Episode:5 三つのお願い part.7

 水曜日の放課後、午後五時過ぎ。この日は眞北の手引きにより、喬松のバンド復帰に関する緊急会合が開かれた。

 まずは今回の件における喬松からの謝罪。第一声できちんと自分の非を認めることの重要性は、ニュースで流れる政治家の会見を、反面教師にして学んでいる。

 続いて、それに至った経緯の説明。話すのはこれで三度目、聞く人からすれば嫌な思いをするかもしれない父親の不倫の件も含め、喬松はいくらかは冷静に、すべての内容を話し切った。

「バンド辞めるって言ったこと、撤回させてほしい。また一緒にバンドさせてほしいし、皆と一緒にライブに出たい。もうこんなこと起こさないし、足引っ張らないようにするから。だからまた、お願いします…………っ」

 そして、これからの希望と約束を。〆は深く頭を下げて、十数秒間。


 こうした一連の話を、女子三人は集中して聞いた。その内容を踏まえてここから、質疑応答、および意見陳述の時間が始まる。身内のノリで済ませられた男子サイドとは空気が違うなと、喬松は唾を飲み込んだ。


「つまり喬松君は、何か事件を起こして私たちに迷惑かけたりしないように、バンドを脱退して、他所の誰かに抗議しようとしたと。でも結局、何の成果も得られなくて、そしてバンドに戻ってくる、とね」

「……はい。そうですリーダー。すべてはオレの不徳の致すところです。何と言われても仕方ありません、はい」

「それにしたってやり方が酷すぎ。部室でのあの態度とか、何より眞北君に暴力を振るったりとか、いくらワザとでも絶対ダメ。そんなの絢もやってない。それは分かるね?」

 最初は部長の千里。元々、男子に対してはやや当たりの強い彼女だが、口調からして脱退宣言時の喬松の態度を根に持っているようにも見える振舞いを見せた。

「だけど、八つ当たりしたい気持ちは何か分かるかも。それに、家族を大事にしたいって気持ちは私に比べれば……あ、いや何でもない。こっちの話」

 とはいえ卑屈なまでの誠意は伝わったのだろう。喬松の復帰したいという意思を、頭ごなしに否定する気はなさそうだった。


「……まぁ大体、そんなトコだろうなとは思ってた。あんたって普段はテキトーで、極端に悲しんだり泣いたりしそうにない風に見えるけど、実は結構闇があるのは知ってたし。そんなあんたが色々苦しんで悩んでまた戻ってくるんなら、あたし個人としては賛成だ」

 続いては絢。女子メンバーの中で最も激しい言葉遣いの彼女だが、何だかんだで人情に篤い性格。喬松の心の揺らぎとその原因、それにこれからの願いには、明確に理解を示していた。

「ただしだ。……あんたがバンド辞めるって言ってから、一番苦労したのはチサトだ。あんたが抜ける穴をどうにか埋めようと真っ先に動いたんだ」

「うッ…………確かにその辺りもご迷惑を……」

「別に、脱退するなら何で代わりを用意しなかったんだー、とか言いたいんじゃぁないの。だけど実際問題、あんたが抜ける穴はどうにかしなきゃぁいけない。そのために動いてくれたリーダーのこと、あたしらはきちんと支えて、立てていかなくちゃぁダメだと思ってる。当然、これからのあんたも一緒だ」

 一方で、絢は実質的なバンドのサブリーダー格。カンが鋭く、独特の厳しさと正義感を有している彼女の一面に、喬松は改めて気付かされた。

「はい、すみません。これからは部長の苦労にも————」

「あー、いいよ別に。ここで誓わなくたっていい。これから時間かけて示すことが大事だから。ま、あたしもいつトチ狂って間違うかわかんないしさ」

 あたしからは以上、と締めた絢。喬松にとっては、すぐには許してあげないという宣言だったが、それでも、いやそれだけに少し、安心できた気がした。


「その様子だと眞北くんには謝ったみたいだけど、螢くんには謝ったの?」

「……はい。昨日マキちゃんにも、マキちゃんのお母さんにも、よっすぃーにも謝りました」

 そしてある意味、喬松にとって最も厳しい相手である優子が圧をかけてきた。謝罪したという事実を説明してなお、その顔からは納得いかない気持ちが見て取れた。

 そんな優子のピリピリした雰囲気に耐えられなかったのだろうか、ここで美純が発言した。

「えっと……タカさん、かなり反省していた。マキのお母さんに謝ったとき、かなり泣いていたようだ。俺は嘘真実を見抜くのは得意ではないが、それらが演技だとしたらもう色々諦めるしかない、そんなレベルだった」

 傷付けられていたはずの相手が、たどたどしくも意見を申し立てることを無視できなかったのか、優子は少し考えた後、ゆっくりと喋り出した。

「……そう。それならわたしは、……うん。だけど喬松くん、言っちゃぁいけないことってあるからね。ワザと悪いことするなんて、きっと誰も得しないんだし」

 どうやら優子も、ある程度の理解は示してくれたようだ。同時に、最後のセンテンスに妙に重みを感じた。


「なぁ、もういいだろ? もう皆、結論は出てんだろ? あたし苦手なんだよ、こういうギスギスした雰囲気ってさぁ」

 ここで短気な絢がうずうずして、皆の決を採ることを促した。多かれ少なかれ、全員が結果を急いでいる様子を受け、部長である千里が、どこぞの市町村議会か何かの議長を真似たトーンで話し始めた。

「では、裁決を採ります。臨時議案、PRAYSEドラム担当・喬松慧希の復帰を承認する方は、挙手願います」


 結果は、全会一致で可決。

 喬松慧希のPRAYSE復帰が、ここに決定した。


 それぞれのメンバーの方を向いて計五回、喬松は深々と頭を下げた。

「ありがとう……本当、それしか言葉が……」

「よかった、よかったなぁタカ。俺様も自分のことみてぇに嬉しいぜぇ」

「ライブまで一か月半。ほっとしたと同時に別の方向で緊張してきたが、ともかくよかった」

 これですべてが解決したとばかりに喜ぶ眞北と、表情はクールながらも安心感を隠せない美純。二日ぶりに男子サイドのいつもの雰囲気が、部室に戻ってきた。


「あ~……何だったんだろ、我ながらこの茶番。起きなくていいことでストレス感じるのって本当勘弁だよ」

「とか言いつつチサト、凄くほっとしてるのがバレバレ」

「……うるさい」

 一方で女子サイド。嫌味にも聞こえる言葉を選びながらも、満更でもない顔をしていた。

「よかったね螢くん。これで皆とライブ出られるね、頑張ろッ」

「…………はい。本当に」

 中にはこの緊張が緩んだ空気に乗じて、対面に座る相手に、何らかのアピールとしか思えない言葉をかける者もいた。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「ときに皆の者。すべての元凶タカから提案があるみたいなんだがよぉ……タカ、説明頼むわ」

「あ、おお。えーっと————」

 バンド復帰が認められるという前提条件付きではあったが、喬松にはもう一つ、この会合で伝えたいことがあった。それは昨日の夜に帰宅した後、男子三人のメッセージアプリでの会談で提案されたことだった。喬松自身も、迷惑をかけ過ぎた詫びも示したいと考え、マキちゃんのクセに生意気だと軽口を叩きつつも、それを主導することを決めた。


 以前十一月にも、眞北が美純について同様の企画を立ち上げたことがあったが、今回は経緯が経緯だけに、あのように上手くいくだろうかと、喬松は考えた。だが、彼女たちにも理解して、楽しんでもらえるように、少し頑張って話すことを決意した。言い出しっぺである隣のお調子者には、説得力のあるフォローはあまり期待できそうにないから。

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