰かがこっちを窺っていたんだけど、あれもきっと自殺志願者なんだろうって、帰り道、皆で話し合ってた。
ああ、でもその後は君も知っているんじゃないかな。あれだけニュースで報道されまくったし。
ん? そう、それ。
先輩が就職したのは、実は暴力団の事務所だったこと。
先輩は、自分の住んでいるアパートに来た自殺志願者を自分で殺して死体をヤクザに売っていたこと。
臓器密売、ね。
で、事が明るみになる直前、先輩はアパートの自分の部屋で死体で発見されたこと。
たしか、サークルの部長がサークル費の徴収で先輩の部屋にいったんだよ。
四年生は一番サークル費を出すことになっているから、決して安くはない金額だ。そりゃ部長も取り立てにいくよね。
だけど。
だがしかし、なんだけどさ。
第一発見者の部長がいうには、さ。
頭部は切り取られて未だに発見されていない。腹部だけは綺麗さっぱり無くなっていて、背骨だけが露出していたんだって。
血痕も無かったし、そんな状態でも血は全部吸い取られたかのように流れていなかったんだ。
残された胸部と下半身は文字通りミイラのように干からびていたらしい。
本人だって確認できたのは、指紋が一致したからだとか。
それって人間業じゃないよね。
いったい、誰がそんなことしたんだろう?
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