Episode:4 C.S.ガール part.3

 夕日がかなり陰落ちた、月曜の夕方五時。リーダーである千里の招集により、週一の練習より一時間早く、ロックバンドサークルPRAYSEのメンバー全員が、部室に集結した。

「練習前にごめんね。週末のうちに絢と優子には話したんだけど、私の知ってるライブハウスが、初心者向けのライブイベントを開催するみたいなの。だから、それに出演してみないかって考えてる」

「‼」

 初めてこの話を聞いた男子たちは皆、驚きの表情を見せた。

 その『DAYBREAK‘S HELL』という名称のイベントは、初めてステージに立つバンド、結成後間もないバンドを対象にした、対バンライブだ。

 開催場所は、M市中心部にあるライブハウス、『ドラコパワード』。開催日時は三月上旬の日曜。昼一時半に開演。学年末試験を終えたシーズンであり、卒業前後で慌ただしい三年生でもない限りは、かなり自由に動ける時期だ。


「くくくっ…………だぁ~っはっはっはっはぁ~! 待ってたぜぇ! この瞬間(とき)をよぉ~!」

「あぁ~、とうとう来ちゃったかぁ~」

「初心者歓迎。むしろ初心者こそ出演しろ、いやしてください。……そんなコンセプトが実質的に、我々のような初心者バンドの退路を塞いでいるようにさえ思える、のだが」

 事態を認識して以降は、三者三様の反応を示す男子たち。武者震い任せに歓喜の雄叫びを上げるハイテンション野郎、眞北和寿。一方でテキトー男子の喬松慧希は、仕方ないねとある種の悟りモード。そして繊細男子の美純螢は、突然やってきた話に心の準備ができていない様子だ。

 そんな彼等のリアクションだが、絢も優子も、どれも何となく気持ちは理解できる気がした。女子グループだって、どうにか気持ちを落ち着かせて内容を確認し、これからの方針を決めるまでに一時間かかったくらいだ。


「螢くん……やっぱり、不安かな?」

「ん……はい、やはり。人は危機よりも好機の方が覚悟が決まらないものだと分かった」

 どちらかといえば図太い性格の他男子と比べて、強く緊張を感じているだろう美純を気に掛ける優子。そんな、少し陰りを見せた二人に千里は、バンド内のモチベーションが下がることのないように、リーダーとして助言をし始めた。

「演奏レベルのことなら、そこはあまり深刻に考えなくていいよ。少なくとも、通しで演奏できる曲が四、五曲はあるし。しかもどれも、何の曲を演奏してるか分かる程度にはなってるから、ライブに出る資格は十分にあるよ。当然、これから本番まで本気で練習して、完成度を高めなきゃだけどね」

 さらに千里は、メンバーの座席を見回し、質問をした。

「ところで、絢、喬松君、眞北君は、人前で何か目立つことやった経験はある?」

「えーっと、あたしは合唱で県民文化ホールでの文化祭に出たくらい?」

「何それ? 社交ダンスの新人戦とかでもいいのかー?」

「俺様は中学で運動会の応援団長やったなぁ!」

 リーダーの意図を察した絢が真っ先に回答。それに喬松と眞北も続いた。必然的に、成功体験を皆の前で答えるターンが、優子と美純にも回ってきた。

「優子と美純君も、何かそういう経験、あるんじゃぁないの?」

「わたしは、市の弁論大会に中学代表で出たくらいかなぁ……」

「……隣町の中学と合同の理科研究発表で、メイン発表者をやったくらいなら」

「オッケー、立派立派。人前で何かをやる度胸は、二人とも既にできてるよ」

 優子と美純は顔を見合わせた。かなり不安が軽減された、だいぶ救われた、そんな表情を見せ合った後、互いに少し顔を朱くし、視線を外した。


 また、こうして具体的な目標ができたことで、練習が本格化するのはもちろんのこと。衣装、メイク、アー写といった、これまでふんわりと考えてきた様々な事項も、いよいよ現実的に具現化していかなければならない。

 衣装については年明けをめどに大まかな目星をつけ、メイクは各自で練習。そしてアーティスト写真は、スマホでのカメラ撮影が得意な喬松に計画を一任することで、だいたいの方針はまとまった。


 だが、ライブ出演においては、技量とか衣装とかよりも、はるかに優先されるべき重大な問題が存在する。

「そうそう。ノルマはバンド一組につき二十枚だって。一バンドあたりのチケットがドリンク込みで千五百円だから、実質、参加費は三万円と考えて――――」

「すまん! 藤守、ノルマって何だ?」

「藤守さん、何となくのイメージはあるのだが、間違いのないように説明願いたい」

「あぁ~……やっぱりそこから説明しなくちゃぁダメかぁ」

 話をし出した千里に、眞北と美純が割り込んできた。バンドサークルをやっている以上、全員知っているものと思っていたが、現実はそうはいかないと千里は感じた。

とはいえ先日、絢と優子にもじっくり説明したことだし、男子にもそうしないワケにはいかない。それに、分からないことは分からないと素直に聞いてくる方が、千里にとっては好感が持てるのだった。


チケットノルマ。バンド活動においてノルマといえば、ほぼ間違いなくこのことを指す。

 これはイベントの主催者から出演者に課せられる、チケットを売りさばかねばならない最低枚数のことであり、実質的なイベント参加費といってもよい。

 ノルマを達成すれば、それ以降のチケットの売上は、主催者が定める割合分だけ出演者側の収入となる。逆に達成できなければ、ノルマとチケット売上との差額を、出演者側が自己負担しなければならない。

 その賛否について時に議論になるものの、今なおライブハウスでは一般的に行われているシステムだ。


 簡素で聞き取りやすい千里の説明もあり、ノルマの概要は、全員に伝わったようだ。

 だが、金銭のやり取りが伴うことに不安を覚えた美純が、堅苦しい表情で更に質問してきた。

「二十枚を六人で除すると、一人あたり三枚、そして余り二枚……藤守さん、この残り三千円はどうするのだろうか?」

「端数の三千円分は、バンドの積立金から出そうかな、って考えてる。女子たちで確認したけど、まだそこそこ余ってるしね」

「なるほど……一人三枚で四千五百円。改めて聞くと、結構な額が動く、のか」

「恐ろしいことにこれ、かなり良心的な値段だよ。普通だったらどんなに安いチケットでも大抵、千五百円にドリンク別料金だし。それに私たちは六人だから、一人頭の枚数はスリーピースバンドの半分。だいぶ少ない方だよ」

「こういうのはやはり、クラスメイトとか相手に売りさばくことになるのだろうか?」

「それはやめた方がいいかな。どんなに仲良くても、貴重なお金と時間を使ってまでライブに来てくれる神的存在なんて期待しちゃぁダメ。あくまでノルマ分のお金は自分たちで工面して、友達とかで来てくれそうな人がいたらチケット配る、ってことになるよ」

 丁寧な回答をしてくれたことに対して、ありがとうと一礼した美純。千里もまた、こういうことは全員で共有すべき話題だからねと、悪い顔はしていなかった。

 同時に、千里の納得するしかない説明により、チケットノルマの自己負担という方針には、全員が同意した。小遣いから出すか、家族に援助を頼み込むか。六人平等に圧し掛かる四千五百円をどうすかは、各々で考え行動することになりそうだ。


「ところで皆、誰かライブに来てくれそうな身内はいる?」

 リーダーから振られた次なる話題、それは動員のことだった。

 身も蓋もない言い方をすれば、ノルマという参加料を払えば、誰だってライブには主演できる。だがそれは、誰もライブに呼ばなくてよいという意味では断じてない。本番ではより多くの観客を動員し、会場内を盛り上げることが出演者として求められるし、また、そうした出演者の努力が、ライブハウスの今後にも直結する。ノルマを自腹するからこそ逆に、客に来てもらわねばならないとも言えるのだ。

「あぁ~……たぶん厳しいや」

「大丈夫だ、問題ない! …………たぶん」

「……ワンチャン、みっちゃんとかひとみに頭下げてみるかぁ」

「あはははは…………まぁ、頑張ってはみるよ」

「………………」

 ではPRAYSEの集客見込はというと。のっけから諦め気味な奴。根拠なく威勢のいい声を上げている奴。他校の旧友を当たってみようと何とか具体案を出す奴。実は親しい友人に乏しく、愛想笑いを浮かべるしかない奴。そしてそっぽを向いた奴。……千里は気付かされた。メンバーの人脈にはあまり頼れないのだと。

「……とりあえず、今は集客のことは置いとこう。私だって……正直、あんまり友達いる方じゃぁないし」

 とはいえ、こればかりは本番まで気長に考えるしかなさそうだし、今ここで真剣に悩むべき問題でもないと、千里は考えをシフトすることにした。


 本番を見据えての練習。衣装等の準備。チケットノルマ。動員。明らかに、これから三月の本番まで慌ただしくなりますね的な、山積みの問題。

 しかしながら、こうして皆で話し合い、具体的に考えることができれば、必要以上に恐怖する必要はないことに、不安がっていたメンバーたちも気が付き始めた。

 その結果、必然的に形成された、全会一致の目標。リーダーが、全員の意思を確認する。

「じゃあ皆、この『DAYBREAK‘S HELL』に参加申込でいいかな?」

「もちろん。チサト、手続きはよろしく頼むね」

「おっけー。カッコいいところ見せましょう」

「……挑戦、してみよう」

「ドキドキだけど……うん、やってみようかな」

「くくくっ……愚問! 世界一の愚問ッ!」

 今ここに、初めてのライブイベントに出演するという活動方針が、決定した。申込の受付は、一週間後に始まる。


「それから、絢と眞北君は、来週末の歌の方もしっかり練習すること。バンド外とはいえ、重要な対外活動なんだし、PRAYSEを背負うことを忘れず、それ以上に楽しむことを考えてね」

 そしてもうひとつ千里が言及したのは、クリスマス前の日曜、N市の公共施設で開催予定のアニソンイベントのことだった。

このオープニングアクト枠に、絢と眞北は好きなアニソン一曲を引っ提げて出演する予定だ。他の四人よりも一足早く、ステージデビューというかたちになる。

 おっけー、と言い切る絢に、刮目せよと高笑いする眞北。それを見て他の四人も、ひとまずは大丈夫だろうと安心する。こうして、本日の話し合いは終了した。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 時刻は六時前。六人はいそいそと、音楽室へ向かった。

 この日の練習曲は誰からともなく、バンドを結成してからはじめて合わせ練習をした一曲にしようという話になった。

PRAYSEの全員が共通して好きな、いわゆるヴィジュアル系といわれるものの中でも超大物なバンドが、初めてチャート一位を取った記念すべき曲だ。極めてシンプルながらもスピード感あふれる編曲となっており、ステージでも映える楽曲だろうと、皆が考えていた。


 六十分の防音室の使用時間は、この一曲だけであっという間に終わってしまった。ある程度弾けるようになった分だけ、まずい部分が分かってしまうし、練習時間がどれだけ必要かと思ってしまう。

 そして恐ろしいことに、この一曲を完成させるだけでは足りないのだ。イベントないでこのPRAYSEに割り当てられる時間はまだ不明だが、他にも三、四曲は相応の完成度に仕上げる必要がありそうだ。

 部室では何とかなるだろうと思っていたが、いざ実際に本番を意識してみると、結構な危機感を覚えたメンバー。一応は皆、進学校に通う高校生。これからを不安視するくらいには、常識的な感性を有していた。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 練習後。女子三人は下校のため校門へと向かっていた。その途中、校舎内の暗がりに隠れてしまいそうな親友の表情を、絢は見逃さなかった。

「チサト? なんか不安そうな顔してるけど、どうした?」

「……あ、いや別にね」

 別に、と話をはぐらかす奴が、何も考えていないためしがない。無理矢理、躰に聞いてやろうかと絢が両手をわしわしさせると、千里は即座に降伏して、重苦しく口を開いた。

「……実は三月のライブの会場、ドラコパワードってライブハウスなんだけどね。ウチのフレッチャーくそ親父もよく出入りしてるとこなんだよ。まぁ、私の家庭の事情は本番には絶対持ち込まないように頑張るけど」

「アッー……」

 溜息交じりに苦笑する千里の言葉で、絢はすべてを察した。

 彼女は地元の音楽関係に顔が利く父親と不仲な状態が続いており、バンドをやることすらいい顔をされていないのだという。

その悩みが千里の口から吐露されたのは十月のことだったが、今なお和解できていない以上、かなり根深い問題のようだ。

「一応、軍資金はあるからさ、私だけノルマを出せないことにはならないよ。それに店長さんの評判はいいし、出演を邪魔されるようなマンガみたいな展開にはならないはず」

「きつい状況でもライブの心配か……本当、あんたって立派なリーダーだよ。怖くなるくらい」

 中学時代からの付き合いだが、さすがに家庭の事情には立ち入れない。自分にできるのは同情だけだと詫びる絢に、千里はありがとう、と笑顔で返した。


「わたしも親にライブのこと話すのは厳しいかも。学校以外の場所で演奏するって聞いたら、絶対いい顔しないはず……だからまだ言えてないんだよね」

 一方、千里の置かれた状況に共感を示したのが、優子だった。

 公立学校の教員である優子の両親は、娘の校内でのバンド活動こそ認めているものの、どう考えてもライブハウスの出入りには難色を示すだろうという。事実、両親とも生徒指導の関係で夜間の見回りを行うこともあり、実際に素行不良の生徒を補導した経験もあるそうだ。そのため、ライブハウスのような遊び場は不良の溜まり場、非合法の薬が売りさばかれ不純な交友の入り口となるような場所、そんな偏見が強いに違いないとも口にした。

「やっぱり先生って特殊な仕事なんだな……」

 親にいると面倒だな、という感情を婉曲に示した絢。実家があるN市を離れた優子の本心が分かった気がして、同情を禁じ得ないでいた。


「どうかライブ当日はくそ親父が三十八度くらい熱出して寝込んでくれますように」

「どうか何かの間違いで、ウチの両親がライブを邪魔しに来たりしませんように」

「………………」

 街灯の光と靄に隠れて全く見えない、冬の星に祈りを捧げる、千里と優子。そんな二人を絢は静観することにした。何も言えることはないのだ。少なくとも両親との関係においては、自分はかなり恵まれている立場だろうから。

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