第6話
長峡仁衛が外に出た頃合い。
黄金ヶ丘クインと、辰喰ロロは玄関前で待機をしている。
そう言って、雨の音を聞きながら、辰喰ロロと黄金ヶ丘クインは待つ。
一時間程時間が経過する。深夜零時を過ぎた時、目を瞑り、精神を研ぎ澄ませていた黄金ヶ丘クインは目を開いた。
「ロロ」
「えぇ、来ましたね」
そう言うと共に。
辰喰ロロが玄関へと歩き出す。
黄金ヶ丘クインは、椅子に座ったまま、その人間の姿を拝む事にする。
扉が開かれる。
雨に濡れた、銀鏡小冬が其処に立っていた。
「こんばんは」
辰喰ロロがその様に挨拶をする。
銀鏡小冬は何も言わずにエントランスホールへと入っていく。
「こんばんは、えぇと、銀鏡小冬さん、でしたっけ?」
黄金ヶ丘クインは、彼女の事を知っていた。
長峡仁衛が、この屋敷から去って、彼の傍に居続けた人間。
誰よりも、長峡仁衛の傍に居続けた少女が其処に居る。
「こんばんは、黄金ヶ丘さん、じんさんを迎えに来ました」
光の通わない碧の瞳を黄金ヶ丘クインを映し込みながら、彼女は言う。
「仁衛さんは、貴方の元には戻りませんが…それで、何をしに来たのですか?」
「…?私はじんさんを迎えに来たと言ったのですが?」
銀鏡小冬は、その見た目からして慎ましく、聡明さが伺えるが、それは、長峡仁衛の傍に居る事で発揮される。
長峡仁衛が傍に居なければ…彼女は、この世の誰よりも話が通じない狂人だ。
「お話が通じない様子ですね…この屋敷には、貴方が付け入る場所などありません…兄様は、私の下で、幸せに生きるのです」
「それがじんさんの幸せであると言うのでしたら、そうなのでしょうが…しかし、それは貴方の幸せなのでは?じんさんが、それで幸せになるとでも思っているのですか?」
両者譲らない言葉を掲げる。
「それこそ、貴方の頭の中の物語でしょう?」
「物語とはなんでしょうか?すいませんが、話が通じないので、単刀直入に言わせて貰うのですが」
銀鏡小冬はエントランスホールへと入る。
同時に、辰喰ロロが背後から銀鏡小冬を狙う。
神胤を肉体に駆け巡らせて強化した肉体で、その細い首を折ろうとする。
「じんさんを母の元に返して貰います」
銀鏡小冬が辰喰ロロの手を振り向きと同時に受け流そうとした。
その時だった。
両者が止まる。
銀鏡小冬が、辰喰ロロの攻撃を受け流そうとした時。
ふと、彼女は感覚的に何かを悟る。
「…じんさん?」
そう言うと。
彼女は洋館の方では無く、外の方に目を向ける。
同時に、辰喰ロロも、何か違和感の様なものを覚えていた。
「…畏霊が出たな…だが、誰かが戦っている?」
違和感を覚える二人。
それと同時に、辰喰ロロは二階の方を見た。
「…まさか、アイツ」
そう言って、黄金ヶ丘クインに目線を向ける。
「お嬢様、仁衛が居ないかも知れません」
「…どういう事ですか?」
二人が会話を始めた時。
銀鏡小冬は、この洋館に興味を失い、その場から離れようとする。
「じんさん…そちらに居るのですか?」
長峡仁衛の残影を追う様に、再び雨の中を歩き出す銀鏡小冬。
彼女が去った事で警戒を解くと共に、長峡仁衛が居るかどうか、辰喰ロロは確認しにいった。
そして案の定、長峡仁衛の姿は見当たらなかった。
長峡仁衛は先ず、一体の畏霊を祓った。
女性の姿を幻視させる畏霊は、特別力が強いワケではなかった。
長峡仁衛でも、神胤による肉体強化による攻撃を続ける事で祓う事が出来た。
しかし、問題はもう一人、落ち武者の畏霊の方だった。
なまじ、剣術を習得しているのか、長峡仁衛の剣先を見切り、斬撃を紙一重で交わす。
そして、反撃する様に長峡仁衛に刃毀れを起こした刀で斬り付ける。
幸いにも、刃は殺がれていた。
だから、単純に鉄の棒で殴られているに過ぎない。
だからと言って、即死の攻撃が重傷の一撃に変わっただけの事。
「(無銘が…)」
長峡仁衛の手に握られている士柄武物が、落ち武者による斬撃の応酬によって罅が入っている。
連続して攻撃されてしまえば、対抗手段の一つを失われてしまう。
「缶珈琲、買っておけば良かったな…」
そう長峡仁衛は呟くと共に、後退する。
落ち武者の畏霊は詰め寄り、長峡仁衛に刀を振り下ろす。
その一瞬を突いて、長峡仁衛は更に詰め寄る。
相手の刀より前に詰め寄り、長峡仁衛の肩に、落ち武者の畏霊の前腕が当たる。
それと同時に、士柄武物・無銘を、畏霊の横腹に突き刺した。
「(くたばれっ…っ?!)」
長峡仁衛は、驚く。
畏霊は長峡仁衛の攻撃を受け入れて、引き抜く瞬間に長峡仁衛の手首を強く掴む。
それと共に、畏霊は、長峡仁衛に向けて蹴りを繰り出し、その攻撃をモロに喰らった長峡仁衛は雨が溜まる地面に叩きつけられる。
「がっ、あッ」
長峡仁衛から、士柄武物が離れる。
腹部を抑えながら立ち上がり、手元から士柄武物が無くなっている事を知る。
落ち武者は、横腹から士柄武物を抜き取ると、それを握り潰して刃物を砕く。
「…」
長峡仁衛は静観していた。
彼の脳裏には、逃げる選択肢は無かった。
祓ヰ師としては未熟、いや、祓ヰ師ですらない長峡仁衛。
彼は逃げる事は出来る、逃げてしまえば、それで命は保たれる。
それでも、逃走を選択しなかったのは、理屈では無かった。
祓ヰ師の家系として生まれ、祓ヰ師としての教育は受けられなかった。
けれど、祓ヰ師としての精神は、持ち合わせていたからだ。
「よし…もう、少し、だな」
ゆらりと立ち上がる長峡仁衛。
けれど、彼は、無様にも膝を突く。
戦闘によって、肉体が消耗しきっている。
短い限界に、口惜しく思っていた。
「あー…まあ、仕方が無いか」
力の無い自分が悪かった。
そう思いながら、長峡仁衛は、此方に迫る落ち武者の畏霊を見詰めながら。
「…じんさんっ!」
声が聞こえて来た。
その声は、まぎれもなく。
大切な人。
銀鏡小冬の声だった。
銀鏡小冬の登場。
今度は偽物では無く本物。
彼女を発見した落ち武者は、銀鏡小冬の方に刀を向ける。
彼女を狙おうとする落ち武者に、長峡仁衛は怒りを覚える。
「おい、俺の家族に何刃物向けてんだッ!」
意地になって立ち上がると、長峡仁衛は落ち武者に向かい出して、拳を構える。
落ち武者が振り向き様に長峡仁衛に向けて刀を振る。
長峡仁衛はその攻撃を頭部で受ける。
「ッ」
「じんさんっ!」
銀鏡小冬が叫ぶ。
長峡仁衛は、彼女に向けて、手を伸ばす。
その手は、決して心配するな、と言う意味合いだ。
長峡仁衛は痛めつけられていても生きている事を表す。
歯を食い縛り、長峡仁衛は拳を固める。
落ち武者の刀を強く握り締める。
頭部からは血が流れて、意識が朦朧としているが、それでも長峡仁衛の闘志は揺らがない。
家族に手を出す輩はなんであろうと許さない。
長峡仁衛の意志が、肉体に植え込まれている臨核を超過駆動を行わせる。
刀を思い切り引っ張る。
それと共に、長峡仁衛は拳を落ち武者の顔面に叩き付ける。
神胤によって強化された拳が、落ち武者の頭部に減り込んだ。
「一度、でもッ、小冬にっ、手を、視線を、合わせてみろっ、テメェ、絶対に、許さねぇぞっ、ああっ!!」
何度も何度も拳を叩き付ける。
すると同時に、長峡仁衛の背中が熱くなる。
何か、硝子が割れる様な音が、背中から聞こえて来た様な気がした。
すると、共に、落ち武者は、行動する事を止めて、長峡仁衛の拳が地面を叩きつけた。
「はぁ…はっ…あ?」
拳の先には何も居ない。
落ち武者が消えていた。
長峡仁衛が祓ったかと思えば、違う。
畏霊が祓われる時には、その肉体が四散する様になっている。
唐突の消失など、姿を晦ますか、実体が消えるかの何れかでしかない。
それらは、畏霊を祓ったとは呼べないのだ。
では、何処に消えたか、長峡仁衛は、疑問に思う。
だが、その疑問を打ち消す様に、彼女が走ってやって来る。
銀鏡小冬だ。
長峡仁衛の元へと寄って、その満身創痍の肉体を、彼女が抱き留める。
「じんさん…あぁ、こんな、こんなにも、傷ついて…」
「あ、あぁ…小冬、小冬だ…そうか、小冬、お前来たのか、そうか…あぁ、そうだったのか…」
譫言の様に、長峡仁衛は銀鏡小冬の名前を口にする。
そして、長峡仁衛は銀鏡小冬の抱擁に対して暖かみを感じながら目を瞑る。
「じんさん?…大丈夫ですか、じんさん?じんさんっ」
彼女の声が、遠くに聞こえて来る。
体は既に限界だった。
長峡仁衛は、彼女の腕の中で眠り、そして気絶する。
銀鏡小冬は長峡仁衛を背中におぶさりながら歩く。
そして、黄金ヶ丘邸の元へと向かい、玄関から入る。
「重傷です」
そう言って長峡仁衛を運ぶ。
黄金ヶ丘クインと辰喰ロロは、長峡仁衛の怪我を見て痛ましい表情をしていた。
「そんな…兄様」
「とにかく、医療室だ、私が治療する」
そう言って、長峡仁衛を黄金ヶ丘邸の治療室へと送る。
辰喰ロロが治療を開始する間、銀鏡小冬は黄金ヶ丘クインに言う。
「申し訳ありませんが、電話をお借りします」
そう言って銀鏡小冬は黒電話を使って連絡をする。
連絡先は、霊山一族であり、其処から咒界連盟に繋ぐ様に言う。
彼女の言葉に渋々と了承する霊山一族の関係者。
そして、長峡仁衛の治療の為に、回復系統を扱う術師が派遣される。
その間、長峡仁衛は一人、辰喰ロロによる治療を受けていた。
極めて簡易的な血止めや縫合と言った施術ではあるが、それだけで長峡仁衛の命を取りとめる事が出来た。
彼女の手腕によって、長峡仁衛はなんとか命を失わずに済んだと言えよう。
長峡仁衛は、そのまま、治療室で回復を待つ。
その間、銀鏡小冬が医療室へと入って、長峡仁衛の回復を傍で待っていた。
「…」
黄金ヶ丘クインは、銀鏡小冬がこの屋敷に居る事をとやかく言う事は無かった。
長峡仁衛が一人、部屋から出たのは、どういった理由であれ、自分の失態だ。
そんな自分が、長峡仁衛を助けられなかった。
彼女が居なければ、長峡仁衛の発見が遅れていたかも知れない。
複雑な思いではあるが、しかし…銀鏡小冬を屋敷から追放、または、処分すると言う事は違うと、彼女は内心、そう思っていた。
「じんさん、大丈夫です…治ります、母がついていますから」
長峡仁衛の手を握り締める銀鏡小冬。
彼の回復を待っている。
回復系統の術師が来たのは、明朝の日。
それと共に、黒色の狩衣を着こんだ術師たちも来ていた。
玄関前には霊山一族の術師たちだ。
銀鏡小冬の方を見て、彼女の手を掴む。
「来てもらおうか、我らが長が呼んでいる」
「そうですか」
そう言って、長峡仁衛の傍から離れようとはしない。
「…長から言伝を預かっている、言う事を聞かなければ、長峡仁衛及びその周辺の人間に危害を加えると」
脅迫だった。
霊山一族であれば、それは確実に行われる。
けれど、銀鏡小冬は真正面から拮抗する様に言う。
「でしたら、こうお伝え下さい、もしもじんさんを傷つける様な真似をすれば…貴方方を確実に滅ぼすと…元より私は、じんさんの居る世界にしか興味がありません、じんさんが居なくなれば…この世界も、興味などありませんので」
それは脅しだった。
それを聞いた術師たちは固唾を飲む。
仕方なく、銀鏡小冬はこのまま、黄金ヶ丘家に滞在する事となる。
長峡仁衛が目覚める時まで、片時も離れる事無く、銀鏡小冬は、長峡仁衛の傍に居た。
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