第4話 廃屋の記憶

次。

……次だ。アレは、いつのことだったか。

そうだ。思い出した。


小学五年生。

たしか、五年生だ。

曾祖母が亡くなった翌年だから覚えてる。


あれ? 次じゃないね。

まぁ、記憶の前後なんてよくあることだよ。

聞いてよ。そう、聞いてくれ。


前にもいったけど、地元はドが付くほどじゃないけど田舎は田舎なのね。

だから、することも限られてくる。もちろん小学生が遊ぶ方法も。

ゲームが流行り出した頃だったけど、それでも外で遊ぶのが、それなりに主流でね。


ある日、町のハズれにあるお化け屋敷って呼ばれている廃屋を探検しようって話になった。

男子が四人、女子がふたり。

親に、どこそこで誰と遊ぶっていうのは、ちゃんという決まりになっていて、そのときもしっかりと伝えた。

「夕飯前には帰るのよ?」

事前に放課後の教室で遊ぶ約束していたときに、親に駄目っていわれるのは予想してたから、ひとり怖がっていかないっていったヤツの家に集合してゲームして遊ぶっていおうって口裏合わせたんだよね。

で、町の公民館の前に集まって、皆でチャリ漕いで、例の廃屋に向かった。

着いた先にあったのは、古民家っていう程に古くはないけど、日本家屋っていうには十分な佇まい。

庭は狭いけど、雑草が我が物顔で生い茂っていて、植木は手入れが一切されていない。

上がり框の先に見える襖は半分破れていて、屏風のような物も額が折れてしまっていた。

僕らは座敷に土足で上がると、思い思いに散策を始めた。

居間、台所、寝室、誰かの部屋、仏間。全部、『だった場所』。

二階も酷いもので、ささくれだった畳が開け放たれっぱなしの窓から差し込む日光に焼かれて、変色していた。

誰かが動くたびに、埃が舞い上がり、カビ臭さのような匂いが鼻孔を刺激する。

僕を含め五人が、残置された箪笥を開けて、空っぽの中身を見ていたときだ。

「おい! ちょっとこっち来てみろ!」

六人の中で一番おちゃらけていたヤツが、一階から僕らを呼んだんだ。

きっとひとりで行動していたんだろう。度胸あるよね。

皆、なんだなんだっていいながら階段を一列になって下りていく。

そいつが居たのは、台所。

で、床を開けて、その先を指差していたんだ。

「絶対、隠し部屋だって」

見ると、真っ暗な床下に、奥に続く階段があって、その先は何があるかわからない。

「え? 入るの? あたし、厭なんだけど」

女子ふたりが同じ声を上げる。

「じゃあ、男子で入るか」

地下への蓋を支えたまま、そのおちゃらけたヤツがいうんだけど、反論するヤツが居て。

「お前、体格が一番小さいから余裕かもしれないけど、俺はちょっと無理だ」

四人の男子のうち、一番大柄な友達も拒否しだした。

おちゃらけたヤツって、クラスで一番小柄だったんだよ。そう、女子含めて。

当時、小学五年生の平均身長って百三十五センチとかそのくらいなんだけど、こいつ百十五センチくらいで、体育の時間でも腕を腰に置くような位置にいたんだ。

で、体重も普通だったから、すごく小柄でさ。

でも、厭がった男子ってもう百五十はあってね。少し太ってたから、けっこう大きくて。

そりゃ、あんな狭いところに入れるわけがない。

結局三人で入ることになった。

廃屋にいくって決まってたから、みんなこっそり懐中電灯を持ってきていたんだ。

三人ともその明かりを頼りに奥へ奥へと進んでいった。

誰もしゃべらなかった。雰囲気に当てられて。

長い通路を進んでいくと、不意に広い場所に出た。

そこは牢屋だった。

土間があって、鉄でできた牢があって、その先は座敷。

シン……とした空間は耳が痛くなるほど静かで、誰も声を出せなかった。

ただ、全員が目くばせして、すぐにここを立ち去ることにした。

それは、座敷の真ん中に細長い蝋燭立てが置かれていたから。

そこに赤い火が、メラメラと燃えていたから。

通路は一本道だ。誰ともすれ違わなかった。

自分たちがここにきてから、一時間近くが経つ。

じゃあ、誰がこの蝋燭に火を灯したのか?

怖くなって、一番後ろのヤツが先頭に、次に僕、殿におちゃらけたヤツ。一列になって引き返した。

戻ってきて、待っていた三人に今見たことを全部話して聞かせた。

でも、その話の途中で女子のひとりが僕の話を遮ったんだ。

「ねぇ、アイツは?」

アイツ。それ、一番後ろを歩いていたはずの、おちゃらけたヤツのこと。

「え?」

振り返ると、一番体格のいいヤツが地下への蓋をまだ支えていた。

「アイツ、一緒に出てきたんじゃないの?」

「いや、お前が最後だよ」

その言葉と同時に全員が、自分の懐中電灯で地下への階段を照らした。

「おーい!」

僕の呼びかけに、誰も応えない。

名前を呼んでも、反応が無い。

しょうがなく、もう一度、男子ふたりで地下に戻ったんだけど、座敷牢まで誰とも出遭わなかった。

僕らは小走りに地下から出ると、アイツが見つからなかったことを他の連中に伝えた。

パニックになった。

全員、半泣きで廃屋から転がるように逃げ出して、自転車に乗ると、誰がいうわけでもなかったが、公民館に向かった。

もう公民館は開いてなかったけど、居残っていた職員さんに無理いって電話を貸してもらって、僕から順番にそれぞれの家に連絡して事情が伝わっていった。

すぐに公民館に六家族が集まった。

めちゃくちゃに怒られたけど、すぐに町の消防団とかが廃屋に向かってくれた。

集まった全員も車や自転車で向かう。

しばらくして、消防団の人たちが廃屋から出てきた。

「見つからない」

「ねぇ、キミたち。本当に地下があったのかい?」

そんな風に優しく訊かれたのを覚えているよ。

「地下は見当たらなかった」

「台所だけではなく、二階の箪笥の中まで隈なく調べたが、人っ子ひとりいなかった」

「廃屋だから台所の床をすべて引っ剥がしたが、階段なんか無かった」

口々に話す団員は、僕らに疑問を持っていたようだ。

でも、五人ともバラバラにされて、長時間尋問みたいに詰問されたんだけど、全員いうことは一緒。

それから長く捜索されたんだけど、終ぞ彼は発見に至らなかった。


ん……?

あぁ、ごめん。本当にごめん。

これ、やっぱり『次』だ。

次だった。


高校二年生のとき、ついに例の廃屋が取り壊された。

理由はしらない。

で、しばらくして基礎工事が始まろうとしたんだけど、そこで問題が起きた。

人間の白骨が発見されたんだよ。

聞き込みにきた警察官曰く。

「指紋の照合が無理」

「歯がすべて無いので、歯型による歯科所見も無理」

「ただ、身長百十五センチ、男の子と見られる」


でも。

でも、だよ。

その白骨。完全に土に埋まった状態で発見されたんだ。

しかも、死亡してから二十年くらいだ、と。

あれは、アイツだとは思うんだけど、アイツでもない気がするんだよね。

ねぇ、どっちだと思う?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る