【短編】緑と赤

 アーティスト写真、略してアー写。

 宣伝材料写真とも呼ばれるそれは、ライブの宣伝ポスターや、SNSのアイコン等、使用目的は多岐にわたる。表現活動を行う人々にとっての顔、名刺も当然であり、短時間でインパクトを与える情報が重要視される現代社会においては、おろそかにはできないモノだ。

 今はまだ、学校の音楽室を借りて練習する程度のPRAYSEも今、これをどうするか話し合おうとしているところだ。


 発端は、最早このバンド名物といってよい、眞北の思い付き。

 彼曰く昨晩、『ステージネーム、衣装ときて、次に話し合うべきはアー写であろう。さぁ仲間たちと話し合えィ!』……とかいう、『大魔王』を自称する男からの啓示を受けた、そうだ。

ちなみにその自称・大魔王の見た目は、銀色の長い髪に咥え煙草をした強面の中年男であり、大きく分厚く重く大雑把すぎる、鉄塊のような大剣を構えていたという。

「いいよ。今日はそれについて話し合おっか」

「おお、ありがてぇぜ」

 嘘ではないのだろうが正直どうでもいい眞北和寿君の見た夢の話はさておき、アー写のことを考えてみたいという彼の意思は、リーダーの千里の賛同を受けた。何らかのライブイベントの話が来てから慌てて動くのではなく、前もって準備しておく意味でも、大事な意見だと感じられたからだ。


「でも、SNSに写真上げるのって、学校から怒られそうじゃぁないのかな。宣伝のためのアー写だけど、やっぱり顔を隠さなきゃダメなのかな」

 先日行われたネットリテラシーの授業を思い出し、優子は懸念を示した。進学校として最重要視される大学進学には関係ないながらも、こうした社会生活に関する授業も行われるのだ。

「必ずしも写真である必要や、顔を出す必要は無いのではないだろうか。俺がバンド加入を決めたのも、マキがコラージュしたメンバー募集のポスターがきっかけだったし。写真でない画像でもアー写は成立する筈だ」

 優子の心配に対して、ひとつの回答を示したのが美純。そのことを嬉しく感じてか、優子は挙手をした。

「……あのね、イラストでよければ、わたしが描いてみよっか?」

 小声で囁かれた提案に、絢と千里はおおっ、と沸いた。

 宿題や家事、ギター練習の合間に、お絵描きも趣味として持つ優子。こっそりBLやGLの薄い本を嗜んでいる絢と千里から見ても、十分に上手い、可愛いと思える画力を有している彼女からの、願ってもいない申し出だ。

「じゃあ、イラスト担当は優子だね。期待できそう」

「あ、街中とかでたまに見かける似顔絵屋みたいに、なんか顔のパーツをすごく強調して歪ませたような、ドギツい色使いのはやめてくれッ!」

「あぁ、カリカチュアね。ふふっ、分かってるよあやちゃん」

 まだライブの話がない現場では、決して急ぐ話ではない。ひとまずイラストについては、十二月あたりまでに何枚か候補案を作成することでまとまった。ほとんど女子のみで決定された流だったが、優子の絵を見たことがない男子からも、特に文句は出なかった。


「じゃぁ話を進めよっか。私としては、写真ならではの雰囲気も好みなんだよね。ネットは駄目だけど、校内への掲示限定で使うとかならアリかもって思う。それに宣伝だけじゃなくて、記念にもなるだろうし、卒業アルバムに使えるかもしれないし」

 一方で、写真という媒体を採用する意義を前向きに示した千里。彼女には、目星をつけているメンバーがいた。部内の話し合いでは毎回、成り行きを見守っている系の男子、喬松だった。

「喬松君、写真って撮れる?」

「あー、……できなくもねぇ、かな?」

 ビンゴ。喬松はカメラ機能が充実している最新式のスマートフォンを所有しており、もしかしたらと思ったのだが、千里のその予想は的中した。撮影した写真があるなら、いくつか見せてほしいと頼むと、彼は画像フォルダから何枚か示してみせた。

 気晴らしに作ったという、ロボットアニメのプラモデル、名店のラーメン、特撮のフィギュア、それに喬松の自宅での練習で、楽器を構えてカッコつけたポーズの眞北と美純、……いずれも上手に撮影できていた。専門家とは至らないまでも、メンバーの誰よりもはるかに撮り慣れているようだった。

「じゃあ、写真撮影の企画とかは喬松君にお願いしようかな。見たところSNSにも慣れてるようだし、宣伝する必要が出てきた時はお願いね」

「あー、やっぱそうなる? まぁいいや。了解っす」

 喬松の了承に、千里はほっとして感謝の意を示した。

 部長である千里はバンドの統括のほか、メンバーへの音楽指導も行っている、誰もが認める最重要人物だ。実質的な副部長である絢は、千里の監視の下で、部費の管理を任されている。優子は衣装関係の相談役のほか、先程のとおりイラスト担当も決まった。

 一方で男子メンバー。美純は毎週、教員に報告するサークル日誌の担当だが、今までのところ、特に役割のない残り二人にも、サークル内で何らかの役割を持たせられたらと、千里はいかにも優等生的な考えを持っていた。そのひとつが決まったことは、最も責任を負う立場としてありがたい流れだった。


 結成から約三ヶ月。サークル内での役職が決まり、少し面倒事が増えたかなといった表情で笑う喬松。そこに空気の読めない男が、余計な一言を入れてきた。

「タカよ、やっとお前の力を生かせる場所が見つかったようだなッッ!」

「やっとは余計だっつーの。つーか、マキちゃんこそこのバンドの何なのよ?」

「ぬかしおる。俺様こそこのバンドの要、エースだッッ!」

「エースだとぉ? ……取り消せよ! 今の言葉!」

 結果、高一男子による微笑ましいじゃれ合いが、始まった。


「……アレだ。眞北は強いて言うなら、ガヤだな。賑やかし。色モノ担当」

「なるほど! 絢、的を得てるよ」

「あはは……そう言うのはやめようよ」

 当然、女子達は呆れ顔だ。同じクラスの絢と千里は眞北に対して当たりが強いし、温和な優子も苦笑しながら諫めてますアピールしかできない。


「……だけど俺は、彼に救われた。感謝している」

 そんな彼女達に聞こえる程度の音量で呟いたのは、男子の美純だった。喬松に対してもそうだが、彼は特に眞北には窮地を救ってもらった背景もあり、彼のことを悪く言われるのは面白くなかったのだ。

「わかってるよ。あいつの思い付きでこの場所ができたし」

「こういう思い付きなら、わたしたちの中でも眞北くんが一番かもしれないね」

「たまに腹立つけど、毎回バンドのためにはなってることも多いんだよね。今日の議題もそうだったし。……調子に乗りそうだから、本人の前では言えやしないけど」

 もちろん、女子メンバーもまた、美純の気持ち、そして眞北の存在のありがたみは、十分に理解していた。そのことが分かって、美純も安心したと呟いた…………が。

「聞いたかタカぁ? あいつ等も俺様をエースだと認めているぞッ! フゥ〜ハハハァ! 多数決で俺様の勝ちィ! これが民主主義社会だァッ!」

 喬松と戯れながらも、自分への褒め言葉はしっかり聞こえていた眞北。おだてに乗りやすい彼は、当然ながら調子こいた態度をしばらく続けた。彼に対して最も非情だった千里の言葉こそが、最も的確だったのだ。

「…………」

 彼を素直に褒めていた美純は、眞北の言動に対して、無表情を通り越して執行人のような形相になっていた。


(終)

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