第12話


教室では、入学式恒例のイベントが開催されている。

それは、自己紹介だった。

教師が番号を呼び、生徒が立ち上がり自己紹介と簡単なスピーチもする。

十秒程で終わる生徒も居れば、数分間喋りっ放しで、教師が止めに入ると言った生徒も居る。


長峡仁衛はどうするか考えていた。

お調子者の生徒は何処かテレビで見た様な漫才師の一発芸を披露していたり、目立ちたがり屋な生徒は机の上に立ち上がってコンサート会場のボーカルの様に騒いでいる。


ただ、自分の名前を口にして何も言わずに着席する生徒も居た。

長峡仁衛は、どういった自己紹介をするか考えていたが、その内、長峡仁衛の出番がやって来る。


「次は17番」


教師が言う。

長峡仁衛の出席番号だった。

長峡仁衛は立ち上がる。


「長峡仁衛です。ごはんとか、美味しいモノが好きです…えーっと…他には、基本的に寝不足気味なんで、授業中に寝たりするかも知れないです」


「教師の前で堂々とサボり発言かお前」


教師のツッコミにより、やや笑い声が響く。

長峡仁衛は軽く頭を下げて拍手を浴びながら席に座る。

さて、これで長峡仁衛の役目は終わりだった。

取り合えず、頬杖でも突いて起きているフリをして惰眠を貪ろうとする。


「次は、18番」


その言葉と共に、隣の席がガタリと音を鳴らした。

隣の女生徒が立ち上がったらしい、どうやら、隣の女生徒は出席番号も長峡仁衛と近い。


「は…私、贄波にえなみ瑠璃るりです」


黒に赤みが掛かった綺麗な長髪。

片方を纏めて、輪っかの様にしている髪型が特徴的だった。

明るい色のカーディガンを着込んでいる彼女の手は、萌え袖を作っている。

美麗さに、何処か幼さを感じる彼女は、一目見ただけで心を奪われる。


「あれ…もしかして…」「あぁ…この学校に」「最悪…」


女生徒たちは、贄波瑠璃の方を見てヒソヒソと会話をしている。

どうやらそれは悪口の様子で、その内容までは聞こえないが、快いものでは無い事が分かる。


「私…他人の目が、少しだけ怖くて…それで、会話をする時も苛立たせてしまう事も多々ありますが…出来れば、皆さんとは、仲良くしたいです。宜しくお願いします」


緊張しているのか、自らの手を胸元に添えて。

彼女は一生懸命さを感じる自己紹介をする。

教師が、スピーチが終わったと思い拍手をしようとして。


「あと…私が可愛くても、告白とかは、受けられません、…ごめんなさい」


そして、なんともそんな台詞を最後に吐いた。

教師は固まる。女生徒たちは贄波瑠璃を見て苛立ちを覚える。

長峡仁衛は、そんな彼女の問題発言に。


「ははッ」


思わず笑っていた。


入学式のある日は基本的に午前中に終わる事が多々だ。

司波学園も例外なく、午前中に終わり、生徒たちは帰宅モードに入っていた。

長峡仁衛も、銀鏡小冬の元に向かおうとカバンを持ち上げる。


「ねぇねぇ」


女子生徒が話し掛けて来る。

長峡仁衛は女子生徒の方に顔を向けると、彼女ははにかんで見せる。


「これからクラスのみんなと、一緒に遊びに行くんだけど、長峡くんも来る?」


と。

そう女子生徒に言われて、長峡仁衛は首肯しようとしたが。


「(いや…小冬が居るしな…)」


そんな事を考えて、長峡仁衛は首を左右に振る。


「悪いけど、この後待ち合わせがあるんだ」


そう言って断りを入れる長峡仁衛。

女子生徒は残念そうな顔をして、また誘うね、と社交辞令を口にしてグループの輪に入っていく。

長峡仁衛は、銀鏡小冬を待たせてはいけないと思い、すぐさま帰宅の準備を始めていた。


そして、長峡仁衛は教室から出る際に、机に座って、ソワソワとしている贄波瑠璃の姿を見掛ける。

彼女も、グループに誘われないか、待っているらしい。

彼女程の美人ならば、即座に声が掛かるだろうと長峡仁衛は思い、その場を後にする。

隣のクラスに行き、銀鏡小冬が居ないか探す。

そして、銀鏡小冬は、すぐに見つかった。

教室の中心、机には、他の女子生徒たちが群がっていた。


なにやら、グループで仲良くしているらしい。

長峡仁衛は、そんな銀鏡小冬を見て何処か新鮮さを感じた。

あれ程までに、長峡仁衛一筋であった彼女が、他の女子生徒と仲良くしているのだ。

感慨深くなり、彼女の歩みに踏み入れてはならぬと思い、踵を返す。

あの調子ならば、何処か遊びに行くかも知れなかった。

だから、長峡仁衛も、旧友以外の友達を作ろうと自分の教室に戻った時。


「…あれ?」


既に、教室の中には、長峡仁衛を誘ったクラスメイトたちの姿は無かった。

短時間で用意して、即座に遊びに出かけたらしい。

なんという団結力。軍隊ならば必須とされる一致団結さだ。

長峡仁衛は見習うべきか、それとも一人ぼっちとなった孤独を抱くか、その二択を迫られた時。


「…」


教室の隅の机に、女生徒がまだ残っていた。

窓の方を眺めている、贄波瑠璃の姿だった。


「(まさか、誘われなかったのか)」


長峡仁衛は、そう思いながら、彼女の隣に座る。

長峡仁衛に気が付いた贄波瑠璃は、長峡仁衛を見ていた。


「もしかして…」


贄波瑠璃は、長峡仁衛が何故此処に居るのか分からなかったが、唐突に察した。


「…私が可愛いから、ナンパでも?」


首を傾げる贄波瑠璃。

そんなワケが無いと、長峡仁衛は溜息を吐いた。



「俺はナンパしないけど…けど、キミはナンパ待ちだったんじゃないのか?」


長峡仁衛は、教室で見た彼女の姿を思い浮かべながらそう言った。

恐らくは誰かに話し掛けて欲しかったのだろうが、贄波瑠璃には話し掛けられず、他のクラスメイトたちは彼女を置いて遊びに行ってしまった。


「…」


彼女は無言だった。

ただ、無言のままに泣いていた。

長峡仁衛は彼女が泣いて、それが自分の責任だと思うと、少しだけ罪悪感と言うものを覚える。


「昔から…こうなんです」


長峡仁衛に話しかける贄波瑠璃。

長峡仁衛は、彼女の胸に秘められた思いを聞く。


「男子生徒からは、話し掛けられないし、話し掛けて来たら、興奮した目で見て来て、告白とか、されますし…、女子生徒からは、男子生徒に何度も告白されるので、それが原因で総スカンされたり…意地悪な事とかもされたりして…私、一人ぼっちで…学園に入ったら、友達とか出来るかなって思っても…こうして一人ぼっちで」


過去の出来事を、彼女は鮮明に思い出して、また涙を流す。


「でも…そんな私も可愛い」


すぐさま同情出来ない台詞を吐いて来る。


「多分、その口癖みたいなものが原因じゃないのか?」


自分に自信が無いのか、あるのか、分からない様子だ。

少なくとも、彼女の発する自身を上げる様な言葉『可愛い』が、彼女の悲惨な台詞を前菜にしている様な気がした。


「なんとなく、鼻に付くって言うか…」


「でも…可愛いのは、事実ですよね?」


長峡仁衛の方に、潤んだ瞳、萌え袖を口元に添えて、甘える様な仕草をしてみる。

悔しい事ではあるが、可愛いか、可愛く無いか、と言う二択を迫られた場合、十人中十人は可愛いと言ってしまうだろう。


「けど、それを言うから女子からの印象は悪いと思うんだ。口に出さずとも、心の中で思っていれば良いだろ?」


「それは…そうなんですけど…けど、言わないと、自分で言わないと、駄目なんです」


何故、と長峡仁衛は思った。


「私に誇れるものはこれしか無いから…私の、キレイな所だけを見て欲しい」


とそう言った。

長峡仁衛は唸る。

彼女にはそれしか取り柄が無いのだろう。

可愛い事以外が、彼女が唯一の誇れる事だから。

せめてそれを誇示する事で、自分の矜持や、精神を安定させているのかも知れない、と。


「あの」


贄波瑠璃が、考えている長峡仁衛に話しかける。


「ん?」


長峡仁衛が贄波瑠璃の方に顔を向けると、丁度、教室の出入り口に誰かが立っていた。


「多分、あなたを呼んでいると思いますけど…」


それは、銀鏡小冬だった。

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