Episode:4 C.S.ガール part.1
あと二時間と少しで日付が変わろうとしている、十二月初旬の木曜真夜中。県庁所在地であるM市の市街地を分断するように流れる一級河川の堤防道を、美純螢は自転車で走っていた。
県条例で定義されている深夜、二十三時にはまだ少し余裕があるが、それでも未成年が遊び歩くには好ましくない時間帯だ。
もちろん、彼にはそんな時間まで外出する理由があった。M市中心部の公共施設で開催された、ある講演会を聞きに行くため、その帰り道だ。
美純が通うM県立MW高等学校には、例えば美術展、博物館の特別展、演劇、音楽会、著名人の講演会といったように、M市内外で開催される文化的イベントの開催案内が、県教育委員会を通じてやってくる。その中には稀に、一般的な生活ではなかなか耳にしないような、少しブラックな話題を扱ったものも存在する。
この日の夜に開催されたのは、かつて、暴力を以って社会に影響を与えるべく結成された集団、すなわちテロリストの元・構成員であったという、異色の経歴を持つ宗教家の講演会。
幼い頃から何かと知的好奇心の強かった美純。特に、危険生物や凶悪犯罪、超常現象や科学史の闇といった、独特な分野に興味を持つ彼のこと、この話題に喰い付いたのは当然の流れだった。
とはいえ、休憩を挟んで二時間に渡る講演は、美純が期待していたほどのものではなかった。異国の宗教家らしい温和で微妙にカタコトな口調のおかげで、全体の四割くらいは眠ってしまった。内容をメモしようと持参したノートも、最初に語られた彼の経歴と、テロ組織に入ることになったきっかけくらいしか書けなかった。
とはいえ観覧無料ではあったし、知らずにモヤモヤするよりかは、知って肩透かしを喰らった方がずっとマシだと考える事にして、会場を後にした。二千円を超える講演者の著書は、購入しなかった。
M市から通学の難しい距離にあるH市に実家がある美純は、MW高校に近い私営の寮で生活している。男子学生十名の世話を任されている寮母には、講演会参加のため帰りが遅くなることは伝えている。その寮母もそろそろ就寝する時間だろうし、築六十年でセキュリティの甘い木造建築の寮は、実質的には出入り自由の無法状態だ。
自転車で三十分、このまま寮へとまっすぐ帰ってもよいが、公演中の睡眠ですっかり目が冴えてしまっていた。
美純は思った。せっかく期末試験も終わった直後だ。どうせなら深夜になるギリギリまで、少し夜遊びをしよう。河川敷の人気のなさそうな場所で、冬の夜空を見上げながら、少し物思いに耽ってみよう。――――これまで特に校則違反を犯したことのない、世間的には模範的な学生である美純にとって、夜遊びとはその程度の行動だった。
コンビニでドリンクと菓子を購入。堤防道を上流へと遡りながら、どこか落ち着けそうな場所がないかと探してみると、程無くして大きめの水門を見つけた。
アスファルトで固められたスロープで河川敷に降り、目立たない場所に自転車を停め、操作小屋に歩いて、少し注意しながら近付いていく。耳を澄ませてみても、不良集団がたむろしていたり、スキモノのカップルがウコチャヌプコロしている様子もなさそうだ。ここなら安心して夜遊びできるかと、美純は確信した。
だが操作小屋まで数メートルの距離まで近づいたところで、……ナニカの気配を感じた。
おそらく集団ではなく、単体だ。何か動物のような存在がそこにいて、物陰でじっと身を潜めているようだった。
撤退しようか、深夜の宴会など自室でもできる、そんな考えが頭をよぎるも、しかし好奇心の方が勝ってしまった。そこにナニがいるのか、確かめずにはいられなかった。
猫とかであればそれを追い払うように、美純はウィスパーヴォイスでシィッ、誰だッ、と吐息を放った。返事はない。彼は数歩を踏み出し、気配の主へと一気に距離を詰めた。
「ぇ、ッッ……、何…………だと……?」
夜の闇の中、想像だにしなかった光景が、美純の目の前に広がっていた。
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