第8話
「…まさか、仁衛さんが」
到底あり得ない、と言った様子の黄金ヶ丘クイン。
辰喰ロロも、術式が開花した事に対して驚きを隠せない様子であるらしい。
「そう、か…まあ、良かったじゃないか」
と、辰喰ロロが賞賛した時、辰喰ロロの横腹を肘で突く黄金ヶ丘クイン。
「何が良かった、ですか…兄様が、このまま霊山家に戻るかも知れないんですのよ?」
「いや…まあ、その可能性もありますが…」
そうして会話をしていた時。
医療室に、また別の人間が部屋の中に入って来た。
長峡仁衛の元にやって来るのは、長峡仁衛の治療を促した霊山一族の回復系統を操る術師だった。
その男は、長峡仁衛の方を見て鼻で笑う。
「そうか、今頃開花したのか」
そう言って、彼は長峡仁衛を蔑んだ。
彼を蔑むと言う事は、少なからず、霊山一族の霊山蘭派閥の男なのだろう。
長峡仁衛の封印して調伏した落ち武者を見ている。
「随分とレベルの低い、低級の畏霊な事だ。やはり、穢れた血はこの程度と言う事か」
長峡仁衛を侮辱し続ける。
銀鏡小冬が何か言おうとした時、長峡仁衛が遮って言う。
「それでも俺は術式を開花させました。此方もあまり言いたくはないが…、まがりなりにも霊山一族の血筋ですから」
長峡仁衛の言葉に、嘲笑する笑みを止めて口の中を噛み締める。
「確かに…では、この話は、一応は長に通すぞ?」
そう言って携帯電話を使って直接、霊山蘭に連絡をする。
当然の処置だろう。
長峡仁衛は術式が発揮されないと思われていた。
確定していたからこそ、長峡仁衛は黄金ヶ丘クインの元へ売られたのだ。
長峡仁衛が、術式を使用していたのだとすれば…それはそれで、話が違って来る。
「…おい、仁衛、長からだ」
連絡を入れた男は、長峡仁衛に携帯電話を渡す。
それを受け取った長峡仁衛は、霊山蘭と会話を始める。
「もしもし」
『よもや、術式を会得するとはなぁ?穢れた血の分際で、霊山一族の術式を盗んだか』
散々な言われようである。
だが、長峡仁衛は答えない。
『まあ、良い、一度戻って来るが良い、一応は、術式を会得したと言う事で、霊山一族の門を潜らせてやろう、光栄に思え』
「…光栄にって、そうとは思えませんがね」
長峡仁衛は、歯軋りをしながら言う。
また、霊山一族の元へ戻らなければならないのか。
長峡仁衛は、嫌そうな表情を浮かべていた。
其処には嫌な思い出しかないのだろう。
『なんだ?戻りたくはないのか?援助が必要だろう?それとも…まさか貴様は、霊山一族の力を儂に一言も無く使うつもりか?』
そう言われる。
長峡仁衛は、喉を鳴らす。
もしも断れば、黄金ヶ丘家ですら関係なく、霊山一族総出で長峡仁衛を処分しに来る可能性があった。
一応は、長峡仁衛は、霊山の血筋を持つのだ。
その権力は並大抵のものではない。
「…」
危険な目に遭うかも知れない。
そう思うだけで、長峡仁衛は気分が悪くなる。
霊山一族の長は、身震いする程の恐怖を覚えていた。
『どうした、何故黙る?さっさと答えろ、儂は別にどちらでも良いが?』
受話器の奥から、卑下た声が聞こえて来る。
「俺、は」
長峡仁衛は溜め込み、そして、声を漏らした。
押し黙る長峡仁衛の電話を強引に取る銀鏡小冬。
「じんさんに代わりました。母です」
銀鏡小冬はそう言って、長峡仁衛の代わりに出る。
『銀鏡、小冬…どうした?』
急に銀鏡小冬と喋るので、霊山蘭は息を呑んだ。
「じんさんが嫌がっていましたので母が代わりに出ます。…じんさんはそちらには戻りません、こちらで母と共に過ごします」
長峡仁衛は銀鏡小冬を見る。
あの情け容赦の無い霊山蘭に、強く出ている。
「既にじんさんは霊山一族の者ではありません。でなければ、貴方方はじんさんに霊山の名を与えた筈です、けれど、完全に厄介払いとして別の名を名乗らせて来ました、それなのに、今更じんさんが術式を会得したから、戻って来いと言うのは都合の良い話ではありませんか」
芯から声を発して、銀鏡小冬はまっすぐとした声色で言う。
「私はじんさんには幸せな人生を送って欲しいと思います。貴方がたが今更保護者の面をして欲しくはありません…じんさんは今、自分の手で自分の道を探る段階なのです。母も、じんさんの道を尊重します、母も、貴方も…じんさんの道を遮ってはなりません」
だから、長峡仁衛には放っておけと、銀鏡小冬が言う。
『では、援助は要らぬのか?』
その言葉に、銀鏡小冬の電話を無理矢理奪い取る。
黄金ヶ丘クインが代わりに電話に出る。
「その心配はありません。既に彼の身柄は私が買いました、従って、彼の援助は私がする責任があります」
長峡仁衛を高値で売った霊山一族。
それを買った黄金ヶ丘クイン。
既に、その権利は黄金ヶ丘クインであり、長峡仁衛の意志が無い限りは、彼の権利は彼女のものとなっている。
「(今更、こんな所で、兄様を手放す気はありません…ッ)」
黄金ヶ丘クインも必死だった。
それを聞いた霊山蘭は、怒りを抱いていた。
『後悔しても知らんぞ?』
その言葉に。
黄金ヶ丘クインが、長峡仁衛に電話を渡す。
最後は、長峡仁衛に決めろと、言っている様だった。
それを受け取る、長峡仁衛。
受け取った以上は、覚悟を決めなければならない。
「そう言えば…あの時、ちゃんと言えて無かったですね」
長峡仁衛は、霊山蘭に言う。
「今までお世話になりました…この力は、俺が誰かを守る為に使います、俺は、俺の手で、祓ヰ師になります、だから…」
『そうか、そうか…では、遠慮はせんぞ』
怒りの様なものが見える。
霊山蘭は私怨を抱き、長峡仁衛に言う。
『良かろう、残る余生を過ごして居れば良い…短い、とても短い人生だったな』
その言葉を最後に、連絡が途絶える。
長峡仁衛と、霊山蘭の会話は其処で途絶えた。
霊山の関係者に携帯電話を渡す。
それを受け取る霊山一族の関係者は溜息を吐いた。
「この様な事になるのなら、治すんじゃなかった」
その捨て台詞を置いて、霊山一族の関係者はその場から立ち去る。
長峡仁衛と銀鏡小冬、そして黄金ヶ丘クインは、医療室で今後どうするかを話す。
「…私は、基本的に、貴方を縛るつもりはありません」
黄金ヶ丘クインの言葉。
それはつまり、長峡仁衛がどの様な生き方をしても構わない、と言う事だ。
「最終的には、私と結婚する…これを守って下されば、後はなんでも良いです」
そう言った。
長峡仁衛は頷く。
「分かった…それが、お前と俺の、昔にした約束なら、それを守る」
頷いて、長峡仁衛は銀鏡小冬の方を向く。
「じんさんが祓ヰ師になると決めたのならば、母も、最早何も言う事はありません、じんさんが傷つく、修羅の道ではありますが…それでも、我慢します」
銀鏡小冬は、長峡仁衛の手を軽く掴んで、言う。
「…もしも、じんさんが死んでしまえば、母も後を追いましょう。死んでも、輪廻の渦に飲まれても、母は、じんさんの元に行きますので」
…彼女の言葉はとにかく重みがあった。
それを成し遂げてしまいそうな、凄みを感じる。
「ありがとう…けど、大丈夫、俺は、死なない、悲しませる様な真似はしないさ」
そう言って、長峡仁衛は自らの拳を強く握り締める。
此処から始まる。
長峡仁衛の、祓ヰ師としての物語が。
「そうと決まったら…早速入学手続きだ、祓ヰ師の学園、
八十枉津学園。
祓ヰ師たちが教育する場所。
とは名ばかりであり、実際は、祓ヰ師としての仕事を斡旋され、依頼を受ける仲介所の様なものだった。
長峡仁衛は、久々に、友達に会えるとウキウキしていた。
しかし、黄金ヶ丘クインは、首を左右に振る。
「それは恐らく無理だと思われます」
無理。
そう言われた為に、長峡仁衛は反発しようとしたが、即座に察する。
「無理…って、まあ、…そうか、そうだよな…霊山一族が学園側に圧を掛けるに決まってるか…」
「そうですね、学園の生徒となれば、様々なサポートが受けられますが…、学園に入学出来ない以上は、それらのサポートは受けられない」
学園の生徒になれば、便宜上は学生を保護する役目を持つ。
任務によって遠征する際の送迎や、結界師の幽世対策など、様々な利点を受ける事が出来るが…学生で無いと、それらは受ける事が出来ないでいた。
「つまりは…霊山一族の圧力を跳ね除けてでも、俺の力が欲しい存在になれば良いって事だろ?」
だったら。
長峡仁衛は、成果を挙げる他ならなかった。
「頑張るさ」
なんの確信も無い根拠の無い自信を口にしながら、長峡仁衛は奮起する。
長峡仁衛は一先ず、自分の術式を解明する事にする。
「この土地は黄金ヶ丘家の所有地です。人は滅多に来ませんので、術式の試用には十分過ぎるでしょう」
黄金ヶ丘クインは、黄金ヶ丘邸の所有地である山林地帯の一帯を長峡仁衛に紹介した。
森林伐採が行われ、土や山が抉れて土色が露わとなった土地。
此処で、長峡仁衛は自らの『封緘術式』の試用を行う。
「先ずは、式神を召喚するか」
長峡仁衛は臨核を起動して神胤を放出。洞孔を巡らせて術式を発動状態にする。
片目を瞑る、すると、長峡仁衛がこれまで『封印した』ものが思い浮かぶ。
「(隻眼状態にすると情報が見える様になる…)」
其処から、『落ち武者の畏霊』の項目が脳裏に浮かんでくる為に、それを選択して召喚する。
「(ただ召喚するだけじゃ駄目だな…式神を召喚する場所…座標を設置する必要があるらしい)」
改めて座標を設置する事で、初めて長峡仁衛の神胤が消耗されて、『落ち武者の畏霊』が出現した。
「さて…」
長峡仁衛は目を細める。
この、髑髏の顔を持つ『落ち武者』を、長峡仁衛は見詰める事で情報を盗み見る事が出来る。
「(…人間の恐怖から生まれた畏霊、『赫雨』から恐怖を受信して出現…この畏霊を産んだ人物は、テレビ特番で放送されていた怪談話で、落ち武者の怪談を聞いた為に恐怖として具現化された…か)」
何とも俗な畏霊であった。
長峡仁衛は、そんな畏霊に、殺されかけたのだった。
「(総量…は一、技能は力任せに対象を叩き切る『強襲斬』、か…こうしてみると、なんと言うか)」
長峡仁衛の脳裏に過るのは、友人が遊んでいたゲーム機器。
勇者が魔物を倒してレベルを上げる…いわば、RPGの様な感覚に似ていた。
「(
長峡仁衛はそんな事を考えていた。
長峡仁衛の考えている様を見ている、女性が二人いる。
一人は、銀鏡小冬。
車の座席に座って、全開にした扉から長峡仁衛を見ている。
もう一人は辰喰ロロだ。
彼女も、長峡仁衛の術式の試用を見ていて、口に煙草を銜えて一服していた。
「なあ、長峡…そろそろ良いか?」
辰喰ロロはそう言って、懐からペンケース程の大きさをする木箱を取り出す。
それを長峡仁衛に投げようとしていて、長峡仁衛は手を挙げて止める。
「ちょっと待ってくれ、まだ心の準備が出来てないんだ」
そう言って深呼吸をする。
その木箱は、この土地に出現した畏霊を封印したものだ。
辰喰ロロは、封印した畏霊の一つを、黄金ヶ丘クインの許可を得て所持していた。
この封印した畏霊の用途は試用である。
長峡仁衛が、封印する術式を所持するのであれば、その真骨頂は封印である。
なので、この木箱に封じられた畏霊を封印する事が、今回の長峡仁衛の試用であった。
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