第14話
その姿を見る男が一人いた。
長峡仁衛の戦闘を呆然と見ていて、なんともつまらなそうに欠伸をする。
彼の手元には長い筒の様な道具が握られており、その近くには、金魚の様な畏霊が浮遊している。
「
男は電柱の上に座っていた。
そのまま、飛び降りると共に、後ろを振り向く。
金魚の姿をする畏霊の口から、蚯蚓の様な、長峡仁衛が先程戦っていたワームが伸びて来る。
「文字通り、雑魚だな」
その言葉と共に。
男は棒筒を金魚に向けて投げる。
棒筒が金魚の口に入ると共に、男は人差し指と中指を建てて、指を一本、真横に引く。
「『
その言葉と共に、棒筒が溶ける。
すると、棒筒を食わされた金魚から、膨大な炎が噴出する。
「神胤と煉り合せた炎だ、良く効くだろ?雑ァ魚」
そう言って、金魚の畏霊が燃えて死滅する。
未だ、炎が肉体を焦がす金魚の死体に向けて手を伸ばす。
男の手から神胤を放出すると、炎は風に煽られるかの様に舞い、男の手の中に戻る。
そして、今度は一振りの刀と変貌した。
「まあ、…様子を伺うとするか」
そう男は言った。
今夜は、長峡仁衛を見逃すと、そう決めたのだった。
黄金ヶ丘クインは目を覚ます。
素早く体を起こして目を擦った。
「(先程の映像は…)」
彼女の脳髄は基本的に街中の設置した監視カメラの情報が流れてくるようになっている。
尤も、そのまま運用してしまえば莫大な情報量が脳に負荷を掛け、細胞が焼き切れてしまう為、制限などをかけて特定の情報がカメラに入る事でアラームが鳴るように設定している。
基本的に黄金ヶ丘クインがアラームを設置している条件は、多々あるが、その内の一つが監視カメラに畏霊が映る事であり、そしてもう一つは監視カメラが暗転してしまった時だ。
以上二つの内、どちらかがが発生した場合、彼女の頭の中にアラームが鳴る。
それも、緊急アラートレベルが最大なので、音が鳴ると眠けすら吹き飛ばしてしまう程に強力だった。
彼女は頭痛を感じながら急いでベッドから離れる。
自らの部屋を飛び出して、黄金ヶ丘クインはモニタールームへ向かった。
部屋の中に入ると同時にモニターを確認する。
リモコンを操作する時間すら惜しくて、自らの神胤を電波に変えて直接モニターを操作する。
映像記録の時間操作を行い、彼女は暗転したであろう映像を探る。
「(これ…違う、これかしら…あ、あった)」
探ってみると映像が暗転している様が確認出来る。
しかも一箇所だけではない。
複数の監視カメラが『信号なし』。
つまりは画面が暗くなっている。
基本的に監視カメラが映らなくなるのは、カメラの不調が原因だ。
だが監視カメラは数十秒ほどしてすぐに復帰する。
ただのカメラの不調だと人は思うかも知れないが、カメラは定期的に点検を行っている。
それも、二週間前にだ。
だから、カメラの故障はいりえない。
だとすると、もう一つの線が浮上する。
「(
咒界連盟に登録されていない祓ヰ師を、外道、と言う意味合いから
カメラに写らぬ様に、自らの姿を映さないように隠蔽工作をしているのだ。
それが、カメラの暗転の正体だった。
この黄金ヶ丘クインの管理する土地に術師が入り込んだ。
そう思った黄金ヶ丘クインは監視カメラの動画の映像を早送りすると長峡仁衛の姿を捉える。
そして長峡仁衛が畏霊を退治した後のシーンを見た。
そこにはある男の人物が存在していた。
「(この男…中々の手練れ…兄様が気が付かなくて良かった…)」
黄金ヶ丘クインは自分の推測が正しいと判断して、その術師の動向を調べる。
たが、その男は監視カメラに気がつくとそちらに向けて一振りの刀のような物を投げつけた。
それによって監視カメラが破壊され、暗転する。
そこまで見た黄金ヶ丘クインは重苦しい息を吐いて画面に映っていた男の顔を思い出して睨みつける。
「度し難いですね…」
黄金ヶ丘クインは侵入者に対してはとことん容赦がない様子だった。
早々に侵入者を処分しなければならない。
たとえ相手がどのようであろうとも。
どのような理由があったとしても。
彼女が管理する土地に入る者を許さない。
黄金ヶ丘クインが長峡仁衛にこの事を話す事は無かった。
それは決して長峡仁衛に心配を掛けようとはしていない。
例えば、彼にこの事を話したとしよう。
そうすれば、長峡仁衛は黄金ヶ丘クインの命令と称してその男を討伐しに出掛ける事が多くなる可能性がある。
そうすれば、長峡仁衛とその男の実力は、現時点では謎の男の方が圧倒的に上である。
畏霊とは言え、長峡仁衛が討伐した蚯蚓の畏霊よりも格上であろう金魚型の畏霊を一撃で仕留めた事で、長峡仁衛よりも上である事が格付けされてしまったのだ。
故に、長峡仁衛では負ける。
確実に殺されてしまうであろう。
それに、長峡仁衛に伝えなかった理由は他にもある。
長峡仁衛は、現状ではあの男に負けてしまうだろう。
しかし、万が一、時間があり、それに加えて材料さえ整っていれば、確実に長峡仁衛の方に分がある。
それは、長峡仁衛の『封緘術式・戯』の術式性能に由来する。
現状では、式神を強化する事が出来る能力。
これはかなり、他の術師とは違って上位に該当する当たり能力だ。
自分自身が鍛えずとも、他の式神を鍛える事で、個でありながら軍となる事も可能。
一体一体が強力な兵器として運用出来るのも大きい。
長峡仁衛は、今ではまだ実力不足。
しかし、時間を掛ければ最強と謳われる祓ヰ師になれる可能性は大いにあった。
だから、長峡仁衛には大器晩成として強くなって貰いたい所だ。
その為には、長峡仁衛には伝えずに、彼女自身が対処した方が早い。
「…さて」
黄金ヶ丘クインは、食堂へと向かう。
既に、辰喰ロロが食事の準備をしていて、彼女の為に、辰喰ロロは紅茶を出す。
「…ロロ、今夜」
辰喰ロロに、黄金ヶ丘クインは話し掛ける。
「はい、なんですか?」
辰喰ロロは黄金ヶ丘クインに耳を傾けた。
「今夜…見回りをします…なので、二手に別れて散策をします」
と、そう言った。
重々しい彼女の言葉に対して、辰喰ロロは相変わらずの口調だった。
「了解しました、お嬢様」
辰喰ロロは二つ返事で了承する。
そうして、再び厨房へと戻って、辰喰ロロが料理を始める。
その間を待っている黄金ヶ丘クイン。
朝食の時間帯で、朝にしては重たい空気を纏っている。
しばらくして、長峡仁衛が欠伸をしながら現れた。
「…兄様」
長峡仁衛に話しかける黄金ヶ丘クイン。
「ん…あぁ、おはよう」
そう言う長峡仁衛に、黄金ヶ丘クインは早速話を切り出す。
「兄様…最近は良く寝ておりますか?」
一瞬。
彼は反応が遅れた。
眠たくて話が頭に入って来るのが遅れているらしい。
ワンテンポ遅れて、長狭仁衛は答える。
「ん?…いや、寝不足だよ」
はは、と笑う長峡仁衛。
それはいけないと、黄金ヶ丘クインは長峡仁衛に近づく。
「休日ならまだしも、平日は授業もありますし、辛いでしょう…これは当主命令です。本日より、兄様には学業に専念、ついでは、畏霊祓いを中断してもらいます」
「え?いやいや、それだと、夜の見回りはどうなるんだ?」
長峡仁衛は慌てる様に言う。
「ご心配には及びません、私が見回りをします。言っておきますが、交渉の余地はありませんから、携帯端末も、アラームをオフにしておいてください」
と、無理矢理黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛にそう宣言するのだった。
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