【短編】グロテスク?

 眞北和寿は、ナルシストだ。少なくとも、周りからそう受け取られかねない言動を頻繁に行う少年だ。

 曰く、自分は雁字搦めの環境で燻った存在だが、真の力を解放すれば、彼が特に憧れているギタリスト二名にも匹敵する存在感を放つのだという。ちょっと何言ってるかわからないとツッコミを受けそうな、十代における根拠のない万能感が野放しになった、実に微笑ましい口ぶりだ。

 そんな彼の家に遊びに来ていた、喬松と美純。所々で阿呆が……と思いつつも、妙に憎めないのでその喋りに付き合っていたのだが、ひととおり話が落ち着いたタイミングで、喬松が質問した。

「なぁマキちゃんよぉ、それだけ憧れてんなら、真似してメイクとかしたことってねぇの?」

 眞北が名前を挙げたギタリスト二名はどちらも、ハイレベルな演奏技術、ステージ上での派手なアクションに加え、メイクや髪のセット等にも非常に気を遣っていた。そんな彼等に憧れたお調子者にとって、当然、それは通過済みだった。

「おう、とーぜんだ。中二のときにマミーの化粧道具持ち出して、一時間かけて創り上げたことがあるぜっ!」

「それは興味深い。見せてもらえるだろうか」

 美純が目を見開いた。堅苦しい口調だが、楽しそうな話題には乗ってくる彼に、眞北はそうかそうかしょうがねぇなぁとスマホを操作した。


「驚けっ! これがその時のポートレートだッッ」

 少し照れくさそうに画面を突きつける眞北。それに二人は、息を呑んだ。

 整髪料で刺々しく整えた短髪はまぁ、今の彼とそれほど変わらない。しかしその顔面は不自然に蒼白だったし、何より目元口元が異様だった。ゴテゴテと分厚く塗りたくられたアイシャドーにルージュ。さらに流し目の表情で、得意げに深紅のギターを構えていた。妖艶さを与えるというよりはむしろ、失笑を強要する効果が伺えた。

「な…………成程。目力が、凄く、強、い……」

「よっすぃー? 無理に褒めようとしないでいいっつーの。こんなん人間に化けてた超獣が本性表して人間を虐殺するよーな顔じゃぁねぇの。昔の特撮みてぇによぉ」

 美純はどうにか美点を見出そうとして平静を保ち、喬松は敢えて嫌味を放って平静を保った。

「ははっ! 圧倒されてんなぁ!」

 そんな二人に眞北は、その時の思い出を語った。彼の母親と、ちょうど家に来ていた叔父からは、ひとしきり大爆笑された後で、写真を撮られたそうだ。その写真を祖父母に見られてさらに爆笑され、そして————

「⁉︎ マジかよ和碧(なごみ)ちゃんにかよ〜ッ!」

「マキ…………くっ、すまない、あかんそれは……」

————その日の妹の日記のネタにされたのだという。このことが、二人の腹筋へのとどめとなった。


 それにしても、どう考えても黒歴史にしか思えない過去の自分を晒す眞北の顔は、照れつつも楽しそうだ。家族の反応が散々だったのなら、そもそもこうした行いをはぐらかす筈だ。笑いが落ち着いたあたりで、友人二人は疑問に思った。そこんとこどうなのよと喬松が聞くと、眞北は答えた。

「そりゃぁ俺様も、笑われて最初はショックだったけどよぉ〜。マミーの教えでよ、自分でもネタにしてやることにしたワケよ」

 勝手にメイク道具を使われて、しかも出来が爆笑モノで、親として色々言いたい事はある。だけど一生懸命に、しかも楽しんでやったことなのだから、そこは堂々としていなさい。それに、こうやって笑い話で済むような思い出は沢山あった方が、人生、きっと楽しいから。…………ひとしきり笑われてがっくりときた彼を、母親はそう諭したという。

「……こんなことやっても無価値とか、将来にとって害だとか、そんな風に言われるよりかはよっぽどいいさ。……っと、悪いなっ! ちょっと湿っぽくなっちまったッ!」

 更に何かを思い出してか、少し哀しげな表情を浮かべて、また笑顔に戻った眞北。そんな、ある意味で大人な様子の彼を、笑いこそすれ嘲笑することなど、二人にはできなかった。


 さて、彼等が所属するPRAYSEは、ヴィジュアル系の曲をコピーすることを目的に結成されたバンドサークル。その首謀者たる眞北のメイク事情に話が向かった以上、それが彼の思い出話のみで終わるとはとても思えなかった。だから喬松は、開き直ってこの話題を進めることにした。

「ところでよぉ。やっぱこれからライブするとしたら、ちゃんとメイクすんの?」

「当然だッ! むしろやらねば無作法というものだッッ。それによぉ、俺様的には、あの中二時代からヴィジュアルも劇的に進化したんだぞっていうビフォーアフターを実行してぇ」

 やっぱりな、と喬松は肩をすくめた。だが喬松には、どうしても譲れない一線があった。

「あ〜。オレ、メイクするならナチュラルな感じがいいわ。ちゃんと男って分かるくらい、あんまり主張しすぎねぇ感じでよぉ」

 喬松がそう発言した背景には、かつて所属していたダンス部の夏合宿で女装をさせられ、それを先輩たちに笑われて嫌な気分になったということがある。

 ヴィジュアル系と呼ばれるミュージシャンには、女性的なメイクや衣装を売りにしている者も多い。もちろん、そうしたスタイルを喬松は尊重しているが、自分がやるとなっては話は別、だというのだ。

「おおっ! それは今、俺様が言おうとしてたことだぜッ!」

 だが、そんな個人の意向を無視する眞北ではなかった。ついでに喬松に対し、どのバンドの誰のいつの時期みたいな感じのメイクが似合いそうかまで示してみせた。

「しかしだ。聞いた限りじゃぁ、タカの魅力の活かし方を全然分かってねぇ先輩が全面的に悪いな! やっぱ殺すか」

「……マキちゃん。何でオレ以上にお前はダンス部に当たりが強ぇんだ?」

 そして眞北は、陽気なキャラに見えて実は、リアルで充実していそうな者たちへ鬱積した感情を抱いているという一面も、ダダ漏れになってしまった。


「…………俺は、どうすれば良いものか」

 そして、生まれてこの方、化粧などに一切縁を持たなかった美純も、この話題について発言したのだが……

「いやお前は一切心配しなくていいッ!」

「お前に限っては何もしなくて大丈夫だ、問題ない」

 ……喬松も眞北も、即答だった。

 美純螢はルックスだけなら、他のクラスでも噂になるほどの、女性的で整った顔立ちだ。体育会系の遊び半分、パワハラ半分なものではなく、本気でメイクを施せば、校内の誰にも負けない男の娘になるに違いないと、二人は確信していた。放っておいても、女子メンバーがメイクしようとするだろうし、彼に関しては本当に、心配する必要がないのだ。


「さーてところで、女子の動向が気になってきたな。とりあえず鷺沢に様子を聞いてみるかッ」

 ここに来て、眞北は女子達のメイク事情が気になった様子。何かと行動に移すのが早い彼は早速、メッセージアプリを操作し始めた。

 眞北自身、返事は別に夜でも構わない、来ないなら来ないで構わない程度の気持ちではあった。だが幸いにも、鷺沢絢からの返信はすぐに届いた。

 中学からの親友同士である絢と千里は、遊び程度ではあるが、いわゆるバンギャル系とされるメイクを何度か試したことがあるそうだ。また、優子も親戚がメイクに詳しく、中学の時から色々と手ほどきを受けているそうで、最近では絢に千里も交えて、少しずつ研究しているのだという。どうやら女子についても心配は無いようだ。

 つまり、後は男子のメイクをどうするか、それが課題になりそうだった。

「せっかくウチに来てるんだ。まずはマミーとビッグブラザーに、琥珀さんの協力得られねーか頼んでみようぜ」

 すると眞北がある提案をしてきた。彼の叔母、母の弟の妻は職業柄、メイクやネイルに詳しいとのこと。そんな彼女に手ほどきしてもらえれば、少なくとも結局ノーメイクで出演、というオチにはならなさそうだ。

 お調子者だとばかり思っていた彼も、色々考えていたというわけだ。バンド内では大人しくついていくタイプの喬松と美純、断る余地はなかった。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 河川沿いにあるマンションの一室。眞北からのメッセージを受け取った絢は、千里と一緒に、優子の自宅に集合していたところだ。

「なんか男子共がメイクの話題で盛り上がっているみたいだ。……あのさぁ二人とも。仮に今後ライブハウスで演奏やるとしてだ、やっぱメイクとかすんの?」

「そんな話があったらだけど、……たぶん、眞北くんがやりたいってゴネまくるだろうね」

「そうなったら、私たちで男子のメイクもする、って想定をした方がいいかもね。まったくのノープランかもしれないし、仮にもし、本人たちにメイクを任せたら、きっとグロくてオゾマシイ出来になりそうだから」

「チサト、あんたってたまに男子に当たり強いよな。ある意味、あたしより暴力的」

「くっ……あなたにそう言われるなんてッッ」

「はははっ! まぁそれはさておき。喬松が一番楽。体格いいし、髪をちゃんと整えれば大丈夫。あいつは化粧薄めな方が絶対いいと思う」

「じゃぁ絢が眞北君をお願いしてもらってもいい? あなたの方が上手いし」

「……まぁいいけど。絶対色々ダメ出ししてくるぞあいつ。あたし自身と同じか、それ以上に気合入れて準備しなきゃだ。あ〜めんどくせぇ」

「はいはい、そこは私もフォローするから」

「ちーちゃんが喬松くん、あやちゃんが眞北くん、ってことは……」

「どうぞどうぞ! 優子、みなまで言わせないの」

「ユーコ、あれは一番メイクの上手いお前にしか任せらんない素材だから」

「う、うん……がんばるね」

 そんな風なやりとりの女子たち。予定こそ無いものの、誰かにメイクを施すこともひとつの経験になるかもしれないと、悪く思ってはいなかった。


(終)

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