第6話母と子

 第三研究所の車が、家まで送ってくれることになった。ドライバーは若い女性で、車を走らせながらルームミラーで、後部座席のハネを何度もチラ見する。

「俺の顔になんかついてます」

「イケメンね」

「どうですかね。研究所の看護師さんたちには、ウケが悪かったけど」

「それはキミの顔が気に入らなかったのじゃなくて、ガッカリしたからよ」

「ガッカリ?」

「エーテルを飲んで昏睡状態になった場合、七日の間に目覚めなければ二度と意識は戻らないとされているの。でも黒塚君、キミは二十日も経ってから目を覚ました」

「それが、なぜガッカリなんです」

「エーテルを飲んだら死体になっても貴重品。解剖して特定の部位は冷蔵ボックスに入れて某機関に届けられる。この解剖処理に出される特別手当が結構よくて、看護師さんたちにはちょっとした臨時ボーナスなのよ。だから七日目を過ぎたら、看護師さんたちは、医師のゴーサインが出るのを心待ちにしていたの」

「それで俺が目を覚ましたのが気に入らないってわけか。なんてヤツらだ、白衣の天使が聞いてあきれるぜ」

 憤慨するハネに、

「天使だろうと悪魔だろうと、食ってかなきゃならないのよ」

 女はさらりと言う。

「だけどそんなんじゃ、助かる者もボーナス目当てに死なせているかもね」

「それはないわ。ラボ内での不手際は徹底的に追及される。あなたは外で勝手にエーテル飲んだ、どうなろうとラボの責任にはならない、おいしいケースだったのよ」

「カツ丼食いそびれたってところか、いい気味だぜ。で、アンタは事務員さん」

「女だからそう思うの」

「そうじゃないけど、偉い人なら、運転手なんてしないでしょ」

「偉くはないけど、山村の同僚よ」」

「俺の担当は山村さんでしょ」

「彼の免許は自動運転車限定よ。私は佐伯静香、3ラボの研究員として、あなたたちのこともできる限り支援するわ。よろしくね、黒塚君」

 佐伯静香は慣れた様子で車を走らせる。窓に流れるのは洗練された都会の景色。このあたりは重点的に整備されて首都の面目を保った一画で、夜だったら夜景が綺麗なはずだ。ハネが足をのばしたことのない地域だ。それに自家用車に乗るのも久しぶりだ。ニ三年前に、おふくろのパトロンだかのジジイの車に乗ったことがある。あれはもっと高級感のあるやつだった。しかしこれがボロというわけではない。標準クラスの乗用車で、新車かもしれない。ハネの家の周りにあるのはポンコツばかりで、そんなのと比べたら雲泥の代物だ。

「紅河サロメさん、あなたの彼女」

 少し会話が途切れたあとの、佐伯静香の唐突の言葉に、

「違いますよ。彼女とは、あの日、キクモリ公園で話すまで、口を利いたこともなかったんですから」

「彼女、優秀よ」

「聞いてます」

「将来のエース候補。ちなみに、担当は私よ。今日も、君を送って帰ったら、訓練のことで話し合うの」

「じゃあ、よろしく伝えといてください」

「山村君は、あなたに期待しているわ」

「俺は無理です。戦いとか、向いているとは思えません」

「そう。でもそれじゃあ、長生きできないわよ」

 声は優しく、言葉はシビアである。

「やるって決めたならチャンピオン目指さなきゃ、でしょ」

「・・・・」

 部活のマネージャーみたいな明るい声で励まされても、である。

 家の近くで車を停めてもらう、

「わかっていると思うけど、フィジカルサイバーになったことは秘密よ。ラボのことも話さないで。あなたの身の安全のためにもね」

 そのことは、来島からもきつく言われている。

「おふくろにだって、話はしませんよ」

 ハネは、車を降りた。

「また、会いましょう」

 運転席の窓から顔を向ける佐伯静香に、ハネは目を瞠った。車の中では後部座席から、ルームミラーに映る眉間のあたりを見るだけだったが、それもしなやかな柳眉と冴えた光を放つ瞳の際立つ印象であったが、こうして車の窓越しにその顔を見れば、ファッション雑誌の表紙を飾って当然の美貌であり、車は見とれているうちにも走り去っていった。

 ハネの家は老朽化の目立つ一軒家で、安普請ひしめくドブ臭いスラムがハネの暮らす町である。ハネは真っ直ぐ家に帰らず、細い路地に入っていって、しばらくして戻ってきた。

 家の玄関のドアのノブをつかむ。鍵はかかっていなかった。おふくろは家にいる時は鍵をかけない。外出している時もたまにかけ忘れていることがある。この界隈では不用心極まりないが、泥棒に入られたことは一度もない。まあ、外から見ただけで、金目の物のないことは一目瞭然の家ではある。

 きしむドアを開けて入る。二十日も眠っていたらしいのだが、その間の意識はないので、いつもの学校からの帰りと同じ感じだ。

 狭い家だ。リビングのドアを開けると、おふくろがちゃぶ台でカレーライスを食べていた。肩下までの黒髪は滴るごとく艶やかで、Тシャツにスカート。カーペットを敷いた床にあぐらをかいて、しかし背筋はピンと伸ばして、テレビを見ながらカレーライスを食べている。いつものおふくろだった。

「ただいま」

 声をかけたが見向きもしない。下ネタ垂れ流しのバラエティー番組に見入っている。だが、これぐらいは想定内だ。

「なんだよ。一人息子が帰ってきたのに、シカトかよ」

「フン、我が子ながら、出来が良すぎて涙がでるよ」

 いつもの皮肉をひとくさりだ。

「学校にも行かずに、どこをほっつき歩いてたんだい」

「意識をなくして、病院で寝てたんだよ。それで連絡も出来なかったけど・・・」

 病院と聞いて母親が振り返った。

「今まで入院してたっていうのかい。病院代、どれだけかかると思ってんだい」

「タダだから心配すんなよ」

「タダだって・・」

 疑うような表情。

「キクモリ公園のテロに巻き込まれて意識を失ったのさ。それで、公的な災害みたいなもんだからって、医療費は免除になったんだよ。それより、息子が入院してたと聞いて金の心配かよ。親だったら普通、体のこと心配してくれんじゃないの」

「だっておまえ、ピンピンしてるじゃないか」

 母親はしれっとして言った。

「親に心配かけまいとして、気丈に振る舞ってるかもしれないじゃないか」

「笑わせるんじゃないよ。そんな殊勝なタマかい」

「これでも、そんなことが言えるのかよ」

 ハネはちゃぶ台に封筒を叩きつけた。母親は手に取り中身を改める。

「千八百円。病院の事務所を荒らして一稼ぎかい」

「バカ言うなよ。悪さはしても盗みはしないのがモットーだぜ。それは支度金としてくれたのさ。俺は学校をやめて仕事に出るんだ」

「ろくに高校も卒業していないのに、こんなまとまった支度金くれるヤツなんているのかい」

「いるさ。だからその金があるんだろ」

「どうせろくな仕事じゃないね。ヤクザの子分か盗っ人の手先、詐欺師の相棒。やれやれ、あたしまでサツに引っ張られるのは勘弁だよ」

「さんざん見くびってくれるけどな、こちとら政府の仕事をやろうってんだぜ」

「政府の仕事だって、おまえに公務員試験を通る頭があるのかい」

 母親は本気にしない。まったく、ハネが一番苦手なとするのがこのおふくろ、黒塚ルリ子である。

「そんな正式なもんじゃないけどさ、大学出の役人たちがやりたがらないような仕事を、代わってするのさ」

「どんな仕事だい」

「言えないよ。守秘義務ってヤツだ」

「おや、難しい言葉を知ってるじゃないか」

 魚を狙う猫のような目を向けてくる。今年で四十二のはずだが、三十代前半と言っても余裕で通る。すっぴんでも人目を惹く美人で、スタイルに崩れもない。ハネは風俗嬢がどんな仕事か知らないが、ませたクラスメートが、ハネの母ちゃんなら今でもトップ取れるなどとぬかしていた。実際、キャバレーでは稼ぎ頭だそうだが、その割にはロクな物食わせてくれない。

「まあ、そんなわけで、その金は取っといてもなんの心配もいらないぜ。初任給もらったら丸ごとおふくろに渡そうと思ってたから、初任給とは違うけれど親孝行の先払いさ」

「孝行息子でありがたいよ」

 急に猫なで声となり、

「で、夜羽さん、いくらもらったんだい」

「いくらって、手元にあるだろう」

「何年おまえの母親やってると思ってんだい。殊勝なこと言ってるけど、出してもせいぜい五割。四千円は手に入れてるはずだよ。さあ、出しな」

「五百円しかないよ。けどこれは、仕事で使う靴や服を買わなきゃならないのさ」

「そんなの百円もありゃ足りるだろう」

 ハネから四百円むしり取り、

「服を脱ぎな、ズボンもだよ」

 身体検査までしようとする。

「なんて顔するんだい。私に脱げと言われたら、大概の男どもは喜び勇んですっ裸ななるんだよ」

「カモの変態オヤジどもと一緒にするなよ」

 ハネはパンツ一つになった。

 母親は服を調べ、裸のハネに目をやり、

「いいよ」

「「喜んでもらおうと思って、いそいそと金を持って帰ったのに、疑うなんてあんまりだぜ」

 ハネはぶつくさ言いながら服を着た。

「腹減ったぜ。おっ、カツカレーなんて食ってるじゃん」

「「おまえのはないよ」

 母親はちゃぶ台に向かい、テレビを見ながらの食事を再開した。

「金があるんだから、買って食いな」

「わかったよ」

 荒々しくドアを閉めて階段を上がる。自分の部屋に入ってドアを閉める。キツくて抜け目のない母親だ。一緒にいると神経をすり減らす。クラスメートたちは美人の母親を羨ましがったが、ハネはあれこれと子供の世話をやく彼らの母親をどれだけうらやましく思ったか。だが、あの母親のおかげでこういう周到さ、用心深さが身について。

 ドアを開けて外に誰もいないのを確かめてから、閉め切った部屋の中でフィジカルサイバーになる。手裏剣のポケットに手を入れると、封筒が出てきた。

「コイツは画期的だ」

 ハネは家に入る前に路地裏に入り、人目のないのを確認すると、来島からもらった封筒を出して、母親に渡す分の千八百円を別の封筒に入れて、恐らく取り上げられるだろうと想定している五百円は財布に入れて、その封筒と財布は服のポケットに戻して、残りの現金の入ってる封筒は近くの地面に置いてフィジカルサイバーになった。そして忍者コスチュームのポケットに残りの現金の封筒をしまい込み、コスプレを解除した。こうすれば、逆さにされたって、コスチュームのポケットの現金は出てこない。そして一人になってから、コスプレして現金を取り出す。この方法はラボのトイレで百円札を一枚使って安全性を確かめてあった。

 ハネはコスプレを解くと、早速封筒の現金を確かめた、七千円以上あった。一万円もくれていたのだ。思っても見ない大金である。服や靴を買って、だが、その前にスマホだ。ハイグレードのヤツ。来島はサイバーは高給取りとか言ってたけど、いいこと有りそうな気がしてきた。私服に着替えるとニ三枚財布に入れて、残りはジャケットの内ポケット深くにしまう。いったん目をすり抜けたとはいえ、家に置いておくのは危険だ。異様に嗅覚の鋭いおふくろなのだ。

「どこへ行くんだい」

 階段を降りて家を出ようとすると、母親に呼び止められた。

「メシ食いに行くんだよ」

「なんか作ってあげるわよ」

「さっき、買って食えって言っただろ」

「邪険にして悪かったわよ。生まれつきのへそ曲がりなのさ。本当はずいぶん心配したのだよ」

 そんなふうに言われると、やはり母と子である。

「俺も心配かけて悪かったよ」

 打ち解けた気持ちになる。

「月給取になるなんて、まだ子供だと思っていたら、夜羽さん、大人になったね」

 母親はしみじみとし表情で、ハネの襟元に手をやる。

「そうでもないよ」

「そうだよ。だって、手に入れた金のあらかたを私に取られても、むくれた顔一つしない。いつものおまえだったら、一枚でも取り返そうとつかみかかってきそうなのに、さばさばしている。大した気風の良さだよ。大人ってえのは、そういうところに表れるんだよ」

 誉めそやして顔を近づけたルリ子は、

「それとも、まだ他にもあるのかい」

 穏やかなまなざしが、猫の目のように、急に探る色へと変わる。

「ねぇよ、そんなもん」

 ハネはとっさに返すと、

「学校に顔を出さなきゃならないし、やっぱ外で食ってくるわ」

 靴を履くのもそこそこに玄関を飛び出すと、

——あぶねぇ、やっぱこの金は家に置いとけない——

 難を逃れた心地で、思案を巡らせるのであった。

 腹が減っていたが、まず学校へ行くことにした。

 校門を抜けて校庭を歩く。放課後、生徒たちが校舎から出てくる見慣れた光景。ハネも、二十日間昏睡状態だったとはいえ、記憶の中ではつい昨日、彼らと同じように下校したのである。その学校生活が唐突に終わった。まあ、来島に見透かされたように、それが至極残念というまでではないのだが、釈然としない気持ちはある。

 ハネは職員室を訪れて、担任に挨拶をした。

「ご心配をおかけしました」

 ハネは勉強ができないだけで、不良というわけではない。なので教師や他の大人たちに対する態度も常識の範囲内だ。

「黒塚、よく無事だったな。キクモリ公園の事件のあと、おまえが行方不明だと聞いて心配していたのだ。そうしたらほんの数時間前に警察から連絡があって、おまえがどこかの病院で手当てを受けていて、今日退院すると聞いて安心したのだ」

「ヨシキたちの葬式に出られなくて、残念です」

「病院で寝ていたのなら仕方ないさ。ところで、おまえと四組の紅河のことを聞いた。学校やめるらしいな」

「はい」

「事情は聞かないが、キクモリ公園の事件では、田代をはじめ本校の生徒が七名も亡くなっている」

 田代はヨシキの苗字だ。

「これ以上若い者のそんなニュースは聞きたくない。命だけは大事にしろよ」

「はい」

 答えたハネだが、どうやらこの先待ち受けているのは、安全など、薬にしたくもないような世界なのだ。


「ニュー東京の夜景は、一度栄光を失うと、取り戻すのは至難の業と教えてくれる」

 ホテルの高層階の一室。嵌め殺しの大窓よりニュー東京の夜景を眺めているのは、白人の男だった。髭面の中背だが、体つきはがっしりしていた。

「映像で見たが、二十一世紀の東京の夜景はこんなものじゃなかった」

「核攻撃を受けて、一度壊滅しかけて、それからだっていろいろあったみたいですからね。いわゆる暗黒時代ってやつが長かった。本格的に復興が始まったのは、大災厄から半世紀以上も経った、三十年ぐらい前でしょう」

 ソファーでウイスキーを飲んでいる男が言った。瘦せた男で、柄物のシャツにアイボリーのパンツ、金の指輪に金ネックレスとゴールドのロレックス。光り物でチャラチャラ飾った遊び人な感じだった。

「三十年も経ってるんだぜ」

 言い返したのは向かいのソファーの一人だった。南米あたりの出身を思わせる褐色の肌で、飾りは身につけていないが、鍛え抜かれた肉体の金銀よりも目に映える、ミドル級のボクサーのような男だった。

「日本の国力ならもっと復興しててもいいはずだ。北海道に、成長センターの座を奪われたからだ」

「そりゃあ、北海道にはブラックノヴァがあるからな。地球の科学技術の遥か先を行くスーパーテクノロジーの眠っている宝の宮殿だ。世界の金も関心もそちらに向かい、食い物も女も今じゃあっちが一番だ。東京でうだうだやってないで、俺たちも乗り出しますかい」

 楽しそうにな遊び人風の男に、

「正気か」

 ボクサーが顔をしかめる。

「こいつは度胸一番のカルロスの兄貴らしくもない。北へ行くと聞いて、怖気づきなさったかい」

「誰が怖気づくか。いざとなったら、いの一番に札幌に乗り込んでやるよ。だが、考えなしに虎の巣に踏み込むのは、ただのバカだろうが」

「北海道にはアメリカのグリップがキツイし、ロシアやイスラエルをはじめ、各国の肝いりの組織もひしめいて、おっかないのがうじゃうじゃいやがる。東京のぬるま湯気分で足つっこむと、とてもヤケドじゃ済まないぜ」

 窓辺に立って、グラス片手に夜景を眺めていた男が、仲間たちを振り返りる。

「フリオ、おまえはススキノで遊びたい腹だろうが、それには、もっと地力を付けなきゃな」

 遊び人フリオは、しおらし気な顔をして、

「わかりましたよ、ロルカの兄貴。で地力をつけるって、具体的には」

 ロルカの兄貴と呼ばれた、このグループのリーダーらしき男は、

「エーテルと金、そして俺たちのレベルアップだ」

 答えてグラスの酒を飲んだ。

「それじゃあこの前みたいに、手に入れられたはずのエーテルを、横取りされてちゃダメなんじゃないですか。ユアン兄さん」

 フリオは向かい側のソファーの、カルロスの横のもう一人の仲間に、非難の目を向けた。

「お前たちはあの場にいなかったから、そんなことが言えるんだ。サイバー特課のヤツら、こちらの取引相手に警告もなしに銃弾を浴びせやがった。まったく、政府機関のすることかよ。こちらがなにをする間もなく、不意打ちで殺しまくって、ブツを奪っていきやがったんだ」

「気合が足りなかったんじゃないのか。相手がそこまでして欲しがるものなら、体張ってでも取にゆかなきゃ」

 カルロスも、血の気の多そうな顔でユアンを睨む。

「カルロス、おまえ仲間内で喧嘩おっぱじめるつもりか」

 ロルカが、𠮟るような視線でカルロスを一瞥して、

「ユアンはよくやっている。サイバー特課が荒っぽい手に出たのは、ユアンたちがフィジカルサイバーになったら、勝ち目がないと思ったからだ。向こうは例のサムライが倒されて、サイバーは大きく戦力ダウンだからな」

「俺も、ユアンとケンカしようなんて思っちゃいない。幼馴染だしな。だがこのところ、里心がついているように見える」

「ユアンの兄貴は故郷の恋人一筋だからな。俺たちみたいに、適当に遊べばいいのさ。そうすりゃあここも楽園。故郷に残した恋人なんぞ、思い出しもしないんだぜ」

「フリオは、おまえは遊びすぎだぜ」

 能天気な弟分に苦い顔するカルロス。

 ユアンは一人打ち解けず浮かない顔をしている。カルロスと同じように逞しい体格をしているが、故郷の恋人を思っているのか心の遠くにあるような表情をしている。カルロスやフリオと比べると繊細そうな白人青年だが、しかしその顔はキクモリ公園でヨシキを殺した、あのアーマーソルジャーであった。

「まあ東京も、エースのサムライが倒されて、急いで次のエース育てる必要に駆られているかもな。で、持ってかれたエーテルは何本です」

「二本だ」

 ロルカは答えた。

「たったの、ですか」

 カルロスは拍子抜けの表情であった。

「名前付きだと聞いている」

「ジョブはサムライですか」

「忍者だったと聞いている」

「それなら心配いらない」

 フリオが陽気に断言する。

「コソコソ動いて妙な目くらましを使ったりするが、忍者なんて二流ジョブだぜ。まず、うちらのアーマーにゃ太刀打ちできない」

「名前付きは化けるぞ」

 ロルカは、そこまでなめてかかれぬ表情。

「サイバー特課よりも、いま注意すべきは中国のチームでしょう」

 フリオが、真面目な顔になる。

「大阪は完全に中国のシマで、こっちにまでのしてきやがった」

「北はアメリカ、西からは中国で、この国も窮屈になってきた」

 ロルカはグラスを前に突き出し、カルロスがボトルの酒を注いだ。

「だが、もちろん撤退はない」

 ロルカは酒をあおる。

「俺らも、正念場ってとこですかね」

 フリオはむしろ楽しそうだ。

「特課のサムライを殺ったのは、中国のメンバーだと聞いたが」

 それまで関心もなさそうだったユアンが、確かめるように聞いた。

「そうだ、ヤン・ウイリー、エーテル名『武侠林冲』」

 ロルカの言葉のあと、ニュー東京のホテルの高層階の一室は、しばし静寂に落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る