第3話 修学旅行の思い出

次。

……次だ。アレは、いつのことだったか。

そうだ。思い出した。


中学の修学旅行だ。

三年生の七月。暑くてね。

熱中症になる生徒はいなかったけど、先生がひとり倒れて。公表されなかったっていうのは、ほら、学校だし。


三クラスで全部で八十人くらいだったかな。

隣の小学校とうちの小学校の生徒併せてそのくらい。

本当は四クラスくらいになるんだけど、引っ越す人とか、私立に進学する人とかいて、ちょうど足すわけじゃないんだよね。

で、その八十人。正確には七十人かな。不登校とか体調崩したヤツとかいるし。


あれ? と思ったのが初日の観光中。

いく先々で、お土産屋さんの店員さんとか、飲食店のおばちゃんとかに、訊かれるんだ。

「修学旅行? いいわねぇ。どこからきたの? そお、遠いところをようこそ。それで、ホテルはどこ?」

答えると、皆、黙っちゃうんだ。あるいは、唐突に話題を変える。

「あ、これ人気のお土産よ」

「この定食が名物でね」

とか。


なんかヤバい所に泊まることになるって、皆、なんとなくわかり始めてね。

で、初日の予定をこなして、ビクビクしながらホテルにいくと、普通のホテル。

白い外装で清潔感があって、広めのエントランスに、バスを迎える法被姿の従業員さんたち。

中に入っても、お土産屋さんがあって、逆側にはフロントがあって、他のお客さんたちが受け付けを進めている。

一組の一班は三階のこの部屋、二班はあの部屋って部屋が割り振られていって、全員荷物置いたら食堂に集合するようにいわれた。

「なんで三階なんですか?」

他の生徒が学年主任の先生に訊く。たぶん、昼間のことで怯えてたのか、少しのことも気になるんだろう。

「何年か前に、窓から脱走して夜の街を徘徊した馬鹿者どもがおってなぁ。地元の不良と喧嘩して大事になったから、それ以来、簡単には出られないように三階以上の部屋と決めている」

そんな返答だったかな。

よくいったよね。隠蔽体質っぽいのに。

よくよく考えると、田舎なんだから、調べればすぐにわかる。兄弟からとか、親からとか。


で、食堂に集合して夕飯を食べてからは、自由時間。部屋での。部屋から出ちゃ駄目なの。

それに、朝まで交代で先生たちが、廊下の突き当りに座っていて、誰も出られないように見張っている。

まぁ、出られないよね。


十九時くらいだったかな。

それぞれ、トランプだったり、枕投げだったり、恋バナだったり。きっと他の部屋も似たようなものだと思う。

で、あるタイミングで部屋のドアが廊下側からノックされた。

コンコンッ。

最初は誰も気にしなかった。けど、何度も続くうちに、先生がきたんじゃないかって話になった。

でも、消灯時間にはまだ早い。そこまでうるさくしている認識はないから、怒りにきたわけでもなさそう。

じゃあ、なんだ?

そもそも、鍵はかけていないから、先生なら遠慮なく入ってくるはずなのに。

ってことで、班長が部屋のドアを開けた。

「あ、すみません」

班長はその一言だけで、部屋に戻ってきて、自分の布団の上に座った。

「なに? どうした?」

「なんで謝ったん?」

「早く話せ」

皆が班長に詰め寄る。

「いや、お前ら見てたからわかると思うんだけど、俺、顔だけ廊下に出したじゃん」

「あぁ、ドア開けたまま片足上げてな」

「ポーズのことはどうでも良いよ。そしたら、他の部屋の連中もドア開けて顔だけ出してたんだよ」

「どういうこと?」

「いや、そのまんまだよ。全部の部屋。隣の部屋、そのまた隣の部屋、向かいの部屋一列。とにかく全部のドアが開いていて、必ずひとりが顔を出して廊下の様子を窺ってたんだよ」

「はぁ?」

「で、そしたら、廊下の突き当りにパイプ椅子出して座ってた先生に怒られた」

「それで、すみません、と?」

「そう」

「なんだ、そりゃ?」

とにかく、わけがわからなかったんだ。

でも、それからも不定期に。思い出したようにノックされた。

次は班長じゃなくて、ドアに近いヤツが。その次は別のヤツが。

持ち回りでドア開けて顔を出すんだけど、必ず他の部屋もドア開けてひとりが覗いてるんだよ。

それは、僕も体験した。


さすがに気持ち悪くなって消灯時間がきたら、みんな寝に入った。

本当は夜更かしが醍醐味なんだけどね。これじゃ、そんな気になれない。

昼間のこともあるし。


真夜中。

ふと、目が覚めた。けっこうハッキリと。

で、気になったんだよね。廊下は今、どうなっているんだろうって。

皆が眠る中、ひとり起き上がって、ドアを開けた。

顔を出してみると、先生は椅子の上で腕組みして俯いて寝ていた。

交代で見張るって話だったけど。

そこで、ちょっとだけ悪戯心が湧いた。

向かいの部屋のドアをノックしてみたんだ。強めに。

コンコンッ、って。

すると、一斉にドアが開いたんだ。

さっきと同じだ。

でも。

全部、知らない顔。

男子も女子も。

全部、知らない顔。

振り返ると、自分の部屋からも顔が出ていた。

それも知らない顔。班員の誰でもない。

驚いて、先生に助けてもらおうと廊下の突き当りに視線を向けた。

すると、先生はすでに起きていて、こっちを見ている。

いや、睨んでいた。

それも、まったく知らない大人が。

先生じゃない。

そこで、恐怖が限界を迎えて、大声を上げてしまった。


そこで目が覚めた。

本当に目が覚めたんだ。

夢……だったのかな。

心底、ホッとしたよ。


でも。

でも、ね。

翌朝の食堂で、朝食前に。

「昨晩、真夜中に廊下で悲鳴みたいな大声を出したヤツは名乗り出ろ」

学年主任の先生が、真っ赤な顔をして怒っていたんだ。


あれ、夢……だったのかな。

夢だと良いな。

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