Episode:5 三つのお願い part.8

 父さんと母さんと三人で、何が何でも直接話したいことがある————喬松は両親相手に、メッセージアプリでゴネた。その結果、親子三人で、自宅で話す時間を確保することができた。

 午前中のみの授業が終わった土曜の午後二時。綺麗に片付けられたダイニングテーブルに、久方ぶりに家族三人が揃った。

 喬松と向かい合わせに座る両親のどちらも、明らかに浮かない表情をしていた。健全とは言えない場所に出入りしていたり、社会通念上咎められるべき行為に手を染めていたり。言葉にせずとも、目の前の息子がそうした事実に気付いていることは自覚している様子だ。

 ただ、喬松は敢えて、そこは指摘しなかった。この場で掘り返して事を荒立てるマネはしたくない。恐らく、お互いがやっていたことの詳細は知らないのだろうし、何もかもを詳らかにすることが本題ではない。

 それよりも、まず伝えておきたい気持ちがある。だから喬松は、まずそこから話し始めた。

「中学に上がってから、会話が無くなったのって、結構キツかった。干渉されないのは正直、子供心からしたら楽ではあったけど、父さんも母さんも何かさ、急に冷たくなったっつーかさ。……やっぱり、うん。淋しいって気持ちはずっとあったんだと思う」

 父も母も、息子の言うことに頭を縦に振った。話を聞いてくれている事実が、気持ちを少し軽くした。きっと、ここからも大丈夫だ。

「つってもさ、もうオレが子供の頃みたいにはいかないだろうし。実際仕事も忙しくて、キツいことばかりだと思う。だから父さんと母さんが一番生きやすいようにしてくれて全然いいんだよ。オレにはそれを邪魔する権利はねぇし……」

 今度は両親の立場に歩み寄るフェイズ。昨晩の夜に考えた展開どおり進めていく。ここも大丈夫、ちゃんと言うべきことを言えてはいる。当然緊張はするが、止まるんじゃねぇぞと自分に言い聞かせる。

 さぁ本題はここからだ。一呼吸、二呼吸置いて、喬松は重みを感じる口を開いた。

「たださぁ。その上でだけど……え~っと、三つだ。三つ、お願いしたいことがあるんだけど……聞いてくんないかな……?」

 そこまで話した後、囁くような声でお願いしますと念押しし、両親に頭を下げた。すると母親が、顔を上げなさい、話してみなさいと促してきた。緊張感が高まったが、このために両親を呼んだのだ。喬松は顔を上げた。


「一つ目だけど、オレが大学行って就職するまで、どうか面倒見てください。浪人とか留年とかしないようには善処するから」

 まずは、冷え切った家庭状況が続いたことで、それまでぼんやりと感じていた不安を吐露した。すると両親とも、そこは当然親だからと頷いてくれたことに、安心感を覚えた。最初の要求が通る、その心理的影響は大きい。

 ただし。高校入学以降、欠課時数がちらほら存在することに対しては、よりによってこの場で、母親から指摘された。喬松にとっては計算外のカウンターだったが、被扶養者という立場上、そこは改善する……ように努力する、頑張ることを約束する以外になかった。


「二つ目ね。来月のオレたちのライブチケットノルマ、三枚分、出資してほしい。あ~……えっと、見に来てくれなんて言わないけど、うん」

 続いてはバンドの話題。現在進行形の活動であり、これから自分のやることにも興味を持ってくれないかなという願望混じりの要求だ。

 喬松が知る限り、両親とも音楽ライブに行くような趣味はない。とはいえノルマという言葉から、だいたいの事情は察した様子だ。

「ダンス部は上手くいかなかったけど、バンドやるのは正直楽しいんだ。それに危ないことはしないし。だからこれからの活動、世間的に部活に入るのと同じみたいにさ、ご協力、してくれると嬉しい、……です」

 両親は、結成から現在に至るまでのバンドの状況を喬松に求め、それから親子で少し話し合った。結果、三枚のノルマのうち、父と母それぞれ一枚分のお金を出すことで同意した。残り一枚は喬松自身が負担することになったが、むしろ三人平等という決定が少し嬉しくもあった。

 本当は、例えばバンドメンバーで出掛ける際に車を出してほしいとか、もう少し要求してみようかとも考えたが、それはまぁ追々、今後少しずつ踏み込んでいくことにした。


 それから、最後のお願い。それは喬松にとって、ある意味で最も言い辛く気恥ずかしい内容だった。

「それからさ、三つ目なんだけど……えーっと、三つめは父さんと母さんとで、内容が違うんだけど……」

 あ~これじゃ三つじゃなくて四つのお願いじゃぁねぇか……言葉を絞り出しながら、そんなどうでもいい矛盾が気になってしまった。だがあくまで、三つ目のお願いとして押し通すことにした。一つ目と二つ目が父と母共通で、三つ目のお願いだけが別々。別に間違ってはいないはずだ、たぶん。

 まずは母へ、続いて父へ。その意外な内容に、どちらも順番に、目を丸くした。

 一つ目も二つ目も、内容は現実的なものだった。だが三つ目はどちらも、淋しい思いをさせてきた高校生のワガママにしては、随分と可愛らしいものに感じられたようだ。

そんなことでいいのかと父親から返されたが、それがいいんだと喬松は言い切った。すると両親は少し考えながら、スマホでスケジュール機能を開き、日付を確認した。それぞれ異なる日程だったが、どちらも三つ目のお願いに、同意してくれた。


 それから。夕食の時間まで、三人でどうでもいい話をしようという流れになった。父親は湯を沸かしてインスタントコーヒーの準備をし、母親は貰い物の高級チョコレートアソートを皿に盛り付けた。

 とりとめのない話をしばらく続け、やがて話題は喬松のバンド脱退騒動のことになった。眞北に暴力を振るったことを親に打ち明けると、母親はかなりの怒りを見せ、父親もはっきりと苦言を呈した。そして、何としても眞北家にお詫びをしなければという流れになった。

 学校をサボっていたことも加え、両親の厳しい顔を見たのは久しぶりだ。藪を突いて蛇を出したようで良い気分ではなかったが、それも約三年間のツケみたいなものだろう。自分は一方的に要求する立場でいられるなんて、そんな都合のよい世界ではないのだから。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 一月最終週の日曜正午。この日は喬松の誕生パーティーのため、PRAYSE全員が彼の家に集合した。

喬松の誕生日は本来は二月なのだが、その日は母親の仕事の関係で都合が悪いため、かなり前倒しでの開催にはなった。


「うまい! うまい! うまい!」

「美味しいです喬松君のお母さん! さくさくほくほく……」

「ソース無しでもイケるっ! むしろソース無しの方がッッ」

「俺の胃袋のキャパシティ不足が悔やまれる……美味です」

「あの、もしよろしかったら……どんな風に作ってるのか教えてもらえませんか?」

 この日のメニューは、喬松たっての希望で、母の手作りコロッケ。数年のブランクに母は不安を感じていたものの、元々が丁寧でてきぱきとした性格であり、そのレシピもしっかりと覚えていた。

 息子のバンドメンバーからは、一同に賞賛の声。普段受ける機会のない若い世代からの感謝に戸惑い、喬松の母は照れくさそうな顔をした。そして大柄な眼鏡の女の子には、大真面目にレシピを伝授した。


 昼食が終わり、腹ごなしに各自協力してテーブルを片付ける。絢と千里は食器の片付け、優子と美純は食器洗い。そして眞北は強いて言うなら、主賓の接待を担当。要は喬松と雑談だ。

 野郎二人の話題は、年度明けの四月にM市K町の文化ホールにて公演予定の、光の巨人が活躍する特撮番組のライブショーのこと。父親にお願いして、六年ぶりに観劇する予定を組んだそうだ。

「でもショーって面白いのかぁ? 光線とか爆発とかステージじゃぁ起こせねぇし、舞台にミニチュアの街を用意するなんてできねぇだろうし。それに首チョンパとか胴体真っ二つとか血飛沫ドバドバとか、物理的にもコンプラ的にも無理なんだろ?」

「分かってねぇなぁ~。CGも火薬も使えない、セットも最低限、そんな制約だらけの舞台でしか味わえねぇ魅力ってもんがあんのよ。シナリオの激熱ぶりも際立つし、バックモニターを存分に生かした演出も凄ェんだわ。何よりスーツアクターの本気が違うってもんよ」

 ある意味で眞北のごもっともな疑問に、喬松は大真面目に返答した。

「おおっ……そう言われると興味湧いてくるなぁ」

「ま、親父からの受け売りなんだけど」

 喬松曰く、小学一年生の頃、たまたま同様のショーのCMを見ていたとき、ちょうど先ほどの眞北のような質問を父親にぶつけたという。すると父親はその場ですぐに、隣県で翌々日に開催する公演のチケットを取得。有無を言わさず喬松少年に本物を見せ、その魅力を分からせたのだそうだ。

「何かカッコいいなぁ、お前のお父さん」

「ありがとな。ダチが褒めてたって伝えとく」


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 お待ちかねのケーキタイムは、M市内の有名店で注文した、正統派な苺と生クリームのケーキ。素材の良さを生かした甘すぎず食べやすいお楽しみは、先ほど食したコロッケとは別腹と言わんばかりに、学生六人の栄養となった。


 忘れてはならないプレゼントタイム。全員で資金を出し合い、メンバーを代表してリズム隊仲間の美純から渡されたそれは、喬松が特に好きなドラマーの使用モデルであるドラムスティック。しかも喬松のラッキーカラー、グリーンの滑り止めグリップシール付きだ。

「マジかよ……! 嬉しいッ、本当ありがとうッ!」

 喬松は素直にはしゃいだ。早速滑り止めを巻き、実際に叩くモーションを行って感触を確認。そしてついつい上機嫌になり、テクニカルなドラマーの嗜み、スティック回しを器用に披露し、得意げな顔をしてみせた。

「うわぁ~。このドヤ顔が果てしなくうぜぇ~。ついこの前ドンパチやり合ったのが信じられねぇぜ~」

「喬松事変……PRAYSEの歴史に刻まれるな」

「ッッ……はい。すんませんでした。ほんとに。いやマジで」

 そんな喬松に、男子二人は容赦なく嫌味を突き付けた。その様子に女子三人も、思わず吹き出してしまった。それこそ、アレは一体何だったんだと、過去のことに思えるくらいに。


 祝いの〆には、眞北が持参してきたアコースティックギターによる弾き語りが始まった。当然だが、誰も事前にお願いなどしていない。

「おおそうかごくろう」

「わぁ~いたのしみだなぁ~」

「よっ、ぎんがいち~」

 呆れ気味で棒読みの歓声を字面通りに受け取りながら、チューニングもそこそこに、眞北の熱唱が始まった。

 原曲は、様々なアーティストに今なお影響を与え続けている、伝説のロックバンドの一曲。ヴォーカル、ピアノ、ストリングスという構成で、異国の人権問題を背景に制作された、非常に哀しげなメロディのバラードだ。

 とはいってもそこはナルシストの眞北和寿。原曲のクセをたっぷりと、かつ必要以上に哀しげに歪んだ顔でねちっこく歌った。所々ピッチも狂っていた。最初こそやれやれアホかと思っていた喬松だったが、いざ歌が始まると、そんな眞北の様子が可笑しくて、そして嬉しかった。

「ったく……ダチの誕生日で歌う曲じゃぁねぇだろバーカ! 『磔刑の愛』なんてよぉ!」

 五分弱のソロステージが終了。じんわりと肌の内側が暖まり、それから涙腺が震える感覚。それらを誤魔化すように顔を伏せて悪態をつく喬松に、眞北はニヤニヤと笑いかけた。

「その割には嬉しそうだぜぇ? お前この曲すっげー好きだって言ってたじゃぁねーか」

「ちっ、覚えてたのかよ。マキちゃんのクセに」

「当然だろ。よし、じゃぁもう一曲いくかッ!」

 そしてすっかり気を良くし、アンコールまでやり出した眞北。次の曲もバラード調で、かつての総理大臣も愛唱していたという、高い知名度を誇るラブソングだ。

 八分を超える大曲を、さらにクセ強めにねっとりと。上手とはいえないが、少し歪んだ高音には無視を許さない何かがあると、主賓を含めた全員が感じた。少なくともスマホを眺めたり、トイレタイムに立つのは勿体ないように思えた。

 最後のダウンストローク、その余韻が消えた。眞北は喬松を見やった。二人は無言でハイタッチ。それから、他の面々の拍手。歌を届ける側と歌を受け取る側、どちらも成功を感じた。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「絢も優子も、ちょっといいかな?」

 マキちゃんリサイタルの後は、男子共が大御所バンドのライブDVDを再生し、夢中で見入っていた。一方で千里は、両隣でコーヒーを楽しんでいた女性陣に、相談を持ち掛けた。

「……やっぱり私も、親と今のままじゃぁよくないかな、って。この前、山田さんが言ったとおり、チケット買ってくれないか話すくらいのことは、してみようかな」

 ケーキタイム中、喬松や眞北のチケットノルマも話がついたという話題がされた。となると、目途が立っていないのは千里だけ。さすがにリーダーの自分がこれでは示しがつかないと、険悪な状態が続いていた父親に話をしてみようと決意したのだ。

「当然、ラインで済ませるとかじゃぁないよな?」

「うん、ちゃんと家で話すよ。だけど向こうも予定あるだろうし、まずはいつ話すかのきっかけを、ね」

「だいじょぶだよ。霧香ねぇちゃんもずっとウチのお母さんと冷戦状態だったけど、案外あっさり仲直りできたし」

「ありがとう、まぁ、いざって時は愚痴聞いてもらってもいいかな?」

 まずは、家で話し合いの時間を確保するための短文を、父親に送信。それから、想定問答を準備。PRAYSEにとって最初の大きな目標であるライブに出演するために必要な課題を、千里は同志と一緒にクリアしようとしていた。

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