第13話
「小冬、お前、クラスメイトと一緒に遊びに行ったんじゃないのか?」
長峡仁衛は銀鏡小冬の方に顔を出す。
すると銀鏡小冬は首を左右に振って言う。
「クラスメイトの皆さまには仲良くして貰いましたが、母はじんさんの傍に居たいので、遊びに誘われましたが、遠慮しました」
と、銀鏡小冬はそう言って長峡仁衛の手に触れる。
「さあ、帰りましょうじんさん。今日のお夕飯でも決めて、買い物でもしましょうか」
長峡仁衛は銀鏡小冬が自分を優先してくれるのは嬉しい事だが、しかし、彼女がこのまま長峡仁衛を優先させるのもどうかと思っていた。
長峡仁衛は、銀鏡小冬と帰ろうとして、後ろに居る贄波瑠璃に挨拶をしようとする。
「贄波、俺も帰、」
其処まで言った時。
贄波瑠璃が嬉しそうに立ち上がり、長峡仁衛と銀鏡小冬に近づいていた。
「もしかして…お二人はお付き合いされているんですか?何処で知り合ったんですか?もう恋人らしい事とか、されているんですか?」
さっきとは打って違って、質問攻めを浴びせる。
興奮している彼女を見て、長峡仁衛は眉を顰めていた。
「私、誤解してました…長峡さんも、可愛い私を狙っている一人かと思ってました」
「…いや、それは無い」
長峡仁衛は手を左右に振って否定する。
「それと、小冬とはそういう関係じゃないよ」
「そういう関係じゃないって…では、どういった関係で?」
長峡仁衛は、間髪入れずに言う。
「小冬とは家族なんだ」
「え?じゃあ、学生婚?夫婦なんですか?」
そもそも、恋仲ではない。
それを伝えようとして、今度は、銀鏡小冬が反論する。
「違います。夫婦ではありません」
銀鏡小冬の否定。
続けざまに言う。
「私はじんさんの母です」
もっと誤解しそうな事を銀鏡小冬は平然と言った。
「…あの、そういう、特殊な、えっちな、アレですか?」
頬を赤らめて、贄波瑠璃はそう言った。
長峡仁衛は首を左右に振る、銀鏡小冬は「違います」とそう言った。
しかし、確かに長峡仁衛と銀鏡小冬の関係性は特殊だ。
改めて説明をすれば、他者からすれば混乱を引き寄せてしまうかも知れない。
「小冬とは血は繋がっていないけど…俺の家族で、大切な人だ、それだけは変わらない」
「そういう事です。母はじんさんを敬愛し、慈愛し、親愛します。母としてじんさんを愛でる、それ以外の感情を、じんさんに向ける事はありません」
と、銀鏡小冬は断言した。
長峡仁衛と銀鏡小冬の関係に、贄波瑠璃は不思議そうな顔をしていたが。
「じゃあ…お二人は仲が良いんですね?」
そう言って嬉しそうにしていた。
「じんさん。この方は?」
銀鏡小冬が長峡仁衛に聞く。
すると、長峡仁衛よりも早く彼女は自分で答える。
「私、贄波瑠璃って言います。あの、差し出がましいのですが…私とお友達になってくれませんか?」
勇気を出して、贄波瑠璃が言う。
銀鏡小冬は首を傾げている。
「お友達ですか。別に構いませんが」
しかし、と条件を加える。
「私の優先は全てじんさんですので、贄波さんは二の次になりますが、それで宜しいですか?」
そう言うと、贄波瑠璃はパァっと満面の笑みを浮かべて、銀鏡小冬の手を取った。
「それで良いです。むしろ、それが良いっ」
なんとも不思議な女性だった。
優先事項は長峡仁衛だと言うのに、自分は後回しで良いと言っている。
あまりにも、不思議だったので長峡仁衛は聞く。
「キミは、何を考えているんだ?」
そう言った。
長峡仁衛に向けて贄波瑠璃は言う。
「表面上で良いんです。友達って、孤独を紛らわすものですから。私は私で精一杯ですし、他の人が、自分に興味を持たれると、それに合わせるのも苦しいですし…」
けど、と銀鏡小冬の手を強く握り締める贄波瑠璃。
「けど、興味が無いと、その心配もありません、一方的に、私の尺度でお付き合い出来る。素晴らしい事じゃ無いですか?」
「その考えはどうかと思うけど…」
長峡仁衛は、歪んだ価値観だと思った。
「と言うか、誰かに可愛いと思われたいんだろ?だったら、それも苦しい事になるんじゃないのか?」
「あぁ…表面上で良いんです、可愛いだけの私の外見だけ見てくれれば、私はそれで十分ですから…何よりも」
贄波瑠璃は、笑みを浮かべて。
「他人の裏側なんて見たくないし、自分の裏側すら、相手に見られたくない、普通の人なら、そう考えるんじゃないんですか?」
そう言った。
誰もが持つ自己の裏側。
本心や腹黒さが見えるそれを、他人に見せる事など殆ど無い。
「だから、私に興味が無い友達が欲しかったんです。銀鏡さんは、長峡さんに興味があって、私に興味がありませんから…」
だから、銀鏡小冬との関係性がベストだと、贄波瑠璃はそう思っていた。
「では、これからよろしくお願いします」
銀鏡小冬は贄波瑠璃に頭を下げると、長峡仁衛の手を再び取る。
「じんさん、帰りましょう」
そう言って、銀鏡小冬に連れられて、長峡仁衛は、教室から出ていく。
「あぁ、じゃあな、贄波」
今度こそ、長峡仁衛は贄波瑠璃に手を振った。
そうして、贄波瑠璃と長峡仁衛たちは、別れる事になった。
その夜。
長峡仁衛は黄金ヶ丘邸の外へと繰り出していた。
夜中には、赫雨が部分的に発生していた。
長峡仁衛は、赫雨によって発生した畏霊をアラームで察知して、討伐をしに来た。
赤い雨が地面を濡らしている。
そして、蚯蚓の様な軟体を持つ生物が、蠢いている。
大きさは、体長も体積も、長峡仁衛とは比べ物にならない。
「(ワームって奴か?)」
長峡仁衛はそんな事を考えながら、懐から士柄武物・無銘を取り出す。
サバイバルナイフ。それを構えると共に、長峡仁衛は隻眼となる。
臨核より神胤を生成して肉体に循環。洞孔から穴径へと通して、式神を繰り出す。
「『輪入道』」
その言葉と共に出現する、木製の車輪に火が灯る、車輪の中心に老いた男性の顔が付いた畏霊である。
銘付き。
人間の恐怖から出現する畏霊以外にも、人間の負の感情を世界が吸収し、それを膿む事で生まれる畏霊も存在する。
その場合は、陰陽師側が記した百鬼夜行絵巻と呼ばれる複数の定型となる畏霊として出現しやすい。
「廻れ」
輪入道に命令すると共に、車輪を回転させて蚯蚓の畏霊に向けて突撃する。
その車輪が、蚯蚓の体に突撃すると共に、肉体を焼く音が響く。
「ッ」
長峡仁衛は、その蚯蚓の畏霊に向けて走り出すと共に、接近して蚯蚓の畏霊の体に無銘の刃を何度も突き刺す。
傷みに悶えて暴れ出す蚯蚓の畏霊。
長峡仁衛は真横にナイフを振って蚯蚓の畏霊の体を掻っ捌く。
黒い体液が付着するが問題ない。
畏霊には必ず、その肉体を維持する為の核が存在する。
その核を破壊すれば、肉体も破壊される事になる。
だから、長峡仁衛は必至に蚯蚓の畏霊に体を突き刺して核を探す。
「(体積がデカい、見つけ辛いな)」
そう思いながら、長峡仁衛は蚯蚓の畏霊の肉体に拳を突き刺す。
ぐにゃぐにゃと、バナナを握り潰した様な得体の知れない感触が掌に感じる。
そして、長峡仁衛は蚯蚓の畏霊の中から硬いものを見つけると、それを思い切り引き出す。
「見つけたッッ」
引っ張り出すと、蚯蚓の畏霊は悶え苦しみ、体をのたうち回せた。
そして、次第に動きが低下すると、そのまま動かなくなる。
「ふぅ…これで良し、と」
長峡仁衛は、引き摺り出した畏霊の心臓核を、輪入道に投げる。
輪入道は、その核を喰らい、齧り付いては飲み込む。
「はぁ…今日はこれで全部かな」
そんな事を考えながら、長峡仁衛は周囲を見回す。
畏霊は、基本的に赫雨の日は一体程出ればそれで終わりだった。
「ん?」
そして、長峡仁衛は輪入道を見る。
その体が震えていて、どうやら、進化をするみたいだった。
車輪が崩壊して、再構築される。
生成される肉体。レザースーツを装着している。
頭部には騎士を思わせるヘルメット。
首元にはバイクのマフラーの様なものが生えた。
脚部にはローラースケートの様に車輪が出現すると、炎と共に回転する。
「『輪入道』改め…『
車輪を回転させて高速移動する常時発動技能『加速装置』。
車輪から発生させる炎を操作して対象に火炎攻撃を繰り出す『火炎放射』。
そして加速する車輪を作り出す『車輪機動』。
三つの特殊能力を宿す進化した式神を長峡仁衛は所持する事になった。
「へぇ…試したいけど、もう夜だしなぁ…」
長峡仁衛は空を眺める。
赫雨を発生させた雨は消えて、満月が浮かんでいた。
長峡仁衛は、このまま、新しい式神の能力を試したかったが、明日は学校なので、これで留める事にした。
「(明日の放課後でも、辰喰に頼んで訓練場に連れて行って貰うか…)」
そんな事を考えながら、長峡仁衛は欠伸をする。
「(帰るか…流石に寝不足だと明日の授業に響くし…)」
長峡仁衛は、式神を解いて、帰路に就く。
家に戻り風呂に入り、そして洗濯物や色々な事をして、実際に眠る時間は深夜の二時頃になる。
起床時間は六時なので、四時間しか眠れない。
長峡仁衛は授業中に眠って睡眠時間を稼ぐかと思いながら、黄金ヶ丘邸へと戻った。
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