第3話




何とか答えられる質問である事を望みながら、長峡仁衛は問答に応える事にした。

再び、咳払いをする黄金ヶ丘クイン。

そして、まず第一問を口にした。


「私が、長峡仁衛さんと一番遊んだ場所は?」


そう聞かれた。

いきなり、分からない質問をされて苦しい表情を浮かべる長峡仁衛。

腕を組んで、悩む素振りをする。悩んだ所で、結局の所答える事は出来ないのだが、それでもなんとか、記憶を巡らせて考える。

彼女の顔をじっと見つめると、黄金ヶ丘クインはその視線に気が付いてそっぽを向いた。

こうして一緒に居る記憶はあったが、やはり、子供の頃の話であるのだろう。

今では違うのだと、長峡仁衛はそう思っていた。


「…じゃあ」


長峡仁衛はそう言って一呼吸入れる。

最早、勘で答える他無かった。


「お前の部屋」


と、長峡仁衛は言う。

それを聞いた黄金ヶ丘クインは、目を瞑って何か考えている。

一帯何を考えているのだろうかもしや、不正解である為に、長峡仁衛だと認められずに、処分を下そうと考えているのか。

不安になってくる長峡仁衛。

しかし、黄金ヶ丘クインは、可愛らしい薄桜色の唇を開くと共に、回答を口にする。


「…正解です」


と。

そう言った。

長峡仁衛は、まさか当たっているとは思わず、思わずガッツポーズをしそうになる。

しかし、それをしてしまえば、長峡仁衛は完全に勘で当てに行った様なものだと印象を悪くしてしまうかも知れないので、寸での所で留める事にした。


これで、長峡仁衛が長峡仁衛であると証明出来たと思っていた長峡仁衛だったが。


「では、二問目に行きます」


「え?」


まさか、二問目があるとは思わず、長峡仁衛は予想外の声を漏らした。

その声を聞いた黄金ヶ丘クインは鋭い視線を長峡仁衛に向ける。


「何か?」


そう言われて、長峡仁衛は首を左右に振る。

何か、言ってしまえば、不利になる様な気がしたからだ。

だったら、何も言わずに黙ってしまった方が良いだろう。


「何も無ければ、このまま二問目に入ります、良いですね?」


彼女の問いかけに長峡仁衛は首を縦に振った。

そうして、何度も何度も質問が行われる事になる。

第二問、第三問と質問が続けられる。

そして、質問は十問程を越えていた。


「(ま、まだ続けるのか?)」


長峡仁衛は、頭の中がオーバーヒートしてしまいそうだった。

それほどまでに、彼は一番、脳を使っていた。

幸いにも、長峡仁衛の質問は全て、

それでも、まだ質問をすると言う事は、それほどまでに疑い深い性格なのだと、長峡仁衛は思った。


「では…これが、最後の質問です」


黄金ヶ丘クインは長峡仁衛の方に近づいて来る。

長峡仁衛は、玄関前の彼女は自分よりも高い位置に居たので見上げていたのだが、彼女が同じ地面に立って、長峡仁衛の方に近づいて来た事で、黄金ヶ丘クインが、自分よりも、身長の低い、少し、発育の良い女性だと思った。


「最後の質問…なんだ?」


長峡仁衛は、彼女に聞く。

黄金ヶ丘クインは、喉を鳴らして長峡仁衛に聞いた。


「私が、貴方と別れる前に、私が口にした台詞を覚えていますか?」


それは…長峡仁衛は、思わず降参と言ってしまいそうな質問だ。

この質問は、相手が覚えている事前提の質問だ。

もしも、適当な事を口にしてしまえば、不信感を覚えられる。

今までの奇跡的に噛み合った質問の回答も、予め用意してあったのかも知れないと疑われるだろう。

ならば、長峡仁衛がすべき事は一つだけだった。


「…悪い」


それは、その質問に答える事を放棄する事だった。


「忘れた」


そう言った。

長峡仁衛の言葉に、黄金ヶ丘クインは固唾をのんだ。

そして、長峡仁衛の方から離れて、冷めた視線を長峡仁衛の方に向ける。


「(あぁ…肝が冷えるな、その視線は)」


長峡仁衛は、彼女の冷えた刃物が首元に当たる様な感覚を覚える視線を受けながらそう思った。


「…忘れてしまったのですね?」


再度確認する様に聞いて来る黄金ヶ丘クイン。

まさか、再回答のチャンスとでも思ったが、いくら考えても、彼女の望む様な言葉は出せないと悟った長峡仁衛は、彼女の質問に素直に首肯した。


「悪い、忘れた、大事な話だったら、忘れて、本当に悪い」


謝る。

長峡仁衛は視線を地面の方に向けた。

黄金ヶ丘クインは、ゆっくりと息を吐くと共に。


「…正解は、将来」


将来、と口にして、言い淀む。

だが、今更口に出した以上は後には引けないと思ったのか、続ける。


「…将来、結婚を約束していました。私と、貴方は」


その言葉に、長峡仁衛は咳き込んだ。

予想外な回答だったらしい。


「え?俺となに?」


「ですから、私と、長峡さんは、婚約をしているのです」


婚約。

言い逃れ出来ない言葉だった。

まさか、長峡仁衛は、彼女と婚約しているなど、夢にも思わなかった。

狼狽している長峡仁衛に対して、黄金ヶ丘クインは付け加えて言う。


「しかし、それはあくまでも昔の話…今更、恋慕など、そう言った感情はありませんのでご心配なく」


「え?あ、…あぁ、そうか」


それを聞いた長峡仁衛は、少しだけ安心して頷いた。

しかし、黄金ヶ丘クインの話はまだ終わっていない。


「ですが…黄金ヶ丘家の家訓を守るのであれば…約束は絶対。私と長峡さんは、結婚をしなければなりません」


と。

とんでも無い事を、黄金ヶ丘クインは言うのだった。


長峡仁衛は愕然としていた。

まさか、この少女とその様な約束をしていただなんて思わなかった。


「それは本当か?クイ…えっと、黄金ヶ丘」


名前を口にする。

最初の時とは違い、今では関係性がリセットされている。

ふと思い出して口にした名前は、あの頃の関係性を確かめる為に口にしたもの。

彼女の冷たさは、他人すら思えてしまうものだから。

なので苗字で呼ぶ、すると少しだけ遠くに居る様な関係に思えた。

だから、婚約している関係とは思えないと、長峡仁衛は思う。

黄金ヶ丘クインも、そう思ったのだろう。


「…クインで良いです、私は一応は貴方よりも年下ですし、呼び捨てでも構いませんから」


黄金ヶ丘クインは関係性を近づけようとしたのか、その様に訂正する。


「じゃあ、俺も、長峡じゃなくて、仁衛で良いよ」


そう言った。

少しだけ近しい関係になりそうな呼び方であろう筈だが。

黄金ヶ丘クインは、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。

それは、以前よりの関係に戻れないかも知れないと言う哀しみの表情であった。

しかし、それを長峡仁衛に見せつける程に卑しい女ではない。

踵を返して階段を登り、玄関を開ける。


「…では、仁衛さん。外でする話でもありませんし、続きは中でしましょうか…ようこそ、私の屋敷へ。私は貴方を歓迎しますわ」


詳しい話はまた後で。

その様に口添えしてから長峡仁衛を屋敷に招き入れる。


「ロロ、仁衛さんの荷物を持ってあげなさい。それと、部屋までご案内して」


ロロと呼ばれたメイドは軽く頷いた。

長峡仁衛の方に近づくと、彼の肩に掛けたバッグを強引に受け取る。


「先程は、どうも悪いね。最近は物騒なもんで」


少し男の様な口調をしている辰喰ロロ。

長峡仁衛は気にしていない様子で言う。


「あぁ、別に良いさ、怪我も無かったしな」


彼女を責める事無くそう言った。

二人は歩きながら、自己紹介を始める。


「私は、辰喰たつばみロロ、この屋敷に雇われているメイドさ」


「俺は…まあ、さっき言ったけど、長峡仁衛、霊山一族の落伍者って所かな」


自傷する様に嘲笑した。

そして二人は歩き出して、黄金ヶ丘邸へと入り込む。

エントランスホールへとやって来ると、既に黄金ヶ丘クインは二階へと上がっていた。


「では、また後で、ロロ、仁衛さんを部屋に通したら私の部屋に来なさい」


と、その様に命令した。

辰喰ロロは会釈だけをして、長峡仁衛を部屋へと連れていく。


「…」


「どうかしたのか?」


長峡仁衛が周囲を見回していたので、辰喰ロロは彼の行動を指摘する。


「あ、いや…なんだろうな、違和感を覚えたから」


違和感。

その言葉を聞いた辰喰ロロは聞き返す。


「一体、何が違和感なんだ?」


「いや…昔、この屋敷に来たけど…内装が、違っている様に見えたからさ」


その様に言う。

辰喰ロロは、彼の言葉を聞いて、喉で笑う様に、クツクツと鳴らした。


「あぁ、どうやら本物か」


本物と、辰喰ロロが言うので、長峡仁衛なのだから当たり前だろと思った。


「そりゃ、本物だろ、まだ疑っていたのか?…質問も、全問正解しただろ?」


「あぁ、


辰喰ロロは、笑みを浮かべて長峡仁衛に、貸し部屋へと通した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る