第5話コスチューム

 至近距離で顔に向けられた銃口が火を吹き、立て続けに銃声が響く。ハネはその場に固まって、死んだかと思ったが痛みはない。頭部を触り、無傷なのを確認してほっとする。

「いきなり、なにするんですか」

「サイバーコスチュームの強度を教えてやったのだ。三発、頭部に命中したが、指で小突かれたほどの衝撃もなかったろう。この距離ならドラム缶をぶち抜く九ミリパラが、まるで紙鉄砲だぜ」

「ご親切に教えてくれてどうもだけどさ、やるんだったら足にしてくれない。顔っていうか頭部は、なんかあったらイチコロでしょうが」

 ハネは猛抗議した。

「ちゃんと安全性を確かめてある。危険はない」

「あったでしょうが、一度」

 山村がタブレットをいじりながらツッコむ。

「アレは、アイツがだな・・」

 言いかけて、具合悪そうに口をつぐんだ来島は、

「そんなことよりコスチュームの点検だ」

 話を変えた。

 命の恩人ではあるけれど、このオッサン、素直に恩に着てたらヤバいかもと、ハネは思った。

 山村は既にタブレットのカメラで、ハネを撮影していて、前後左右三百六十度撮ったハネの画像は、すぐさまデータ化されて、ラボのコンピューターに転送される。

 来島は、ハネの頭の先から足の先まで丹念に見分したが、ハネも、瞬く間に身につけたコスチュームを、見たり触ったり、着心地を確かめたり、注意深く確認する。

 コスチュームは一見忍者の黒装束っぽく見えて、その実まるで違うものであった。まずこれは、頭部から体全体が一体成型のようで、普通に着たり脱いだりするのは無理っぽい。手袋と靴は別のようだが、手袋は絹の手袋のように薄く、しなやかでタイトだ。靴は、サロメと同じブーツだ。

「武器を見せてみろ」

 来島はに言われて、ハネは装備を改める。腰にベルトを巻いていて、なにかを収めたケースがいくつか付いている。また、ボディスーツの左脇にもポケットがあり、右手を入れると何かがあって取り出した。縦横十センチぐらいの十字の形をしたそれは、それは、多分手裏剣である。忍者マンガに出ていたのとそっくりだ。しかしこれはポイントカードぐらいの薄さで、素材もプラスチックか、トランプ並の軽さだった。ほぼ殺傷力0のこんなものが役に立つのか、一枚手に取り、来島に向かって投げるしぐさをしたら、

「そんなもの、気安く人に向かって投げるんじゃない」

 来島に怒鳴られた。

「自分は人に向かって、銃をぶっ放しといて、そんなに怒ることないでしょう」

「黒塚君、ソレ、あの的に向かって投げてみな」

 山村が指さしたのは、二十数メートル先の人型の的。

「こんなプラスチック、あんなところまで届きませんよ」

「いいからやってみなよ。当てるつもりでね」

 ハネはそこまで言うならと、的を狙い、素早く腕を振り出した。しなった腕より投じられた手裏剣は、オレンジ色の光を撒きながら宙を飛び、二十数メートル先の標的に突き刺さった。

「ウソでしょう」

 ハネは標的まで走った。手裏剣は堅い合板の的に、三センチぐらいの深さで刺さっている。

「それはプラスチックじゃない。トータルサイバーバース製の特殊素材で出来ている。投げると表面にコーティングしてある反重力素子が活性化して推進力を生み出して、見ての通りの威力だ」

「ソイツに当たると、致命傷まではゆかなくとも、かなり痛いのだ」

 来島はむすっとした表情。

「来島さんは、一度食らっている」

 山村が打ち明ける。

「余計なことを言うな」

 不快な表情を見せる来島だったが、

「敵にやられたんですか」

 ハネは興味をそそられて聞いた。

「いや。君に祝砲をぶっ放したみたいに、ある男に拳銃を撃ったんだが、ちょうどその瞬間、ソイツがコスプレを解除して、弾は顔面にもろ当たりで瀕死の重傷だったがどうにか命はとりとめた。で、回復したソイツが、お礼にと一発お見舞いしたんだ」

「昔のことだ」

 来島は苦り切った顔。

「その人はどうなったんです」

「さすがにここには居にくくて、よそに移ったよ」

「無駄口たたいてないで、手裏剣は何本ある」

 不機嫌そうな来島に言われて、ハネは、薄い、プラスチックのオモチャみたいな手裏剣を数えた。

「二十九本です」

「装備数三十本か。まあそんなとこだろう。しまっとけ」

 ハネは手裏剣をボディスーツのポケットに戻しかけて、

「コレ、こんなところに入れておいて、大丈夫ですか」

 手裏剣がポケットの中で暴発しないか心配した。

「投げて、一定以上の推力を与えないと反重力素子は活性化しないから大丈夫だよ」

 山村は答えた。

「弾倉に入れてる実弾が破裂しないのと同じぐらい安全だ」

 来島も、不機嫌そうな表情のままに、安全性は請け合った。

「これは?」

 十字手裏剣をポケットにしまい、ハネはベルトに差してあったソレを引き抜いた。長さも太さもボールペンぐらいの円筒の棒で、先端が鈍く尖っている。

「ソイツは棒手裏剣だ、気安く投げるなよ。威力はライフル並だからな」

 来島の言葉に、ハネは肩をすくめて、棒手裏剣をベルトに戻した。

「何本ある」

「六本です」

「他にもあるが、次はメインウエポンだ。背中のヤツを抜いてみろ」

 来島に言われて、初めて背中に刀があることに気づいた。鞘に収まっていて、抜く時は鞘の上部が割れて抜き易くなる親切設計だ。抜いてみると、これもやはり鋭利で物切れする一般的な刀剣ではない。刃先などは全然鋭くなく、指で触れたとしてもケガしないぐらいだ。もちろんハネは、現在は忍者コスチュームのグローブをしているので、素手では触れられない。アートな感じすらするフォルムだが、サロメの大剣と比べると、一般的な刀剣のイメージに近い。長さはサロメの大剣より短く、刃渡り七十センチぐらいか。力強さは感じるが、サロメの大剣と比べると迫力で及ばない。迫力と言うよりは禍々しいまでの凄味が、アレにはあった。サロメの大剣が龍とするならば、向こうを張って虎と言いたいところだが、狼ぐらいか。なんであれ、物騒な雰囲気の代物ではある。

「ソニックソードだ」

 山村は、ソレが何であるかを告げた。

[・・・・」

 二十二世紀も終わりごろの現代に、刀というのもアナクロな感じであり、 自分がこれを使ってなにをするのか、ピンとこないハネであった。

「これがおまえのメインウエポンだ。これでないと、あのアーマータイプのフィジカルサイバーには対抗できないぞ。手裏剣は効かないからな」

 来島の言葉に、

「あいつらに会ったら逃げますよ。そりゃあ友達の仇は討ちたいけど、こんなもの使って殺し合うなんて、マジで引けますからね」

 エーテルを飲んだときは、ヨシキの仇を討ちたい一心で、あとさきの考えもなかった。だが、フィジカルサイバーになって、さあ、それで殺し合えとか言われると、後ずさりする心境のハネであった。

「今さら寝ぼけたこと、ぬかしてんじゃねぇ」

 来島に怒鳴られた。

「ええっ」

 意味もわからず驚くハネ。

「まだ彼の置かれた状況について、なにも説明してませんよ」

 山村は取りなすように言うと、温和な表情をハネに向ける。

「・・・・」

 なにを切り出してくるやらと、ハネは身構えた。

「君はエーテルを飲んで、命を落とすことなくフィジカルサイバーとしての能力を獲得した。その時点で政府の特殊戦闘要員に任命されたことになり、これは拒否できないのだよ」

「ハアッ、いきなり戦闘要員とか、物騒なものに任命されて、しかも拒否できないとか言われたって、納得できませんよ」

「おまえが飲んだアレは、政府の物だったのだ」

 来島がじれったそうに口を出した。

「金に目のくらんだ職員が闇のルートに横流しやがった。それがキクモリ公園で取引されるとの情報を得て、俺たちは取引現場を襲いブツを奪い返した。しかし敵のサイバー野郎が暴れ出してあの惨事だ。俺は目的の物を回収してそのまま撤収してもよかったのだが、おまえが殺されそうになってるのを見かねて助けたのだ。その際預けたエーテルを、勝手に飲むとは何事だ」

「さっきは、許してくれたじゃないですか」

「あれは、おまえがこちらのフィジカルサイバーになると思っていたからだ。拒否するのなら、五百万円払ってもらう」

「五万円でも気が遠くなるのに、五百万なんて一生かかっても無理だよ」

「だったら四の五の言うな」

「いや言わせてもらうよ。そもそもそんな大事な物を横流しされるなんて、政府の落ち度じゃないか。それを棚に上げて善良な市民に面倒押し付けるなんて、間違ってるぜ」

 ハネは正論のつもりだったが、来島は半笑いであしらう。

「この国が、もっとしゃんとしていた頃には、そんな理屈も通ったかもしれん。だが、国はガタガタだし、花の都はこのありさまだ。それでも政府は国民を守らなきゃならない。なりふり構っちゃいられない。無理も無体も承知の上よ」

「開き直られたって、物騒なことに巻き込まれるのはゴメンだよ」

「なあハネ、今のおまえを羨ましく思ってるヤツはごまんといるんだぜ」

 来島は一転、おだて上げる口調で、

「その忍者コスプレを鏡で見てみろ。実にクールだ。イケてるぜ。そいつで悪党サイバーどもをやっつけりゃヒーローよ、巷は拍手喝采だぜ。実際、フィジカルサイバーになるたまなら命も差し出すってヤツは多い。だが、言ったように適合する者はほんの一握り。多くの者が悔し涙を流して去るのだ。それなのにおまえは、幸運にも得たその能力を世の中に役立てもせず、無為に生きるというのか」

「縛られた有意義より、自由な無為がまだしもです」

 ハネも口八丁な方じゃないが、ここは簡単に折れられない。

「ここまで言ってもわからないとは、情けない野郎だ。それに引き換えあの紅河って子は、女子ながらにも大した勇者ぶりだぜ」

「紅河サロメを知っているのですか」

「君を病院まで運んだのは彼女だよ」 

 山村が答えた。

「名前も言わずに、忍者コスプレで顔も見せずに立ち去ったけど、我々は防犯カメラの映像などから、すぐに彼女と突き止めたのだ。話したら、快く承諾してくれたよ」

「おまえがぐーすか寝ている間に訓練に入っていて、今までにないほどの才能で、将来のエースと評価されている」

 嫌味たっぷりの来島の言葉など気にも止めず、ハネはサロメがあっさりとこの連中に従ったのが意外だった。話したのはあの時が初めてだが、とてもそんな、しおらしいタイプには見えなかった。

「彼女はキミよりも世の中を知っている。逆らっても無駄だとわかっているのさ」

「・・・・」

 山村の言葉に、ハネも考えた。

「政府に逆らってまともな生活をしていけないぐらい、おまえもわかるだろう」

 来島も重ねて言う。

「だけどオレ、まだ高校生なんですけど」

 ハネの言葉に、来島は鼻で笑った。

「おまえの成績表見させてもらったぜ。勉強が好きでたまらないってタイプじゃないよな」

 そこを言われると、返す言葉もないハネである。

「だが心配するな。学校に行かなくても、来年の春には卒業証書が届くようにしてやる。俺たちには、造作もないことだ」

「わかりましたよ。そんな力のある人たちに逆らっても無駄ですね」

「ようやくかい。だったらまず、コスプレを解け」

 ハネはまた、頭の中でスイッチを操作する。精神領域を客体的に捉えて、そこに触覚に似た感覚が生じるのも不思議な感じだった。コスチュームを解くと、シャツとズボンのコスプレ前の服装である。

「もう一つわからせてやる。ほれ」

 来島は封筒を投げ渡し、受け取ったハネは、中を見て驚いた。

「どうだい」

「見たこともない大金です」

 すべて百円札で、かなりの枚数だった。

「支度金だ、取っておけ。と言っても、そっちで支度することなんてないがな」

 来島は気前よく言ってのけると、ハネの肩を叩いた。

「サイバーは高給取りなのだよ」

 ことほぐような来島の笑顔に、胡散臭さを感じたハネだが、大金は魅力だ。ポケットに入れるとホクホクした気持ちになる。

「今日は帰っていいぜ。今後のことはまた後で連絡する。無事な姿を見せておふくろさんを喜ばせてやれ。ついでに大金も拝ませたら、盆と正月がいっぺんに来たっておめでたさだぜ」

 来島は古臭い言い回しで笑った。

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