第11話




食事の席で、黄金ヶ丘クインは時折、手を止めていた。


「…」


なんだか、重苦しい雰囲気を漂わせている彼女に長峡仁衛は心配して聞く。


「なあ、大丈夫か?」


長峡仁衛の言葉に、黄金ヶ丘クインは首肯する。


「えぇ、大丈夫です…少し、お腹が一杯ですので」


その言葉に、辰喰ロロが驚いた。


「(あのお嬢様が満腹?たかが2㎏食べただけなのに?!)」


何処か体調が悪いのかも知れない。

そう思い、心配する辰喰ロロであった。

黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛を見詰めながら、言おうかどうか迷っていた。


「(…霊山一族が、今、壊滅の危機と聞いていますが…これを、仁衛さんに伝えるべきかどうか…)」


黄金ヶ丘クインは、詳細を詳しく知っている。

長峡仁衛にそれを教えた方が良いか、迷っていたが、止めた。


「(既に…仁衛さんは、黄金ヶ丘家の祓ヰ師として頑張っている。伝えるとしても、もう少し先…少なくとも、霊山一族がどうなったか、分かるまでは、秘密にしていた方が良いでしょう)」


黄金ヶ丘クインは、そう思い、納得する。

そして、再び料理を食べ始めた。


「ロロ、おかわりを」


早々に皿を平らげて辰喰ロロにおかわりを求める。

辰喰ロロは、黄金ヶ丘クインが料理を求めて来たので安堵する。


「(良かった、普通のお嬢様だ)」


黄金ヶ丘クインの料理を持っていく、辰喰ロロであった。


深夜頃。

長峡仁衛が眠っている時。

小さく、アラームが鳴り出した。

その音に、長峡仁衛は目を開き、体を起こす。

アラームが鳴っていると言う事は、畏霊が出現したと言う事だ。

長峡仁衛は携帯端末を確認して、畏霊が出現した場所へと急ぐ。

そして祓う。


そして次の日も、深夜頃にアラームが響く。

耳を抑える程に大きな音だ。寝惚けた長峡仁衛は体を起こすと、畏霊を祓う準備を始める。


「…よし…行くぞ」


外へ出払い。

下級の畏霊を討伐。

毎晩、毎日。

アラームが鳴っては、長峡仁衛は畏霊の討伐へと向かっていた。

その度に、式神の強化として共食いなどをさせていたが、そんな日が連日続く。


「…おはようございます」


早朝。

睡眠不足な長峡仁衛は、その様に答えて食堂へと向かっていた。


「…仁衛さん。大丈夫ですか?」


黄金ヶ丘クインが心配する。

辰喰ロロが食堂からコーヒーを持って来る。


「ほら、眠気覚ませよ」


「あ、ども…」


長峡仁衛は熱々のコーヒーを飲む。

近くには銀鏡小冬が居て、長峡仁衛の心配をしている。


「もしかして、連日、畏霊の相手を?」


黄金ヶ丘クインの言葉に長峡仁衛は頷く。


「あぁ…はい、式神、強化しないと、強くなれないし…畏霊を野放しにするのも、駄目だと思うんで…」


「だからって、身を削り過ぎです。休んで下さい」


黄金ヶ丘クインの言葉に、長峡仁衛は天を仰ぎ、目を瞑る。


「そうですよ、じんさん」


黄金ヶ丘クインの言葉に同調する銀鏡小冬。


「明日から学校ですよ」


と、銀鏡小冬は言って、長峡仁衛はその言葉を一旦スルーした。

そして、数秒程の間を開けて、長峡仁衛は聞き返す。


「え?学校?」


三月が終わり、四月。

入学の日が、差し迫っていた。


『司波学園』。

奈波市に建設された教育機関。

全校生徒数は約300名。

制服は学ランとセーラー服である。

色合いはライトグレー。

学生は皆、腕章を所持し、色合いによって学年が定められている。

三年生は紫色、二年生は青色、一年生は赤色となっている。

長峡仁衛は学生服に袖を通す。

何時も、青色の革ジャンを着込んでいた長峡仁衛が学生服を着ると少しだけ幼く見えた。


「サイズはぴったりですね」


既に、セーラー服姿の銀鏡小冬は長峡仁衛の脱いだ衣服を掴みながらそう言った。

長峡仁衛は姿見で自分の姿を見る。背が高い為に、新入生とは思えないが、皺一つ無い学生服が違和感を生じさせていた。


「失態だな…まさか、今日が入学式だなんて…」


長峡仁衛は溜息を吐いていた。

前日話を聞いた長峡仁衛は、前日の内に必要な道具を取り寄せて貰った。


「しかし、本当にありがとう、クイン。小冬も入学手続きしてくれてたなんてな」


銀鏡小冬の戸籍も咒界連盟から取り寄せて、更に学園側に無理を通して銀鏡小冬も学園に入学させたらしい。

黒のブレザー服を着込む黄金ヶ丘クインはなんとも無い様子で頷いた。


「悔しい話ですが…貴方のお目付け役が彼女しか居なかったので、無理を通しました。…本当はかなり不本意ですが…」


敵に塩を送る様なものだ。

銀鏡小冬と長峡仁衛の学園生活を支援している様で、気分が悪いが、仕方が無い。


「ご好意、有難く頂戴します」


銀鏡小冬は頭を下げる。

長峡仁衛はしかし、と不思議そうな表情をしている。


「クインは違う制服なんだな?」


司波学園の指定服は白のセーラー服である。

だが、黄金ヶ丘クインの格好は黒のブレザー服だった。


「えぇ女子学院の生徒ですし、私」


「あー…学校が違うのか」


長峡仁衛は納得した。


「と言うか、学年が違います。私は中等部の三年なので」


「…え?そうだっけ?」


長峡仁衛は驚いた。

悠然とした佇まいをしている彼女が、年上、とは言わないが、同い年と思っていたのだ。


「…まさか気づいて無かったと?あれ程兄様と言っているのに…あ」


黄金ヶ丘クインは口を閉ざす。

とんだボケをかましてしまった。

長峡仁衛の前では、兄様では無く、仁衛さんと呼んでいたのだ。

長峡仁衛の居ない所で何度も呼んでいたので、うっかり間違えて口に出してしまった。


「い、いえ、あの、兄様、と言うのは、む、昔の言い方でして、その、今は」


珍しく慌てている黄金ヶ丘クインに、長峡仁衛は笑う。


「兄様ね、そう呼ばれるの、良いよな…なんだか家族みたいで」


そう言って、大して否定せずに言う。

長峡仁衛の言葉に、黄金ヶ丘クインは、その呼び方で呼んでいいのか、聞いた。


「…その、うっかり、また間違える事があると思いますが…その、うっかりなので、気にしないで下さい」


恥ずかしそうに顔を赤らめて、黄金ヶ丘クインは言う。


「あぁ、分かったよ」


そう言って、長峡仁衛たちは外に出る。

外には、送迎用の車を運転する辰喰ロロが待っていた。

送迎用の車に乗り、先ずは黄金ヶ丘クインが車から降ろされる。


「迎えの時は予め連絡しておくわ」


「了解しました、お嬢様」


黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛の方に視線を向ける。


「では行ってきます、兄様」


そう言われて、長峡仁衛は頷く。

最早、完全に兄様と言う呼び方で通すらしい。


「あぁ、行ってらっしゃい」


そう言って長峡仁衛は手を振った。

黄金ヶ丘クインは微かに手を伸ばして、長峡仁衛に手を振った。


そして振り向いて女学院へと向かう黄金ヶ丘クイン。

既に、知り合いらしき女生徒から話し掛けられている姿を見掛けた。


それを確認した辰喰ロロは車を発進させる。

次に向かう場所は、長峡仁衛と銀鏡小冬の在籍する事になった司波学園だった。


到着すると共に、長峡仁衛と銀鏡小冬が車の扉が開かれる。

メイド姿の辰喰ロロが長峡仁衛を見ていた。


「ありがとう」


そう言って辰喰ロロに感謝の言葉を口にする長峡仁衛。


「あー、別に、これが私の仕事だから、気にするなよ」


そう言って、長峡仁衛に向けて軽く手を振る。


「うわー、高級車だ」「誰あれ?新入生?」「金持ちか?」


長峡仁衛と、銀鏡小冬に奇異な目を向ける司波学園の生徒たち。


「じゃあな。迎えが欲しかったら連絡しろよ」


そう言って、辰喰ロロは車を発進させた。

残された二人、銀鏡小冬と長峡仁衛は、学園の方に顔を向ける。


「本日から、よろしくお願いします」


と、学園に向けて頭を下げる銀鏡小冬。

長峡仁衛も、それにつられて頭を下げた。


「では、向かいましょうか」


「あぁ…っと。その前に」


長峡仁衛は、校舎前の隣に建てられた掲示板を確認する。

自分が何組の生徒であるのか確認する為だ。

生徒たちは、この学園掲示板を見てクラス分けを知る。

長峡仁衛は、自らの名前を確認する。


「俺は…一年二組、か」


長峡仁衛は自らのクラスを確認して、銀鏡小冬の方を見る。

銀鏡小冬は、何とも残念そうに、溜息を吐いていた。


「残念です。じんさん」


銀鏡小冬はそう言った。

長峡仁衛は、彼女の名前を探す。

銀鏡小冬は、一年一組に振り分けられていた。


「あー…こりゃ、残念だな」


長峡仁衛と銀鏡小冬。

クラスが別けられてしまっていた。


「休憩時間に逢いに行きます。じんさん」


「いや、別に来なくても」


長峡仁衛は過保護な彼女を見て笑う。


「何を仰いますか。母はじんさんの母です。その成長を出来るだけ間近で見たいと言うのが親の心情です」


「子には旅をさせろとも言わないか?」


そう言いながら、長峡仁衛と銀鏡小冬は一緒に廊下を歩き、別々の教室へと向かうのだった。


「では、じんさん。また後程」


銀鏡小冬は長峡仁衛の方に顔を向けて頭を下げる。

そして、長峡仁衛も彼女に手を振った。


「俺の所に来るのも良いけどさ、偶には友達でも作ってみたらどうだ?」


「それは、母の台詞です。じんさん」


そう言って、銀鏡小冬は教室へと入っていく。

長峡仁衛は銀鏡小冬の言葉を噛み締めて笑みを浮かべる。


「言われちまったな…ははッ」


そう言って、長峡仁衛は教室に入った。

クラスの中は騒然としていた。

その内、殆どの生徒が仲良く喋っている。


どうやら、中学から同じ学園に上がった生徒が殆どで、こうして会話している生徒を見る限り、長峡仁衛の様に外部から学園に入学したものは少数であるらしい。


「(コミュニティが出来てるのか…いいなぁ。はぁ…シャロとか逢いたいな…)」


そんな事を思いながら、長峡仁衛は他の生徒の輪を崩さない様に、なるべく端の席に座る。

どうやら、席は適当に座っても良いらしい。

次第に、ホームルームの時間が来て、教師が教室の中に入って来る。

それによって、他の生徒たちも席に着くが、何故か長峡仁衛の隣の席は空いていた。


「(空席か?それとも、欠席とかか?)」


長峡仁衛はそんな事を考えながら、愛想良く微笑んでいた。


「本日から、このクラスを受け持つ事になった…」


教師が自己紹介を始めようとした時。


「ごめんな、ごめんなさい、ごめんなさいっ…遅れました、ごめんなさいっ!」


何度も謝りながら、教室へと入って来る、少し、赤みがかった黒髪を靡かせるロングスカートの女生徒。

息を整えて、ハンカチで汗を拭いながら、教師の方に頭を下げる。


「ごめんなさい…あの、遅刻、ですか?」


殆どの生徒から注目を浴びる彼女は、その視線が恥ずかしいのか顔を赤くしていた。


「何時もなら、遅刻だが、初日だ、今日の所は免じておく」


教師の恩恵。

それと同時に、教室から男子生徒の声が響く。


「マジかよッ!だったら俺も遅れてくれば良かったぁ!」


その声に、殆どの生徒たちが笑い、騒ぎ出す。

彼女は、頭を何度も下げながら歩き、そして空席に座る。

其処は、長峡仁衛の隣の席だった。


走って来たのだろうか、肩から呼吸をしていて、胸が膨らみ深呼吸をしている。

汗をハンカチで拭いながら、彼女は、長峡仁衛の視線に気が付く。


「あ…あの、騒がしくしちゃって、ごめんなさい」


そう言って、長峡仁衛に申し訳なさそうな表情を浮かべて彼女は言った。


「あぁ…いや、気にしてないから」


「本当に、ごめんなさい…あと、可愛くてごめんなさい」


そう言って頭を下げて恥ずかしそうに汗を拭く彼女。

長峡仁衛は教師の話を聞こうとして、彼女の言葉を反復させる。


「(…今、可愛いって言ったのか?)」


誰を?

文脈からして、自分だろう。

とんでもない自信家だった。

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